第23話 キャンドル消して?

海沿いの臨海公園のど真ん中。


大観覧車の前にはいつも以上の長蛇の列が出来ている。


この時期に合わせて装飾を変えた大観覧車は遠目にもクリスマス仕様と分かる位飾り立てられている。


大人しく並ぶこと15分。


同じようなカップルにもみくちゃにされながら冴梨たちは何とかゴンドラに乗り込んだ。


一周13分のコースだ。


ついこの間までただの憧れでしかなかった観覧車デートを楽しんでいるなんて、まだちょっと信じられない。


「天気良くてよかったなー。景色もきれいに見えるし」


少し寒いけれど、澄み切った空はよく晴れていてまさに絶好のデート日和だ。


「うん。おんなじような考えしてる人がこんなにいると思わなかったけど・・」


どんどん遠くなっていく地上には、まだまだ順番待ちの人が沢山いる。


勿論並んでいる人の殆どが仲睦まじげなカップルばかりだ。


待ち時間もなんのそので寄り添う姿は傍から見ればバカップルそのものだが、当人たちの幸せそうな笑顔を見て毒づくのは心底寂しい人間だけだろう。


そしてそういう人間はこのシーズン外には出ない。


なので街全体がいつも以上に幸せムードに包まれている。


「ここって人気スポットだろ?」


「うっうん」


「情報誌にも一面で載ってたしなー」


「あ・・あのね、わ・・・笑うかもしれないけどっ・・・・」


「どした?」


「この観覧車で、クリスマスプレゼント渡したら、そのふたりは絶対別れないっていうジンクスがあるの」


クラスメイトの子たちが騒いでいたのを偶然聞いて以来、ずっと行きたいと思っていた場所。


今日のこの異様な混みようもそのジンクスを聞きつけた学生が集まったせいだろう。


大人にとっては鼻で笑ってしまうようなジンクスも、年頃の男女にとっては死活問題である。


「こ・・・子供っぽいって・・思うかもしれないけど・・」


それでも、冴梨にとって亮誠は、代わりなんか誰もいない本当に大事な人で、だからジンクスでもなんでも肖れるものにはなんでもすがりたかった。


それで絆が強くなるなら。


恐る恐る上目遣いで尋ねた冴梨に亮誠は柔らかく笑う。


最近は彼のこの笑顔が恋人仕様なのだと分かるようになった。


美穂や恵人に接する時よりも数倍甘ったるい雰囲気になることも。


「じゃあプレゼント交換しようか」


「ほんと?」


「絶対別れないんだろ?」


「・・・うん」


亮誠が上着のポケットから、何かを取り出して冴梨の首にそっと巻き付けた。


とっさに前屈みになった冴梨の目に飛び込んできたのは、ハート型の小さなペンダントヘッド。


「一鷹の会社で、クリスマス限定商品を企画してるんだけど、その企画案に上がってきたデザインにちょっと手を加えてもらったんだよ。これ、3点セットなんだけどな。お前自分でピアスつけれる?」


箱に残ったピアスを冴梨に渡して亮誠が言った。


ぶら下がりタイプのピアスにもハートがついていた。


万一この中で落としたら探すのに苦労するなと思って、今着けているそれを外してから、彼の方へ向き直る。


「髪押えるからつけて?」


「ん」


耳元に残していた髪を後ろに流して横向きになると亮誠が恐る恐るピアスホールにピアスを通してくれた。


戸惑いがちな指先が耳たぶを撫でる仕草がくすぐったい。


「俺、人のピアス初めてつけた」


「穴開けてないもんね」


まだ耳たぶに触れたままの亮誠の顔をなんとなく真っすぐ見つめ返すことが出来ない。


鞄に入れてきたブレスレットを取り出す。


シンプルなデザインだし、普段使いにも邪魔にならないものを選んだ。


ちょっと大人びた雰囲気のそれは、明らかに冴梨の好みでは無いけれど、亮誠になら似合うだろうと思ったのだ。


「腕出して」


冴梨の言葉に亮誠がようやく耳たぶから指を離した。


ピアスが耳元で揺れて、小さなダイヤとハートがシャラシャラ鳴った。


まるで心のように。


冴梨が手を離したせいでこぼれてきた髪を掬い上げて、亮誠が項にそっとキスを落とす。


不意打ちの唇の感触に心臓が飛び跳ねる。


外がとか、言い返す余裕もなかった。


差し出された左手首にブレスレットをはめてみる。


「・・・・ペアにしたんだけど・・嫌?」


「なんで今日に限って消極的なんだよ」


「だって・・・好きな人とクリスマス一緒って初めてなんだもん。どーしていいのかとかわかんないし」


「大事にする。ありがとう」


ちょっと泣きそうになった冴梨の頬を撫でて、触れるだけのキスをくれた亮誠が体を離す。


「あたしも、ありがとう・・・学校にもこっそり付けていく」


「学校は止めとけ。高速厳しいくせに」


亮誠が呆れた顔で言い返す。


勿論そうだけど、見つかったら没収確実だけど。


それでも。ずっと身に付けていたかった。


「3点セットって言っただろ?これが、最後の一個なんだけど」


視線を上げた冴梨は、目の前に翳された、まんまるのプラチナに釘づけになった。


ピカピカ光るジュエリー。


それは女の子の憧れの中でも一等特別な・・・


冴梨の心底驚いた顔を見て、満足そうに笑って亮誠が、右手を取った。


「え・・・何で右手!?左手がいい!!」


とっさに右手を取り返して左手を差し出す。


こういう場合王道は左手の薬指だ。


「左手は空けといて」


そんなことを言って、もう一度取り返した右手の薬指に指輪をはめる。


さっきまで空っぽだった指に光るハート型のダイヤは、眩しいぐらいの輝きを放っている。


持ち上げた右手をうっとりと見つめた後、でもやっぱり左手が良かったと思った矢先。


亮誠が口を開いた。


「イベントとかじゃなくて、ちゃんとしたの用意してやるから。それまで、左手は空けとけってこと」


ちゃんとしたのって・・・?


いろんな事を含んだその言葉に冴梨は頷くことしか出来ない。


右手でも、左手でも、やっぱり指輪は嬉しくて、ただただ何度も頷いた。




★★★★★★




クリスマスカラーで統一された期間限定の包装を解くと中から出てきたのは、まっ白い箱。


正方形のそれを開けると、ミニサイズの3号のホールケーキが出てきた。


冴梨の大好きなフルーツがふんだんに乗せられたデコレーションケーキ。


珍しくお茶の用意をしてくれている亮誠から渡された紙袋から出てきたそれに、冴梨は嬉しい悲鳴を上げた。


亮誠の部屋に戻る前に、店舗に寄ったのはこういう理由だったのだ。


「気に入った?」


冴梨専用のマグカップにお気に入りの紅茶を入れて持ってきた亮誠に満面の笑みで頷く。


「すごい!なんであたしの好きなものばっかり入ったケーキなの!?」


「冴梨専用で頼んで作ってもらったから」


テーブルに齧りつく冴梨の隣に腰を下ろした彼がナイフとフォークを差し出す。


「どこからでもどーぞ」


「ありがとう!!!」


わくわくしながらハーフサイズにカットすると、内側からもイチゴを筆頭に冴梨の好きなフルーツが顔を覗かせた。


「食べてもいい?いい?」


「もちろん」


亮誠の言葉を聞くや否や、ケーキを頬張る。


生クリームとイチゴのムースが口いっぱいに広がって、美味しさと感動でもう声にならない。


「お・・・美味しいー・・」


「何回も打ち合わせしたんだよ。スポンジもあんまり甘くないだろ?」


「お砂糖控え目で、イチゴの甘酸っぱさがめちゃくちゃ絶妙!!!」


「パティシエも喜ぶよ」


「あたしの為にありがとう。大好き!!」


いつもは言えないことも、この高いテンションに乗じてなら平気で口にできてしまうから不思議だ。


「ケーキが、じゃないだろうな」


腕を伸ばして上機嫌の冴梨を抱き寄せながら亮誠が真顔で首を傾げる。


「ケーキも、ね」


そう言って体を離して、冴梨はトップを飾っていた大きくて真っ赤なイチゴを摘む。


粉砂糖の帽子をかぶったイチゴは十分甘くて優しい味がした。


独り占めする勢いで食べ勧めていると、右手に生クリームがついた。


指輪をはめているので、汚れたりしたら困る。


「さっそく指輪汚すとこだった」


立ち上がろうとした冴梨の手を取って亮誠が指先についた生クリームをペろりと舐めた。


ぎょっとなった冴梨を横目に亮誠が冷静に感想を口にする。


「・・・あんまり甘くないな」


「た・・食べる?」


「んー・・・」


少し考えるような素振りをしながらも彼は冴梨の腕を離さない。


掴んだままの腕を下ろして、亮誠が空いているほうの手で、冴梨の頬を撫でた。


触れるだけの、短いキスをひとつ。


クリスマスケーキのインターバルのような優しいそれにうっとりしてしまう。


「あ・・・そーだ、まだ言ってなかった。メリークリスマス」


「そだね、クリスマスおめでとー。いつも一緒にいてくれてありがとう」


「どーいたしまして」


笑ってもう一度キスをした。


「イチゴの味がする」


亮誠が唇を舐めて笑うから冴梨は耳まで真っ赤になる。


「さっき食べたもん」


「このイチゴ、あまおうだって」


「え?」


あまおう?


の言葉は亮誠のキスに飲み込まれた。


今度は触れるだけじゃない、ちゃんとしたキス。


ジンジン熱い指先の熱をさっきまで感じていたのに、今は触れている唇のほうが何倍も熱い。


あ・・・今日、全然煙草吸ってない。


いつもはちょっと苦いはずのキスがケーキのせいもあってずっと甘く感じる。


背中に回された腕に抱きしめられて、応えるように亮誠の肩に腕を回す。


軽い眩暈を覚えるくらい、長いキスの後、亮誠が肩に冴梨の耳元で小さく言った。


「高校卒業したら一緒に暮らさないか?」

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