第18話 好きの気持ちはショコラ味
好きって難しい。
触れていて欲しい気持ちと、逃げ出したくなる気持ち。
どっちの気持ちも、彼1人にしか向いていなくて、どっちも同じ位持て余しちゃうので、やっぱり今日も”好き”とは言えないままで・・・
「はぁ?愛情表現?」
美穂はきょとんと目を丸くして、次の瞬間。
「あーっはっはっはっはぁー!」
物凄い勢いで笑い出した。
その大声に冴梨は、誰も居ないのを知りつつも辺りを伺ってしまう。
ここはお店の2階。
恵人は店長と下にいる。
女子トークなので男子禁制ですと美穂が宣言して追い出したのだ。
目尻に溜まった涙を拭ってやっと笑いの治まった美穂が、テーブルに頬杖をついた。
「あの馬鹿は、変なトコ一途だったからねー昔っから!でも、恋人に対してそーんな愛情表現豊かだったとは知らなかったわ」
面白いこと聞いちゃったぁ、としたり顔になる美穂に、冴梨はほんのちょっと相談相手を間違えたなと後悔した。
けれど、冴梨の知る限り、一番亮誠を知っているのは目の前の彼女なのだ。
「んで、冴梨ちゃんはどう返していいものか分からないってワケね」
「・・・はい・・」
家族や友達以外の人から、こんなに大事にされたことのない冴梨である。
人生初の彼氏が亮誠というのは、ちょっと、いや、かなりハードルが高い気がする。
”彼”という存在に対する愛情表現の仕方が分からないのだ。
この間も、変な勘違いしちゃって、子供みたいなヤキモチ焼いちゃったし・・・・
情けない所ばかり見せている気がする。
「一緒にいると、楽しいけど、やっぱりドキドキするし・・・あたし・・・素直に好きとか言えないですし・・上手く伝えられないんです」
言葉にする前に亮誠からの愛情表現が降って来るせいもあるのだが。
「付き合ってんだから、好きなだけひっついて、好きって言っちゃえばいいのに!」
美穂の突拍子も無い発言に、冴梨は耳まで真っ赤になる。
それはアドバイスとは言えない。
「いっ言えませんよー!!なっ・・・何ってんですか・・」
狼狽える冴梨の顔をマジマジと見つめて、美穂が何かに気づいた様子でそうかそうかと頷いた。
その顔に浮かぶ意味深な笑み。
見ているこちらの背筋が震え上がる。
「あーの馬鹿がまだ手出さないなんてねぇ・・」
ポツリと言ったその言葉に冴梨は思わず聞き返す。
「は?」
「この間、亮誠の部屋遊びに行ったのよね?」
「はい・・・」
「何にも無かったんだ?」
その意味に気付いて、冴梨は慌てて顔の前で両手を振って否定する。
「あるわけ無いじゃないですか!!」
「へーえ。だーいじにされてるんだぁ・・・ちょっと見直したかも」
どういう意味だろうと思ったけれど、聞けば藪から蛇を出すことになりそうで止めた。
亮誠が冴梨より恋愛経験が豊富なのはもう確かめるまでもない。
「ふふ。言葉にするのが難しいなら、こーゆーのはどう?」
「え?」
にこりと自信たっぷりの笑みで美穂は冴梨を手招きする。
「うちの旦那もおカタい人でね。なかなか好きになってくれなくって・・付き合い始めても、好きとか言ってくれなくて不安になったりしたもんよ。でも、そのうち気付いたのよね」
そう言って冴梨の手を優しく握ると悪戯っ子のようなキラキラした目を向けて来る。
「自分の愛情表現が足りなかったんだって。ちゃんと好きって気持ちは相手に伝えなくちゃって。恋愛は1人じゃ出来ないんだからね。相手あってのものだから、どんなことも偽らずに伝えなきゃって。それで、言葉の足りない部分を補う為に・・」
耳打ちされたそのとっておきの方法に冴梨は、思わず目を丸くして、真っ赤になって、でも、笑った。
出来るかはわからない。
それでも、伝えたいと思った。
付き合ったって、不安は消えない。
いつも一緒に居られるわけじゃない。
相手は、大学生でありながら、会社の経営にも携わっている社会人。
平凡な女子高生の冴梨には、到底適わない相手なのだ。
だけど、亮誠は、冴梨を見つけ出してくれた。
冴梨を好きだと言ってくれた。
それが、自信になる。
自分を好きになれる。
彼が好きだと言ってくれるなら、胸を張れるから。
この気持ちをちゃんと伝えたいのだ。
ヤキモチも、不安も、
ひっくるめて、全部。
”好き”だからなんだって。
思えばはいつも受身だった。
亮誠の愛情表現に甘えてばかりだった。
だから、今度は自分で。
★★★★★★
夜19時半を回ったデパ地下は、人の流れも穏やかだ。
平日なのでこのまま静かに閉店時間を迎えることになるのだろう。
さっきまで一緒だった桜と絢花と別れて1人で地下1階に下りる。
ドキドキする。
亮誠が任されている店に来るのは初めてだった。
どうしようか、すごく迷った。
仕事の邪魔はしたくなかったし、急に来て困らせてしまったらどうしようとか。
色々考えているうちに、止まってしまいそうになる足。
そんな冴梨の背中を押してくれたのは桜と絢花だ。
「絶対喜ぶと思うよー?」
「邪魔だって言われたら、すぐに連絡してきなよ?あたしが飛んで行って張り飛ばしてやるからね!!」
2人の言葉を思い出して、ゆっくりと店に近づく。
あー・・・どーしよ・・・足が震えるよ・・・
ケーキがずらりと並ぶショーケース。
レジ前にいるのは若い女の子の店員だ。
奥にいるのかな・・・・?
それとなく、店の周りを見てみるが亮誠の姿は見えない。
出かけてるとか・・・?美穂さんの話では、今日は夕方から閉店まで店に居るって聞いてたのに・・・
「さえり・・?」
立ち尽くす冴梨の背中に声が掛かった。
振り返ると、こちらに歩いてくるスーツ姿の亮誠が居た。
その姿にホッと肩を撫で下ろす。
「どーした?店に来るの初めてだろ。何かあったのか?」
心配そうに尋ねてくる亮誠の顔を見ているとさっきまでの不安や心配が吹き飛んでいく。
美穂さんの言ってた意味がやっと分かった気がする・・・抱きついちゃいたいもん。
そんなことは絶対に出来ないけれど、伸ばした指で、亮誠の腕を掴む。
この気持ちが伝わればいいのに・・・
「な・・何もないけど・・・」
必死にそれだけ言った冴梨の言葉に頷く亮誠。
「・・・あ・・会いたかったの」
い・・・言った・・・
途端まともに亮誠の顔を見られなくなった冴梨は勇気のもうとっくに限界で、そのまま俯いて手を離してしまう。
と、亮誠の手が伸びてきて、一瞬で冴梨の右手を握った。
驚くほど強く。
そして、俯いた冴梨の顔を覗き込んでとびきり優しい顔をする。
それは冴梨が心から安心できる表情だった。
「最後の仕事片付けてくるから、もうちょっと待てるか?」
何も言えずにひとつ頷く。
「じゃあ、終ったら携帯鳴らす」
「1階のコスメコーナーにいる」
「分かった」
そう返事をして、エスカレーターで上の階へ向かう。
鏡に映った自分の顔が驚くほど赤い。
こ・・・子供みたいな反応しちゃった・・
でも、ちゃんと言えた。
今日は、あたしが会いたくて、自分で会いに来たんだから。
★★★★★★
満面の笑みでハンドルを握る亮誠。
あの後、すぐにやってきた彼の顔に仕事疲れはかけらも見受けられなかった。
あたしの顔見てちょっとでも喜んでくれたなら嬉しい・・・
たとえそれが自惚れであったとしても。
亮誠が買ってくれたホットショコラを飲みながらその横顔を眺めていた。
「泣きそうな顔してたから、焦ったけど。そうか・・・会いたかったからかー・・・」
思い出し笑いをする彼の腕を叩く。
もう何度も思い出さないで欲しい。
「す・・すごい勇気要ったんだからね!仕事の邪魔になるかなぁとか・・」
火照る頬を押さえる冴梨の頭を亮誠が優しく撫でた。
離れ際に名残惜しそうに肩に流れる髪を梳いていく。
「嬉しかった」
「ほ、ほんと!?」
亮誠がこういう風に自分の気持ちを言葉にするのは珍しい。
思わず聞き返してしまう。
冴梨に対する気持ちは、全面に押し出しまくりな彼が、こんな風に照れ笑いするのを初めて見た。
やっぱり来て良かったと確信する。
「嘘ついてどーすんだよ・・」
「・・・確認したいんだもん」
呟いて、ふと思う。
だから、美穂さんは、ああ言ったんだ・・・
ちょうどタイミングよく赤信号になった。
冴梨は、亮誠の方に身を乗り出す。
ハンドルに手を掛けたまま、前方を見ている亮誠の左頬に、そっとキスした。
次の瞬間、ギョッとした亮誠が即座に逃げようとする冴梨の背中に腕を回して引き寄せると、唇が重なる。
言葉で足りない分は、こうやって。甘いキスで埋めてみましょう?
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