第28話 青い鳥
「南、仕度出来た?」
廊下からかかった呼びかけに、ドレッサーの前に腰掛けていた南は急いで立ち上がった。
「入っていいわよ、どうぞー」
「あれ、エリカさんは?」
実の姉であり、団地組の姉貴分でもある美容師のエリカにヘアメイクを依頼していたのだが、姿が見えない。
視線を巡らせる巧弥に、南が外を指さした。
「お母さんの着付けに行ってる」
「ああ、そっちか。ひなたちゃんたちは?」
「さっきまで居たけど、今はカメラの準備に行ってるわ。始まる前のチャペルとかも撮っておくんだって」
「大忙しだな」
「そうねー、お祭りみたいなもんだし?」
「お祭りって」
苦笑した巧弥が南に向かって背中に隠していたブーケを差し出した。
さっき届いたばかりのブーケだ。
「わぁ・・・」
「比嘉さんと、浅海さんから。南のイメージに合わせて作ってもらったらしいよ」
巧弥の作家仲間である比嘉基と、相方でカメラマンの浅海大地が、披露宴に出席できないお詫びにと届けられたものだ。
「・・・素敵」
白を基調として、淡いピンクやブルーが差し色に作られたウェディングブーケ。
白バラがメインになって、ピンクのベビーローズとブルースター、アイリーで纏められたキャスケードは、比嘉基の持つ望月南の可愛くてかっこいいイメージそのものだ。
両手で受け取ったブーケを見つめて南がうっとり目を細めた。
「白一色じゃないところが南らしいね」
「あなたの色には染まってやんないわよって?」
白の中にあっても、きちんと自己主張をする青やピンクの花びらを撫でて南が茶目っ気たっぷりに言った。
「染めようなんて思ってないよ。純白のドレス着せた位で手に入る女だと思ってない」
「・・・それって誉めてるの?」
「最上級の誉め言葉だよ」
「なら、ありがとうって言っとくわ」
腰に手を当てて微笑む南は、みんなが憧れる友英のマドンナだ。
手が届きそうで、届かない、見上げては溜息を吐く高嶺の花。
そんな彼女の手を迷うことなく掴んで、巧弥が手袋で覆われた指先を撫でる。
「本当は、もっと早くこうしたかったんだけど・・・」
「お互い仕事もあるし、タイミングも、ね」
南の言葉に巧弥が首を振る。
「俺の人生に巻き込む覚悟が無くて、先延ばしにしてた」
「緊張してる?」
「俺と一緒にいる事で、南の世界を狭めるような気がして、恋人でいる方がいいんじゃないかとも思った。仕事柄、普通の生活送るのは難しいわけだし、スランプとか、締切でイライラしてるところを晒すのも抵抗があった。俺は、やっぱり南の前ではイイカッコしてたんだよ。自分で選んだ仕事に自信を持てる俺を見せたいんだ。でも、今はそれより、もっと南との時間が欲しい。俺の意地とか、見栄とか、どうでもいいから、朝も、夜も、俺の傍にいてよ」
「・・・わ・・・分かりました」
途端敬語になってしまった南が、困ったように視線を彷徨わせる。
落ち着かない彼女の様子に気づいた巧弥が、怪訝な顔をした。
「なんで今更焦ってるの」
「だって、何か、今初めてプロポーズされた気がするんだもん」
「それはもうずっと前にしただろ」
「そうだけど、何か、今の方がどきどきするんだけど・・・」
「結婚式はお祭りじゃなかった?」
おどける様に巧弥が笑ってみせた。
南がぎゅっと胸を押さえる。
ウェディングドレスを着ても、チャペルを見ても、平気でいられたのに。
急に目の前の彼と結婚するんだと実感した。
「あの日、俺たちの隠れ家を見つけたのが南で良かった。多分、そうじゃなかったら、俺たちなんの接点もないまま卒業してただろうし。担当と作家って立場で出会ってたかもしれないけどね。でも、あの瞬間で良かった。友英での時間があったから、俺は今の俺になれた。南が居たから、ここまで来れたんだよ。俺は、いつも気づかないうちに南から大事な気持ちを貰ってる。誰かを思って、愛しくなる事や、切なくなる事、苦しくなる事も。そういう気持ち全部、南に向かってるんだ。これからも、俺が愛情を向ける相手は南だけだよ。ずっと一緒にいて欲しい。結婚しよう」
「・・・結婚式直前に再プロポーズって・・・どうなの・・?」
泣き笑いの顔で南が答える。
「そんな顔で言っても無駄だよ。ほら、泣かないで、メイク直して貰うのに、言い訳困るだろ」
「巧弥に泣かされたって言うわよ」
「マジかよ・・・エリカさんのカミナリは勘弁してよ」
南の代わりに目尻を拭ってやった巧弥が慰める様に額にキスをした。
「返事はイエスでいいよな?」
答える代りに南が目を閉じる。
「・・・100回キスして」
「望む所だよ」
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