第24話 あけまして、栗きんとん!

一緒に暮らすって同棲ってなんですかー!?


真っ白になった頭と真っ赤になった頬。


そして口を動かしても声はでない。


そんな冴梨を見て、笑って(笑い事じゃない!)亮誠は言った。


「そんな焦んなくても」


「だ・・・って・・・」


「すぐじゃなくていいから、まあ、ちょっと考えてみて?」


「まぁって。ちょっとって・・・ちょっとじゃないし・・・あの・・・・一応訊いていい?」


未だ頭の回らない冴梨の指先にキスをして、亮誠がいいよと鷹揚に頷いた。。


なんでそんなに余裕なのか理解不能だ。


「じょーだん」


「じゃないよ」


そう言って、言葉の続きを塞ぐように甘ったるいキスが降ってきた。




パニック状態のクリスマスを越えて、迎えた新年。



今年の抱負は・・・抱負は・・・



「お・・・おとなになること!!」


元旦のおとそを前に拳を握ったら母親がにっこり笑う。


「体?心?どっち?」


そんな事元旦から訊かないでよ!?


心の叫びを封じ込めてにっこり笑顔を取り繕う冴梨の前で、父親は顔面蒼白になっている。


「冴梨、ゆっくりでいいから、ね?のんびり、ぼちぼち大人になんなさい」


お年玉を渡しながら切に言われて頷くしかない。


「一度の青春、恋せよ乙女」


ポツリと深いこと言った母親が、さあ、今年も仲良く暮らそうね!と微笑んだ。





★★★★★★




「あけましておめでとー」


「おめでと、今年もよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げた冴梨の髪を触って興味深そうに亮誠が言う。


「桜、これ?」


「着物の柄に合わせて付けてみました」


「おー、可愛い、可愛い。似合ってる。うん、可愛いよ」


髪から手を離して、少し距離をおいて冴梨の赤い振袖をまじまじと見つめて亮誠が満足げに頷く。


女の子褒める事に慣れているのか彼は臆することなく可愛いと口にする。


そして、いつものごとく冴梨は


「ほっ褒めないで!こっち見ないで!!あたしじゃなくてお母さんの頑張りだからね!」


素直にありがとうと言えずに手をパタパタさせて照れ隠し。


そうしたら、その手を掴んでクリスマスに貰った指輪を撫でて、亮誠は歩き出す。


「それは無理な相談だなー」


「・・・だって」


「いー加減慣れりゃいーのに・・可愛いものは愛でるもんですって」


グンと手を引かれて、肩に腕を回される。


額に唇の感触。


直ぐに離れた熱が恋しくなってしまう自分の乙女心にしっかり!と声を掛ける。


「あ・・・だ・・・ひ・・ひと・・」


必死で言った冴梨は歩き出した亮誠の背中を持ってきた巾着でぽふぽふ叩く。


「回り確認した。ほら、行くぞ。これ以上人が増えたら姉貴んとこ行くの遅れるから」


平気な顔で言うから、冴梨はジト目で彼を睨んだ。


本気で怒れないのが悔しい。





★★★★★★




「恵人ー、栗きんとん手で触らないでー!」


慌てて美穂は恵人の前からお重箱を取り上げる。


必死で作ったおせち料理が、あやうく粘土細工にされるところだった。


膝の上でニコニコと料理を待つ恵人の頭を撫でながら旦那様は窓の外に目をやった。


「寒そうだなー・・・・冴梨ちゃんたち初詣行ったのかなー」


「馬鹿みたいにウキウキで出かけてるわよ。ったく、家に居たころは遊びまわってるか寝正月を決め込んでたのに・・・」


玄関先で冴梨の振り袖姿を披露した後、初詣行くから、と逃げるように帰って行った弟カップルを思い出して若いなぁ、と羨ましくなる。


「面白くない?」


「人も変わるもんだなーっと思って」


恋とは恐ろしいものだ。


完璧遊び人をやっていた弟を一途なただの馬鹿男に変身させるのだから。


持ち上げたお重の中から、かまぼこを二つ摘まんで、ひとつを恵人の口にもう一つを自分の口に放り込んで旦那様がにやりと笑う。


「僕も元旦の朝、どきどきしながら君の家の前に行ったなー」


雪がチラチラ舞っている中、彼は手袋も嵌めていない手を擦り合わせて、美穂の部屋を見上げて手を振ってくれた。


小声で言ってくれた”おめでとう”が嬉しくて、結びかけの帯そのままで玄関まで掛けて行った。


「・・・あなたの手真っ赤で冷たかった」


「美穂の着物の柄まで覚えてるよ」


にこりと笑う彼の顔が優しくて、お重箱をテーブルに戻すと、そっと唇を寄せた。


「あなたと結婚してほんとに良かったわ。今年も幸せいっぱいにしようね」


「もちろん」


恵人がすかさず栗きんとんに手を伸ばすまでの数秒間二人は幸せそうに見つめあった。





★★★★★★





「あけましておめでーございまーす」


玄関の引き戸を開けて大きな声を上げると中から佐代子の声が聞こえた。


良かった・・・叔母様たちはお出かけみたい。


普段通りのエプロン姿の佐代子がパタパタと廊下を駆けてくる。


「今年も宜しくお願いいたします」


「あらあらあら、おめでとうございます」


コートを腕にかけたまま頭を下げた幸に佐代子が合わせて頭を下げる。


「よかった・・誰もいないかと思ってたから」


「初詣?」


「ええ、父がこっちに戻ってるんでこれから初詣に行こうかと思って」


「そう、お父様お元気ですか?」


「おかげさまで。この後ホテルに迎えに行くんです。自宅に戻るように言ったのにホテルの方が気楽だからって」


「お一人が長いとそうなるのかもしれませんねぇ・・・・あら」


佐代子が2階を見上げて微笑んだ。


誰かが階段を下りてくる足音が聞こえる。


「いらっしゃい、幸さん。あけましておめでとうございます」


「あけましておめでとう、イチ君。初詣行かなくていいの?」


「午前中は両親に引っ張り回されたから午後は不貞寝するんです」


「やだ、なーに、それ。ちゃんと行かなくちゃだめよ?すぐそこの神社でもいいから・・」


「はいはい、明日中には行きますよ」


苦笑交じりで返されて幸は、年上だということも忘れてついムキになってしまう。


「おみくじ引いて、お守り買ってね?」


「わかりました」


「お父様お待ちになってるんじゃないですか?」


「ほんとだ、じゃあ、また来ます。あ、イチ君今年もよろしくー」


「こちらこそ」


年下の従弟はいつになく大人びた笑みでそう言った。

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