第11話 告白マカロン

亮誠の送迎がすっかり日常の一部と化した頃、時折バイト帰りに二人で食事に行くようになった。


独り暮らしの亮誠は、冴梨を下ろした後家に帰って一人で適当に食事をすると聞いて、多忙な彼の食生活が心配になった冴梨が、どこかでお夕飯でも、と口にした事がきっかけだ。


有り難い事に家に帰れば母親お手製のお夕飯が待っている冴梨にとって、無人の家で一人で食べるコンビニ飯は物凄くわびしく見えた。


名の知れた企業の跡取り息子も蓋を開けてみればただの普通の大学生なのだ。


せめて自分と一緒のとき位はちゃんとしたご飯を、とまるで彼女のような台詞を口にした冴梨に気を良くした亮誠は、毎回違うお店に案内してくれる。


和洋中は勿論の事、タイ料理やイタリアン、韓国料理にメキシコ料理まで食べに行った。


ちょっとした世界旅行気分を味わって、再び王道の洋食に戻って来たところだ。


お店一押しのビーフストロガノフで胃袋を満たした後、運ばれてきたデザートは、可愛らしいマカロンだった。


洋菓子メーカーの息子なのに、亮誠はなぜか殆ど甘いものに手を付けない。


いつも自分の分を冴梨に分けてくれる。


今日も同じように、全部食べていいよとデザートの丸皿を差し出されて、さすがにマカロン6つは食べきれませんよとぼやいた。


「いや、そんな事言いながらいつも食べてるから。冴梨ちゃん見てるとほんとに甘いものは別腹なんだなって思うよ」


「嫌味ですかそれ!?」


「いや、純粋に褒めてる。ほら、このピンクって苺じゃない?この前の苺アイスも喜んでたから、これもどーぞ」


一先ず自分の皿にある一口サイズのピンクのマカロンを頬張る。


見た目はピンクだけれど、苺では無くてグレープフルーツの味がした。


ピンクグレープフルーツのマカロンのようだ。


「あ、これ甘さ控えめで美味しいですよ!ほら、亮誠さんも食べてみて。一個だけ!ね」


ピンクのマカロンを強引に亮誠の口元へと差し出す。


一瞬顔を顰めた亮誠が、けれど素直に口を開いた。


それから無表情のままで頬張って、ごくんと飲み込む。


「あー・・うん、ほんとだ。苺の味」


彼が小さく頷いて笑った瞬間に、違和感を覚えた。


「え・・・?苺の味・・・しました?」


「・・・」


首を傾げた冴梨に、亮誠が視線を逸らして黙り込む。


「これ・・・見た目はピンクですけど、味はピンクグレープフルーツで・・・」


「あ・・・そっか・・・」


乾いた声で亮誠が相槌を打つ。


「あの・・・亮誠さん・・」


出会ってから、今日までどこかでずっと消えなかった違和感が何か、やっとわかった。


彼は、冴梨と出会ってから一度もケーキの味について言及したことが無かったのだ。


その代わりのように毎回ケーキの感想を冴梨に求めた。


まるで味わえない彼自身の身代わりのように。


「もしかして・・・食べ物の・・・味が・・・」


ぞくりと背筋が震えた。


顔を強張らせた冴梨を見つめて、亮誠が息を吐く。


「甘味の種類の区別が、付かないんだ。昔は分かったんだけど、何年か前から甘いこと以外分からなくなった」


「そ・・・んな」


「医者に診せても心因性の問題だと言われて、具体的な治療法が見つからない。薬でどうにかなるわけでもない。暫くは周りを誤魔化せてたんだけど、最近とうとう親父にバレた。洋菓子メーカーの跡取り息子には致命的な欠陥だよ。試作品が上がって来るたび品評会に引っ張り出されるのに、味が分かりませんじゃ話にならない。先を見越した親父が、取引先の洋菓子メーカーのご令嬢との縁談をいくつか持ちかけて来た。使えない息子の代わりになるご令嬢をね。で、それを突っぱねるために・・・」


「あたしを利用したんですね・・・」


「最初は、打たれ強そうな子だから、隣に並んでくれると助かるなと思ったんだ。純粋にケーキが好きで、うちのケーキも気に入ってくれたし、姉貴たち家族とも上手くやってくれてるから。会社の利益云々抜きにして、俺の人生に必要な女の子だな、と思った」


彼の突然すぎる告白は、恋愛感情からではなくて、必要に迫られた選択だったから。


たまたま身近にいた最適な相手を捕まえておくための誘い文句。


一瞬でも揺れてしまった自分が本当に情けない。


「最初からそう言ってくれれば良かったのに・・・」


「困ってるから助けて欲しいって言えば、多分冴梨ちゃんは、手を取ってくれると思った。だけど、俺の事は好きになんないだろ?」


「それは・・・」


同情しこそすれ、好意は抱かなかった筈だ。


そもそも美穂との繋がりが無ければ、冴梨と亮誠はなんの接点も持たない、生きる世界の違う二人である。


「俺の事情もひっくるめて、好きになって欲しいなって、思ったんだ。だから、ほんとはもう少し黙ってるつもりだった。詰めが甘いなぁ・・・失敗した」


「・・・・」


「黙ってたのは謝る。ごめん。でも、きみに会って、話して、一緒に居たいなと思ったのは本当だ。だから、バイトしてる事を学校にバラす、とか言って無理に距離を詰めようとした、ごめん。ちゃんと向き合って俺の事を知って欲しいと思ったんだ」


「り、亮誠さん・・・あたしの事好きなんですか・・・?」


彼が求めているのは、自分の事情を受け入れて、自分のサポート役を務めてくれる女性だ。


父親が宛がってくるご令嬢に見向きもしなかったのは、反骨精神の現れで、冴梨に惹かれたからではない。


きっと同じような条件の、もっと別の女の子が現れても同じように彼は口説いたのではないだろうか。


「最初からそう言ってるよ。早々に親父に会わせたのも、卒業後の事を考えた上での事だし」


「だからあんな風にお父様に・・・」


「働きたいならそれも止めないけど、どうせならうちにしなよ。毎日出来立てスイーツに囲まれて暮らせるよ。俺の奥さんになってくれたらね」


「え・・・ほ、本気で?」


「俺は最初からそのつもりで口説いてる。物凄く好条件だと思うけど?結婚したら浮気はしないし、冴梨ちゃんの自由も奪わないよ。仕事のサポート全般をお願いすることになるから、それ以外のことは、みんな譲るつもりにしてる」


「亮誠さんの病気を知ってるのは・・・?」


「今のところ親父と悪友だけ。姉貴には伏せてあるんだ。言ったら過剰に心配して大騒ぎするだろうし。ああ見えて弟想いなとこあるから、それを理由に冴梨ちゃんの同情買いそうだなと思って。押し付けるものが多すぎるから、せめてそこはフェアじゃないとまずいだろ?」


これまで見ていた彼がまるで偽物のように思えて来る。


静かに笑って見せた亮誠は、もうすでにガーネットを背負う責任者の顔をしていた。


「あたしが嫌って言ったら・・・」


「他の誰か」


「・・・・っ」


予想通りの台詞が返って来て、冴梨はびくんと肩を震わせて目を閉じた。


今の状況の亮誠が、一人で会社を支えて行くのは不可能だ。


必ず右腕になる人間が必要になる。


その全部を背負えるのかと問われれば、当然答えは否。


一回の女子高生にどうにかできる事なんてなにもない。


だけれど、冴梨が差し出された手を拒めば、彼は別の誰かを探し始める。


それを考えると、胸が痛んだ。


眉根を寄せる冴梨の前で、ふうっと亮誠が息を吐く。


「って言いたいところだけど、まあ無理だから。その気になってくれるまで待つよ」


「え・・・・?」


驚いて目を開いた冴梨に向かって亮誠が穏やかに笑う。


「だから覚悟決めてくれない?」


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