第19話 生クリームは甘めで
いよいよ今年最後の一大イベントが控える12月がやって来た。
亮誠は計画中のクリスマス企画に平行してプライベートのクリスマスプランも当然のように目下考案中である。
どちらかというと、私的な方に重きを置きたいところだ。
例年なら、無難にクリスマスディナーを予約して、一鷹に定番のクリスマスアイテムを依頼して迷うことなくものの5分で終わるはずの作業だ。
しかし、今年は違う。
亮誠にとっては冴梨と同じように初めてのクリスマスなのだ。
もちろん、仕事も今まで以上にこなすけれど、課題をこなす合間を縫って、馴染みのパティシエに頼んであるケーキのデコレーションについて相談している。
今のところ決まっているのは、冴梨の好きなものづくしで作るフルーツメインのケーキという事だった。
甘いものに目が無い彼女の為に作る特製のクリスマスケーキ。
デコレーションの砂糖菓子も特別注文する本格的なものだ。
この数か月でほぼ味覚を取り戻した亮誠は、今まで以上に新作制作に意欲を見せていた。
これまでは、消費者受けするかどうかを基準に全てを選んで来たけれど、今は違う。
それを食べて冴梨が喜ぶかどうかが基準になっているので、熱も入るというものだ。
パティシエとの相談の時点で、もうすでに冴梨の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
会社の方のケーキも決まって予約も始まっていた。
新作ケーキもずらりと店頭に並んでクリスマスシーズン到来だ。
これからますます忙しくなる。
「さーって・・・」
このケーキももちろんだが、もうひとつの手配もしておかなくてはいけない。
どちらかというと、ケーキは前置きなのだ。
メインはこれから、伝手をフルに利用して準備する。
この場合、ケーキを提供するので持ちつ持たれつといったところか。
亮誠は携帯を開くと、一鷹の番号を呼び出した。
向こうもクリスマス、福袋、バーゲンとイベント目白押しで大忙しの時期。
不機嫌を承知でコールする。
「はい、もしもし?」
「よ。お疲れさん。まだ会社にいるとか?」
時計は午後22時を回っていた。
微かに聞こえる書類を繰る音。
「ご名答。福袋に入れる在庫品のリストの決裁がまだ終らなくってさ。今日中には帰りたいんだけど」
明日は土曜日。
一鷹の”幸さん”が本家にやってくる月に一度の日だ。
いつもは日曜なのだが、彼女の仕事もクリスマス、年末年始と忙しい業種なので日曜は出勤になったらしい。
「一週間分の疲れを癒してもらえよ」
「そのつもりだよ。明日はふたりでドライブに行く予定なんだ」
嬉しそうな声が響く。
一鷹がここまで心を開いて接する相手を亮誠は自分以外に2人しか知らない。
1人は仕事の右腕とも言える人物。
もうひとりが彼女だ。
どんなに仕事と勉強で疲れていても、幸が来る日は必ず本家に戻って彼女を家まで送り届ける。
一鷹が大学に入ってから、それはずっと続いている。
心を砕いて、慈しむその様子を見ていると、心から一鷹の気持ちの成就を願わずにはいられない。
あいつのことを幸せに出来るのは間違いなく”幸さん”だけなのだ。
「天気いいらしいしな」
「あの人が晴れ女だからね。ところで、頼みごとだろ?大体予想はつくけど」
「察しが良くて助かるな。クリスマスの限定セット、特注で文字彫りしてほしいんだ」
市販されるセットではない”特注品”この忙しい時期に工芸、デザイナーその他諸々を強引に動かせる権限を持っている一鷹にだからこそ頼める仕事だった。
恋人がいる時には毎回同じようなオーダーをして来たけれど、指輪と文字彫りだけは頼んだことが無かった。
未来の約束をしたい相手と出会っていなかったからだ。
「この間見せたデザイン画のやつだろ?」
「そーそー。アレ。企画会議で予算オーバーで通らなかったって言ってただろ?あのままの予算でいいから頼むわ」
「それはいいけど・・・文字彫りまでさせるか・・」
「字体も選びたいから、今度そっちに行った時見るよ。ちなみに、クリスマスまでに」
「いいよ、間に合わせるよ」
「さすが、一鷹。無理を承知で頼むよ」
「今回は本命らしいから、断れないよ。お前がウチの限定商品に文字彫りまでしてプレゼントするのって初めてだよな?お買い上げありがとうございます」
茶化して笑う一鷹。
その時々、相手の欲しがるものを的確にリサーチして漏れなく贈ってきたけれど。
今回は自分で選んだものを冴梨に贈りたいと思ったのだ。。
「お前が背負う会社のものを適当な人間に贈るわけにいかないだろ」
「冴梨ちゃんに感謝だな」
笑みを含んで一鷹が言った。
「お前に人並みの恋愛感情を芽生えさせてくれて、まっとうな男にしてくれたんだ。悪友としては礼状の1枚も送りたい気分だよ、ほんとに」
「・・・悪かったな、出来損ないで」
相当ひねくれていた自覚があるし、無茶に付き合わせた自覚もある。
派手に遊び始めた思春期真っただ中の亮誠を、周りは羨望の眼差しで見つめていた中、一鷹だけは呆れた顔でほどほどにしろと苦言を呈してくれた。
そして、どんな状況の亮誠も見限らなかった。
「過去形だろ?今のお前が良いっていう褒め言葉だよ」
「有難く受け取っとく」
「そうだね。ところで交換条件のケーキの製作は順調?」
キーボードを叩く音と共に聞こえてきた言葉に亮誠は電話越しで頷く。
ついでにテーブルに置いてある試作品の写真を引き寄せた。
何種類ものケーキのサンプル。
冴梨と一鷹の想い人それぞれの為に用意されるこの世でたったひとつしかないケーキ。
「写真が上がってきた。まあ、肝心なのは味だけど、見た目はかなり良い出来だな。お前も気に入るんじゃないの?」
「見たいな」
「メールで送ってやるよ。でも、また今回も”足長おじさん”するつもりか?」
自分が用意したケーキや食器類は全てお手伝いさんが用意したことにしてあるのだ。
一鷹の必死の思いはかけらも彼女に届かない。
見ていて歯がゆくなるほどに。
”時期じゃない”
その一言で全ての気持ちを飲み込む一鷹は酷く大人びて、また、どこか寂しそうにも見えた。
「クリスマスケーキ位お前が用意したって構わないだろ?」
「でも、年下の従姉弟が用意してくれたプレゼントをあの人は笑顔で受け取って俺を”褒めて”くれるんだよ」
「男としてじゃなく、弟としてってコトな」
「それじゃ意味無いだろ?人畜無害安全圏の男から、一日も早く脱出するために必死で経営学んでるのに」
「変なトコ律儀だよな、お前は」
感情で流されたり、取り乱したり滅多に表情を変えない。
「今の俺が万が一彼女を手に入れたとしても彼女の肩身は狭いままだ。必要以上に苦労させるのを知ってて巻き込むわけにいかないだろ?せめて足場を固めないと」
「足場ね・・」
誰より側にいるのに、気持ちを伝えることさえ叶わず、何年もただ見守るだけなんて自分には耐えられそうも無い。
どれほどの不安を、一鷹は抱えてきたんだろう。
「それに、もし、今秘密のプレゼントの送り主がバレて、あの人が俺のことを意識して接するようになったりしたら、それこそ歯止めが利かなくなりそうだしね。いろんな意味で」
無理やり部屋に連れて帰る位やりそうな強気な発言に、苦笑する。
こういうところが一鷹らしい。
勝つ為に最大限の努力を惜しまない彼なら、間違いなく目指す未来を手に入れられるだろう。
自分ひとりくらいはそう信じていてやりたい。
たとえどんなに困難でも。
「壊れない程度にがんばれよ。じゃあ、メールすぐに送るからな。特注はよろしく」
激励を口にして電話を切ると、亮誠は山積みの仕事に向き直った。
そろそろベッドに潜り込むのであろう可愛い年下の恋人を思い浮かべながら。
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