第5話 スパイスはシナモンシュガー

「あんったねぇ!!どーゆうつもりなの!!」


電話口で怒鳴りまくる姉貴。


俺は携帯を耳から離した。


「冴梨ちゃんは!?」


「ちゃんと送ってきたから」


「当たり前でしょ!あの子はねえ、これまであんたが遊びで付き合ってきた子達とは何もかもが違うのよ!!」


念を押すように言われて、見えないと分かっていながらも頷いてしまう。


「分かってる」


「分かってないわよ!ああもう、なんであんたに冴梨ちゃんの話しちゃったのかしら!」


「姉貴さぁ・・・もうちょっと俺を信用しろよ」


「出来ないわよ!」


そりゃそうだろう。


これまでの行動を知っているこの人ならそう言うはずだ。


聖人君子を胸を張れるような青春を謳歌してきたわけでは無かったので、その評価は甘んじて受ける。


一鷹なら、もうちょっとは反論出来ただろうけれど。


だから、わざわざ回りくどい手を使って姉貴じゃなく、義兄さんにわざわざ頼んで彼女をあの場所に呼んだのだ。


姉貴との結婚の際に、唯一の味方となって篠宮と姉貴の確執を防いだ俺の貢献なくして、いまの幸せな家庭は築けなかったから、義兄さんは絶対に俺に頭が上がらない。


それを知っていて、こういうやり方を選んだことも腹立たしいのだろう。


「私はね、あんたみたいな男にペロッと食べられて、ぺっと捨てられて傷ついたあの子を見たくないのよ!わかるでしょう?」


たしかに。


これまでの相手ならそうしてきた。


必要な時に傍に居てくれたら、あとはどうでもいい。


邪魔にならず、適度に強くて、適度に弱くて。


扱いやすい相手なら、それで十分だった。


それでも。


今回は譲れなかった。



「食べて捨てるなら、ほかのもっと後腐れなさそうな女を選ぶから」


「あんたねえ!」


「安心しろって。そんな簡単に手なんか出せねぇよ」


それで終わりになる相手ならまだしも。


未来を。


未来?


不意に浮かんだ一番自分に不似合いな単語に違和感を覚えた。


「・・・まあ、あんたが騙すような手段使ってでも、まともにお父さんに会わせたのって、冴梨ちゃんが初めてだし。あんたがいつもより、真面目に考えてるってのも分かるけど・・・言っとくけど、物凄く身勝手なあんたの一方的な片思いなんだからね!あんたの言う、骨のある手軽くない女の子だけど、あの子は普通の家庭の普通のお嬢さんなの。あんたが今いる場所とは、全然違う場所にいるの」


声を荒げる姉貴の必死の思いは、痛いほど伝わってきた。


望んで、望んで漸く普通の家庭に収まったのだ。


毎晩食卓を家族で囲んで、その日あった出来事を話し合って。


休日は家族揃って出かける。


誕生日は欠かさずケーキとプレゼントで祝い合う。


姉貴が願い続けた当たり前の家庭。


家庭というものに希薄な印象しか持てないのは、育った環境が環境だから仕方ない。


ちょうど親父は会社を大きくしようと必死に仕事をこなしていた時期だし、母親は病気がちで子育てどころではなかった。


誕生日のケーキを囲んだ記憶が殆どないのもしかたない。


誕生日を祝うよりも、母親の病状を気遣う方が大切だったのだ。


ああいう家庭で育ったのに、姉貴は立派に母親をしている。


夫の支えも勿論だが、彼女の努力も相当なものだっただろう。


ただの口煩いだけの姉貴だと思ってたけど・・・


こう状況に自分が陥ると、周りが違って見えて来るものだ。


「ちょっと、聞いてる?」


沈黙に不安を覚えたのか、幾分声のトーンを落として尋ねられた。


「・・はいはい、聞いてるよ」


「・・・ねえ、亮誠。本気なの?」


「本気じゃないのに、ここまでするかよ・・・俺も暇じゃない」


さんざん手を回してこの状況を作り上げたのだ。


簡単に折れない、撃たれない相手だと思ったから、選んだ。


あの状況でシュークリームを平らげる度胸あるんだから、図太いとこだけ姉貴と似ているのかもしれない。


「あれこれ画策して、どうしてもあの子を巻き込みたかったのは分かった。冴梨ちゃんのことあれこれ吹き込んだ私にも責任はあるわ。だからこそ、心配なの。無理強いはしないで。あくまであの子の気持ちを尊重して頂戴。冴梨ちゃんは、私とは違うのよ」


確かに、店を訪れるたび姉貴が楽しそうに彼女の事を話さなければ、興味は持たなかったかもしれない。


あの聖琳女子に通う華の女子高生がアルバイトをしたがるなんて。


お嬢様の気まぐれかと思って聞いていたが、どこにでもいる中流家庭の普通の娘だと聞いて、さらに興味がわいた。


篠宮という家名を以て引き合わされる女性は、どれもこれも絵に書いたようなお嬢様だった。


家柄に恥じぬ行いを徹底して教育された完璧なお嬢様。


結婚後は夫の火遊びも上手に目を瞑るんだろうと、容易に想像できた。


むしろそれで良かったのだ。


けれど、彼女に会って変わった。


”篠宮亮誠”だと知る由もない彼女との会話は、驚く位新鮮だった。


「わかってるよ。ところでお姉さま」


「なに・・・」


こっちも、釘を刺しておかないとな。


「邪魔、すんなよ」


「は?」


「誰のおかげで義兄さんとこへ嫁にいけたんだっけなぁ?」


これを出すと、姉貴は何も言えなくなる。


免罪符。


「・・・・分かったわよ・・・邪魔はしない・・・中立は守る」


しぶしぶだが、了承の返事が返ってきたので通話を終える。


さて、これで、動きやすくなった。





恋愛未経験の冴梨をどうやって振り向かせようか。


ひとまず、第一の壁は取り払ったけれど、まずは、彼女に近づく方法を考えなくてはいけない。


俺は、必須アイテムを仕入れるために再び携帯を取り出した。

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