第15話 電話会議と内緒のケーキ

亮誠のセリフに、一鷹が電話の向こうで楽しそうな笑い声を上げた。


丸聞こえだっつの・・・


「で?彼女が起きるまで何も出来ずにただ見てただけ?信じられない」


ほんとにどっか悪いんじゃないの?と軽口を叩いて来る一鷹に、次会ったら覚えてろよと胸の内で零しておく。


これまでの亮誠の恋愛遍歴を知る一鷹としては納得できないのも無理はない。


誰より亮誠がそんな自分に驚いているのだ。


「仕方無いだろ?頑なな女はどーにか出来ても、あそこまで無防備だと、逆に困る・・・」


「珍しいセリフだなー・・亮誠の口からそんな言葉が出るとはね」


楽しそうに一鷹は続ける。


「嫌われるのが怖くなったんだろ?」


図星だった。


やっとこっちを向いてくれたのに、一時の感情でご破算にはしたくない。


絶対に失くせないのだから臆病にもなる。


「失くすのが怖い」


「あんな適当に遊んでたのに?」


「なー・・・俺も自分が信じらんねぇよ」


「天変地異だな。槍が降るかも・・・心配だよ」


「茶化すなよ」


「仕返しだよ。お前が俺に言ったセリフそのまま」


一鷹が想い人と初めて出会ったとき、彼女に心底惚れてしまったと零した彼に、亮誠が言ったセリフだ。


まったく要らんことまで覚えてやがる・・・


「何年前だよ・・・ったく」


「ついこの間だよ」


あの日から囚われたままの一鷹の心。


年上の女性に恋焦がれて、必死になって追いつこうと足掻く一鷹の気持ちも今なら理解してやれる。


「・・・恋愛ってこんなしんどいんだな」


「今頃気付いたの?」


呆れた口調で言われて、電話という事を忘れて思わず頷いてしまう。


「馬鹿みたいだろ?」


「いや、寧ろ嬉しいよ。幼馴染としてはし」


「嘘つけ」


「・・・正直悔しいよ」


何年も思い続ける一鷹の想いはいまだ彼女に届けることさえ出来ず、亮誠の想いは届いて、奇跡的にも冴梨は想い返してくれた。


たった数ヶ月で。


「だろうな・・・もう言っちまえよ。お前が1人で会社も彼女も背負うのは無理だ」


そのうち、一鷹が潰れることは目に見えていた。


一度潰れた自分だから尚更その気持ちを理解出来る。


心の拠り所のひとつで、人は簡単に救われるのだ。


経営の勉強も本格的に始めて、会社への拘束時間も今以上に増える。


亮誠のように、小さな店舗からの出発でなく、最初から一鷹の席は用意されているのだ。


本社のずっと高いところに。


一鷹の意思とは関係なく。


卒業と同時に歯車は回り始め、自動的に結婚相手も決まる。


その相手が彼女でない事はほぼ確定しているのだ。


どうせ叶わぬ思いなら、これ以上傷が深くなる前に断ち切ってしまった方が一鷹のためだと思った。


どうしようもないほど彼女を想っていることを知っているからこそ。


「勝機が見えないのに、ケンカ売るわけに行かないだろ?」


何度も繰り返されてきた会話。


いつも一鷹の返事は同じだ。


頑ななまでに、彼女を求める。


「心配しなくても、潰れたりしないよ。もし、潰れるなら会社もろとも共倒れにするから」


心にも無い事を言う。


会社の中枢を担う人間が簡単に会社を倒すわけが無い。


それと同じ位、彼女の事も決して諦めないとうことだ。


どんなに困難でも。


会社も、彼女も、必ず両方を取るつもりで動いているんだろう。


「わかったよ。つまんない事言って悪かった」


亮誠の言葉に一鷹が語調を柔らかくして言った。


いつもの穏やかな一鷹らしい王子様然とした声。


「ごめん、八つ当たりだな・・お前が、ちゃんと他人を幸せに出来ることは俺が一番知ってるよ。たまにはのんびり恋愛するのもいいんじゃない?相手の歩調に合わせることも大事だよ。俺は、いつも幸さんのペースで歩くようにしてる。その方が、長く一緒にいられるだろう?」


相手の歩調か・・・


常に自分のペースで強引に巻き込んで、考える暇を与えずに強引に始めた恋愛だということを今更ながら思い出す。


冴梨が見たいものを、冴梨のペースで。一緒に。


「お前には頭が下がるよ」


「何年片思いしてると思ってるの?俺のほうが、お前より相手の気持ちに敏感だよ」


微妙な気持ちの変化に気付いて、付け入る隙を狙っている一鷹は、確かに誰より他人の心理を読むにことに長けている。


「そんなお前でも、難攻不落のお姫様かよ」


「気付かない振りしてるのか全く気付いてないのか。それさえ見せてくれないんだ。振り回されてるよ」


苦笑交じりの声。


それすらも楽しんでいるかのような。


亮誠には全く未知の世界だ。


相手の気持ちはすぐに知りたいし、捕まえたら離れていくことも許さない。


相手に合わせるなんて、考えてもみなかった。


「一鷹を振り回せる女なんてそうそういないのにな」


「誰でもそうじゃない?亮誠がこれまで振り回してばかりいたから気付かなかっただけだよ。好きな相手には嫌われたくないし、気持ちは確かめたくなるもんだし。世の中の恋愛中の人間の8割はいまのお前と同じ気持ちだと思って間違いないよ」


「・・・・8割ね・・」


「せいぜい振り回されて苦労する事だね。人を好きになるってことが身に染みて分かると思うよ」


一鷹の言葉はぐさぐさと胸に刺さって溶けていく。


十分身に染みてるよ。


だから、真横にいながら眠っている冴梨にキスのひとつも出来なかったのだ。


むしろ好きだと言われる前の方が好きに出来た気がする。


想いを伝える事に必死だったから。


「精進するよ」


「そうだね。で、珍しく電話してきたってことは何かあったんだろう?相談事?」


一鷹に言われて、亮誠は机に乗せてあった資料を抜き取る。


本当は、この相談をするつもりで電話をしたのだ。


「まー、そうだな。相談つーか、お前の力にもなれると思うし。ちょっと先のイベントに向けてひとつ提案があるんだ」


この計画が成功したら間違いなく冴梨は喜ぶだろう。


確信できる。


いまの、自分が出来る最大のプレゼントだと思った。


この立場をフルに生かした最高の作戦。


亮誠の話を聞いた一鷹は乗り気でいくつか彼女の好きなものを上げ始めた。


それらをメモに取りながら、この先一週間の予定を思い出す。


出来るだけ早く打ち合わせに入っておきたかった。



真冬の大イベントまでふた月を切っていた。

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