第8話 separated:今までに別れを告げて




 『はぁ~あ‥‥美味しかった‥‥ご馳走さま。』


 

 久々のご飯に僕のお腹も喜んでいるのがよく分かる、本当に美味しかったなぁ。

 空腹は最高のスパイスとか言うけれど、どうやら本当みたいだ。



 『‥‥‥‥さて、どうしようかな‥‥。』


 

 しかし、お腹を満たしたところで何も解決してはいない。

 手紙の送り主は誰だろう? 恐らくは助けてくれたという男の子と‥‥もう一人は分からん。



 『寮から出るな‥‥だよなぁ‥‥‥寮?』



 そうか、なんかあの男の子が、ここは学生寮だって言ってた‥‥。

 ということはあの子は学生? 何処の?


 考えても考えてもポコポコ新たな疑問が湧くだけなので、一旦辺りを見回してみる。

 彼のいう通り寮だけあって、ベッドが在り、机と椅子は勉強用のものと見える。確かに生活感に溢れている。

 しかし、その中でふと、目にまるものがあった。



 『んん‥‥? 窓だよな‥‥。』


 

 そう、一つの窓だった。

 それは僕らがイメージするような一般的なガラスのものに回す鍵が付いてる銀色の淵タイプのものでなく、なんだろう‥‥おとぎ話に出てくるような、ガラスに木の淵でデザインされたおしゃれなもので、いかにも両手で開けてくれと言わんばかりに中央に2つのハンドルが付いているものだった。



 『‥‥‥‥‥‥‥‥‥。』



 無言でゆっくりと窓に近づき、その前に立つ。何も考えずとも、両手がハンドルを握っていた。

 そのまま、気の赴くままに、僕は両手で窓を開けた。



 『‥‥‥はっ‥‥!』



 思わず僕の瞳は開き、口も開く。

 窓を開けた途端、部屋に入り込む暖かな風。

 その風は草木の香りを纏い、新学期を彷彿とさせる春の知らせのようだった。


 それと同時に、風が運んできたのだろうか。

 今まで僕が忘れかけていた‥‥いや、忘れるようにしてきた事が風と共に頭を吹き抜ける。


 真っ白な世界で告げられた、僕の運命‥‥。

 

 

 『‥‥はっ! そうだ!』



 今度は慌てて辺りを見回した。



 『あっ、あった‥‥。良かった。』

 


 良かった。机の上にあったみたいだ、僕の単語帳。

 親切に置いといてくれたんだろうな。


 これは僕の大切なものだ。少し前まで学校の通学リュックに入れていたはず、なのに‥‥。これだけ持っているなんて、どういうことだ?



 『あーぁ‥‥マジどうしたんだろ‥‥。』

 


 思い出した僕の運命。

 あの時、真っ白な世界で告げられた事。

 何故か僕は死んで、新たな人生がスタートするとかなんとか。

 変な話だ。僕の体は何の変わりもなく、この通り体は五体満足なのになぁ。

 しかし、まるで嫌な事でも思い出したかのように、ただ1つ違うところに気がついた。



 『あっ‥‥‥‥。』



 僕の右腕には〝read〟の文字が‥‥。

 今度はまじまじと見つめてみる。



 『ううん‥‥?』



 なんだろ、習字の墨汁が付いたみたいにややアンバランスなフォントだけど、不思議と一発で識別できるような書体だ。

 前みたいに擦ってみても滲む事すら無く、腕の肉が揺れ動くだけである。

 一体これは何なのだろう、誰かのイタズラ?

 分からずして、またしても開けっぱの窓へ顔を上げる。



 『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。』



 ついこの前まで、いつも通りの学校の帰り道だった。3年間の、見飽きた風景だった。

 けれど、窓からのぞく景色はもう違う。

 

 若々しい木々が生え、ねずみ色のコンクリートが導く先に、遠くで学校のような施設が見える。更には視界のすみには薄茶色とベージュの建物がちらつくが、きっとこの建物だ。


 そしてまた、僕のほおを風が通り過ぎる。

 きっとこの風は、追い風の端くれだ。

 この風は、僕の心の背中を押したのだろう。



 たとえ悪い夢でも、受け入れて前に進まなければいけない。

 今までに別れを告げて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る