第36話 ミニスカート

「っへーえ・・・そりゃあ、貴崎もヤキモキさせられるな」


屋上で鉢合わせした一臣に、週末のミニスカ事件を洗いざらい話した勝は、苦い顔を見せた。


ヤキモキ、という言葉がどうもしっくり来なかったのだ。


別にヤキモキなんてしていないし・・・ただ、茉梨はああだから、他人からどう見られているのか、本当のところで気にしていない。


自分が満足するためだけに格好に拘っているだけで。


だから、妙な視線にも気づかない事の方が多い。


それが、物凄く嫌だという、ただそれだけの事。


「いや、これはあいつが面倒くさいって話で・・・」


「日曜の朝から可愛いカッコして矢野が遊びに来て、それが嬉しくて、でも、いきなり現れた隣人の男に矢野の生足を見られて嫌だったと」


ざっくり言うと、こんな感じだろう?と一臣が告げる。


「8時半に起こされたんですけど」


「まあ、それも貴崎の役得だ。お前、その役目がカズに移ってもいいのか?」


勝の反論を受けて立ったのは珍しく鉢合わせた巧弥だ。


ネットの連載小説の執筆が不調らしく、束になったプロットを片手に気分転換にやって来たらしい。


矢野と貴崎はいつか、ネタに使わせてもらうから、と豪語しているだけあって、勝を見つけるなりすぐさまペンを持った。


巧弥からの質問に、途端、勝の旗色が悪くなる。


巧弥と舌戦を繰り広げて、ぎりぎりの均衡でやり抜けるのは綾小路一臣ただ一人。


勝なんて歯も立たない。


出来るとすれば、せいぜい一声吠えて脱兎のごとく逃げることくらいだ。


が、勿論逃げるつもりも、戦うつもりもなかった。


溜息を吐いて、後ろ頭を掻く。


それから、ゆっくりと視線を巡らせて一臣を捕えた。


茉梨にとって、自分がどうでも良い存在だとは微塵も思っていない。


あの、超直球の愛情表現を目の当たりにして、他人扱いされていると感じられる程馬鹿ではないつもりだ。


もし、その役目が隣にいるこの男に移ったら。


「・・・嫌ッスね」


こうして2年一緒に居ても、適わない事だらけだから。


勝の素直な反応に、僅かに眉を上げた巧弥が、目を細めて笑う。


「だろう?俺も、嫌だよ。南の興味が他の男に、まして、こんな非の打ちどころの無い、将来有望な男に移るなんてごめんだ」


「お前に褒められると気持ち悪いな」


一臣がまんざらでもなさそうに言った。


勝はというと、巧弥の意外な本音が聞けたことに純粋に驚いている。


あまり、感情を露わにしない加賀谷巧弥が、自分の恋愛について言及するところなど、未だかつて見たことが無い。


さらりと他の男に取られるのは嫌だと言い切った巧弥。


勝は、自分と巧弥との相違点を考えそうになって、慌ててかぶりを振る。


考える以前の問題だ。


そもそも、俺と加賀谷さんじゃ、立ち位置が違う。


堂々と俺のもの宣言した巧弥には、南の所有権を主張する権利がある。


ただの保護者的立場である勝に、その権利は・・・


「・・・」


何も言えずに黙り込む勝を眺めて、巧弥がついでのように言った。


「でも、南は言わなくてもミニスカートなんてしょっちゅう履くから。自分の見せ方を心得てる分、余計タチが悪いんだよ」


只でさえ美人でスタイルも良くて、街を歩けばスカウトされる事しばしばの友英のマドンナだ。


南は、自分で、一番似合うものをきちんと選ぶことが出来る。


その視覚効果が周りに及ぼす影響も、十分承知の上で。


隠そうとしたって、無駄な事を、巧弥はとうの昔から気づいていた。


もっと目立たない地味なカッコしろ、とか言ったら、間違いなく


”あたしが綺麗なの、嬉しくない?”


とか言うに決まっている。


満面の笑みを浮かべて。


それを見たら、巧弥はもう何も言えなくなる。


女王様の仰せのままに、と引き下がるしかない。


余計な虫がつかない(並の男は近寄れないので)ことはわかりきっていて。


それでも、あの南に声を掛ける男がいたら、それは本物のツワモノで。


だからこそ、目が離せないのだ。


「望月は、立ってるだけで人を惹きつけるから」


「たしかに、オーラがある」


一臣の言葉に勝も頷いた。


女子高生が溢れる校内にいても、同じ制服を着ていても、南はすぐに分かるのだ。


彼女の持つ華やかで、眩しい雰囲気がいつも人を集めるから。


巧弥が頷いて、さらに、と付け加える。


「南は私服も相当可愛いよ。制服脱ぐだけで、ぐんと大人っぽくなるし。思わず振り返りたくなる男連中の気持ちが理解できる」


「惚気ですかって・・・事実だからなぁ・・・」


他人事なので暢気に聞いていられる勝が、苦笑いした。


つくづく、茉梨が南みたいじゃなくて良かったと思う。


三人が対談を続けていると、屋上のドアが開いた。


顔を見せたのは噂の張本人だ。


巧弥を見つけて、笑顔になる。


「ここだったんだー。携帯出ないし・・・あら珍しい、会長に貴崎くん」


風に煽られる長い髪を指で押さえて近づいてくる南を、眩しそうに三人が見つめた。


「え、なに?なんか秘密の話とか?」


意味深な視線に晒されて、とまどった南が問い返す。


タイミング悪かったかな?と巧弥に視線を送る。


「望月が美人だって話だよ」


そつなく一臣が答えた。


「わー、またそんな適当な事ー、お邪魔します」


膝上のスカートを手で押さえて、南が巧弥の隣に腰を下ろす。


巧弥がすぐさま、脱いだ上着を南の膝にかけた。


「ほんとですよ、南さんが相当モテるって話ッス」


「ああ、そゆこと?でもねー、どうでもいいひとにモテてもしょうがなくない?」


あっけらかんと笑って、南が髪をかき上げた。


わー、ざっくり言うなぁ、と勝と一臣が呆気に取られる。


「大事な人に好きで居て貰う事が、一番大事」


ありがとう、と巧弥に笑いかけた南の指先を彩る淡いピンクのマニキュア。


こういうところ、なんだよなぁ・・・


皆が南に惹かれて、側に居たいと願いたくなる理由は、ここにある。


しみじみ思う勝と一臣に向かって、巧弥がほらな、と笑った。


「最初から俺の手の届かないところにいるから、この子。だから、ミニスカ程度じゃ、俺は動じたりしませんって事」


いちいちそんな事で慌てていたら、南の隣に居られないと巧弥が告げる。


「え?ミニスカ?なんの話してんのよ、あんたたちは」


眉根を寄せた南の指先を捕まえて、巧弥が優しく微笑む。


「南には、好きな格好して、いつも可愛く居て欲しいって話」


「・・・勿論、そうさせてもらいますけど・・・なに、ここでもミニスカが流行ってんの?」


「え?なんで」


南の言葉に三人が同時に顔を見合わせた。


「なんか、珍しくうちの妹三人がミニスカで出かけるって騒いでたから」


「・・・へーえ・・・」


「それは、ナイトは嬉しいけど、気が気じゃないだろうなぁ。しっかりガードしないと。とくに、ひなちゃんと、井上」


一臣の言葉に、南が胸を張って答えた。


「それは大丈夫よ、うちのメンバーの保護意識は半端ないから」


三人がそれぞれのナイトを思い浮かべて、確かに、と頷いた。

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