第27話 タルトタタンでホワイトデー
ホワイトデーのお返しに旅行に行こう、とさらっと言われた時には夢かと思った。
旅行!?
休日デートを楽しんでいつものように夕飯を食べて、家に送ってもらう途中の車の中で思い出したように言われて
「後ろにパンフ置いてあるから、見てみろよ」
毎週見ている日曜のドラマに夢中になっていた冴梨は、亮誠の言葉で慌てて我に返った。
後部座席に置いてある、ガーネットのロゴが入った紙袋。
その中に入っていたのはリゾートホテルのパンフだった。
「この前、そのホテルのイタリア料理の店にうちの洋菓子卸すことになってな。打ち合わせで行ったんだけど、海も綺麗でさ。冴梨連れて行ったら喜ぶかなと思って、部屋押さえといたんだ」
「え、で・・でもっ旅行とか、ホワイトデーにしては高すぎでしょ!?」
一介の女子高生である冴梨にとって旅行とは、家族旅行、修学旅行の2パターンしかない。
「3月末は決算でバタバタするからちょっとの間会えないから、その埋め合わせもかねて。俺も最近のんびりしてないしさ、たまにはいいだろ?それとも、行きたくない?」
「行きたいけど・・」
「なら決定な。 車で2時間だし、ドライブにちょうどいい距離だろ?」
「うん・・・」
晴れるように祈っとけよ。
なんてあっけらかんと言う亮誠。
冴梨は、両親になんて伝えようかと必死に考えていた。
彼氏と旅行に行ってきます、なんて言ったら卒倒しちゃうだろうな・・・かといって、嘘つくのも気が引けるし・・・
けれど、パンフを見たら、たしかに景色は綺麗で温泉は美肌効果があると書かれてあって、こういうの見てときめかないわけが無い。
二人で初めて行く旅行だし楽しみは尽きない。
そして旅行を一週間後に控えた、日曜の午後。
夜から父親と約束のある亮誠に、いつもより早めに自宅へと送って貰う途中。
ラジオから流れる卒業ソングを上機嫌で口ずさむ冴梨と打って変わって、亮誠はさっきから沈黙を守っている。
今日ティータイムに食べたガーネットのタルトタタンの味を思い出して、お土産に持たせて貰った残りを家で食べる楽しみに浸っていると、亮誠が小さく笑った。
「なに?」
「いや、冴梨は機嫌いいなぁ」
「うん、天気も良いし、風は気持ちいいし。これくらいあったかくなったら、やっと薄手のワンピース着られる!」
この前桜たちと買い物に行ったときに真っ先に選んだレモンイエローの小花模様のワンピースの出番はもう間もなくだ。
この間まで寒くて着れなかったけど、今日みたいなぽかぽか陽気ならちょっと厚手のニットケープと合わせれば春を先取りできる。
やっぱりお気に入りの格好だとテンションも上がる。
せっかくの旅行だもん、可愛くしたいしね。
「機嫌がいいと嬉しいよ」
ニコニコ笑う冴梨の右頬を亮誠が突いた。
「3月は春でしょ?もう桜咲くし!あ、お花見も行きたいなー・・・・河川敷今年も人でいっぱいかなあ?」
「山の手まで行けばそうでも無いかもな。山桜、見に行きたい?」
「行きたいー!!」
「後でスケジュール確認しとくよ」
「忙しいの、大丈夫?」
「夜桜でもいいならな」
「全然いいよ。ライトアップされた桜も綺麗だもん」
すっかりお馴染みになった我が家へ続く私道をスムーズに車は進んでいく。
まだ午後16時だし、渋滞にもはまらなかった。
築20数年のライトベージュの壁の小さなマンションは愛すべき我が家だ。
空きスペースに車を停めた亮誠が、どうしてかエンジンを切った。
いつもなら、エンジンはかけたままなのに。
「冴梨、今日ご両親家に居るって言ってただろ?」
言いながらシートベルトを外す。
「え、うん・・・え?」
「ちゃんと挨拶して、旅行のことも話すから」
「っえ!?ちょ・・・・ちょっと」
「お前が気にしてたの知ってるよ。親には嘘つけないだろ?俺の今後のポジションも確定したし、いい頃合いだよ」
「だ・・・だからジャケット着て来たの?」
デートなのに珍しくカチッとした格好しているのは、この後の会食のためだと思ってたのに。
「まあ、一応。いい加減な男だと思われると困るし。これから先、長く付き合ってく人だからな」
・・・そうだった・・・付き合ってからすっかり忘れてたけど・・・
冴梨は篠宮の家では亮誠の婚約者扱いなのだ。
不安げな冴梨の視線に気づいて、亮誠が安心させるように右手を握ってくれた。
「付き合ってみて婚約すんの嫌になった?」
その言葉に即座に首を振る。
「そんなの、なんないよ」
嫌いになるとか、離れるとか、考えたくない。
きっかけは褒められた形では無かったけれど、今となっては亮誠は冴梨にとってかけがえのない人だ。
それはもう、将来も考える位に。
「冴梨が卒業するまで、本当の婚約はお預けだけど。気持ちは変わらないから」
「うん・・・」
「そんな固くなるなって、俺の方が緊張するよ・・」
「そっか、そーよね」
小さく笑ったら、亮誠が頬にキスをした。
「家の前だしな」
いつもならそんなこと言わないのに。
「よし、行くか」
尋ねてきた亮誠に頷いて車を降りた。
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