第13話 焼きたてワッフルとキス

被服室は、ガランとしていて日に焼けたカーテンが引いてあり薄暗い。


ここが展示場でなかったことに安堵しつつ。


けれど、この場所でふたりきりという今の状況を考えると色々と複雑だった。




少しずつ近くなる足音。


複数の話し声も聞こえる。


上の階で展示でもあったんだろうか。


俺が、腕の力を緩めようか思案していると、冴梨の手が俺の腕を強く握った。


「冴梨?」


小さく聞き返すと、何も言わずに俺の背中に腕を回して抱きついてくる。


「窓がっあるの・・!」



チラリと視線を上げる。


なるほど。


確かにすぐ横にすりガラスの窓があった。


ここに冴梨の頭が映る心配をして抱きついてきたわけか。


冴梨の頭を抱き寄せて囁く。


「見える」


これだけ密着していたら、まずその心配はないと思うけど。


その言葉を信じて、キツく目を瞑って体を寄せる冴梨の必死の様子を見下ろしながら、不思議な事にかけらの罪悪感も感じなかった。


目の前に迫った、震える睫毛にキスをして赤くなった頬に触れる。


身動きが取れないことは承知で。


冴梨は息を飲んだけれど、拒もうとはしなかった。


そんな余裕すら無かったのだろう。


宥めるように後ろ頭を撫でてから、今度は頬を掠め取る。


さすがに焦ったのか、冴梨が僅かに視線を持ち上げて来た。


「も・・・もう行っちゃったんじゃない?」


「まだ足音聞こえる」


「っ!」


耳をすます仕草にぎょっとなった冴梨が、また俯いて、それをいいことに耳たぶを指の腹でなぞる。


女子高生の冴梨が自分の中でしっくり収まるようになった頃、そろりと腕を解いてやった。


真っ赤になった冴梨が、逃げるように後ずさる。


させるかと片手で引き寄せて、


「あ、そーだコレ。姉貴からの預かり物」


預かりもののラスクを差し出せば、冴梨が我に返ったように頷いた。


時計を見ると30分以上経っていてもうすぐHRが始まる時間らしい。


冴梨は紙袋を引っつかんで大声で叫ぶ。


「亮誠のばかー!!!もう二度とさん付けなんてしてやらない!」


予想外の悪口に、破顔して声を上げて笑えば、冴梨が遠慮なしの力で肩を叩いて来た。







★★★★★★






「冴梨ちゃんはーい」


「あーありがとー」


冴梨は恵人からワッフルを手渡されてニコニコとそれを受け取る。


チョコレートクリームとバニラクリームが挟まれたふわふわのワッフルは物凄く美味しいけれど、残念ながら今の冴梨にのんびり味わう余裕はない。


「りょうくんはーい」


「お、ありがとな、恵人」


「いーよー」


嬉しそうに自分の分のワッフルを頬張る恵人に微笑みかけて、けれど視界に入ってきた亮誠は無視する。


だってまだ怒っているから。


「冴梨、いーかげん機嫌直せって」


「直んない!もう知らない!」


「悪かったって」


「・・・・悪かったって何が?」


冴梨の言葉に亮誠が言葉に詰まった。


冴梨の学校が終わる時間を待って、そのまま一緒に店にやって来たのだが、その間冴梨はろくに口を開こうとはしなかった。


「だから、その・・・」


「学校で抱きしめた事?」


「それもだけど」


「なんでそれを謝んの!?」


「なんでって」


冴梨の怒りの理由が分からないようで、亮誠はさっきから目を白黒させている。


「なんで抱きしめた事謝んのよ!」


そんなの謝られたら困る。


だってそれじゃあまるで。


まるで・・・


「冴梨ちゃんのことぎゅーしたの?」


「いや、恵人いいからお前ちょっと向こう行ってろ」


「えーなんでー」


「いーから行け」


泣きそうになった冴梨の膝に手をついて必死に顔を覗き込んでくる恵人を亮誠が奥の和室に追い立てる。


恵人は言い合う冴梨と亮誠を交互に見て、空気を読んだように教育テレビを見に行ってしまった。


「何でそうなるんだよ?」


「だって!・・・そこで謝られたら・・・あたしのことやっぱりほんとは好きじゃないんだって・・・必要だから好きな振りしてるんだって思うから!」


すごい。


泣いたら言えた。


心でわだかまりになってたこと全て。


もう、頭はぐちゃぐちゃで胸は苦しくて。


ああ、恋が苦しいって歌で言ってたのってこういうことなんだな。


自分の気持ちさえ分からなくなる。


何から伝えればいいのか。


笑ってほしいし。


笑っていたいのに。



「好きな振りなんてしてないよ」


「ほ・・・ほんとに?」


「嘘ついてどーすんだよ?泣くなって・・・な?」


涙を拭おうとする亮誠の手を掴む。


「・・・あの・・ね・・・あたし、必要とされたら・・・嬉しいし、力になりたいと思う・・・し、他の誰かに、あたしの代わりをされたら・・・悲しいし・・・」


彼の事情を真摯に話せば、他にも協力者は現れるかもしれない。


けれど、誰より自分が、彼の力になりたいと思った。


思ってしまったのだ。


「・・・うん」


「それは・・・亮誠さんだから・・・すき、だから」


「・・・なんでふたりのときに言わねーかなぁ・・・」


彼が苦笑まじりにそう言って、恵人の居る部屋のドアをそっと閉めた後で、優しく抱きしめられた。


「いま・・・言いたかったの」


「キスしたいから泣きやんで」


「は・・・そんな急に無理」


言い返したら、一瞬涙が止まった。


頬に残った涙の後を指の腹で擦る。


「こら、赤くなるから」


その手を取られて、唇が触れた。


ただそれだけのことなのに冴梨の心臓は飛び跳ねた。


「俺が何回好きって言ったら安心すんの?」


亮誠は唇を離して、冴梨の瞼を優しく撫でる。


触れられたところから、電気が走ったみたいに熱くなっていく。


恋ってスゴイ。


「わかんない」



ずっと聞いていたい気もするし。


もったいなくて聞きたくない気もする。


でも、好きって言える距離にはいつだって居て欲しくて。


恋って難しい。


冴梨の返事に亮誠は穏やかに笑った。


「じゃあ、お前が寝るまで言い続けるから連れて帰っていい?」


亮誠のセリフに、雰囲気に流されて頷きそうになって。



「だっ駄目に決まってるでしょ!」


慌てて言い返した。

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