第27話 小夜啼鳥
カラードレス、ウェディングドレス。
色も形も様々で、体型によっての合うタイプもまちまち。
これから先の人生で、おそらくこれより有名になる写真はありはしないだろうから。
だからこそ慎重に、念入りに調べて最高のものを選ばなくちゃ!!
先にお嫁に行った妹いわく。
「南ちゃんはなんでも似合うから大丈夫よ」
ありがとう、だけどね!そーゆー問題じゃないのよ!ひなたぁ!!
お姉ちゃんは、ただ綺麗な一枚が欲しいんじゃないの!
とびっきりの、とっておきの一枚が欲しいのよ!!
女の子の憧れが目一杯詰まった、最高の一枚が欲しいのよ~!!!
出版社の利点をフルに活用して取り寄せた結婚情報誌&カタログの山を前にあたしは腕組をして考える。
さーってどっから料理してやろうかしらん??
期限は1か月。
前撮りの写真撮影日はすでに押さえてある。
仕事でお世話になったことのあるカメラマンの方にお願いをしたのだ。
記念の写真なんでどうしてもお願いしたいんです!!
あたしのとんでもない我儘を快く引き受けてくださったカメラマンさん。
ついでに撮影場所の教会まで借りてくださるなんて!!
持つべきものは仕事のコネかもしれない・・・
浮かれまくったあたしのセリフに、大学時代からの友人である千朋は先輩花嫁らしく
「写真だけでそない舞い上がってしもたら、本番どないすんのん?」
と、自分の時を振り返ってアドバイスをくれたけれど。
だって、挙式はもちろん大事だし、二次会も楽しみだけれど。
何よりドレスよ!!一生に一度、きらきらお姫様ーな気分が大人になって味わえる唯一の日!
気合いが入ってしまうのは・・・仕方ないと思うのだ。
そんなあたしの斜め後ろから、テーブルの上の山をちらりと眺めて旦那さまは冷たい一言。
「・・・・エンスト起こすなよ?」
「たぁくみーぃ!!!!もうちょっと優しい言葉とかっ!ないかな!?」
腰に手を当てて振り返ると資料らしき分厚い参考書を片手に立っていた彼に、空いた方の手で顎を捕えられてしまう。
メンソールの味がするキス。
寝起きや原稿に行き詰ったとき、彼が気分転換に吸うのだ。
辛口な言葉とは裏腹に、キスは極上に甘いので許してしまう自分が悔しい。
うなじをなぞられて、ぞくりとすると同時にあっけないほどあっさりと指が離れた。
「猪突猛進で走るのはいいけど、前方確認は忘れないで欲しいな」
「あたし猪じゃないし!」
「知ってるよ」
「・・・・・ならいいけど・・原稿順調?」
部屋に戻ろうとする彼の背中に抱きついて問いかける。
今受け持っている連載が重なっていて忙しいことは知っているからあんまり我儘も言えない。
「ひと月もあれば十分片付く仕事だよ」
「ドレスも大事だけど、巧弥の心配してるのよっ」
「行き詰ってるって言ったら慰めてくれんの?」
「・・・・時と場合によるわね・・・ちなみにウチの?」
「そっちは順調・・・こら、家に仕事持ち込まないんじゃなかったの?」
思わず担当として訊いてしまってから、気づいたけれどもう遅い。
お互い、作家と、担当。
この関係は家の外だけにしましょう。
家の中では、昔みたいにただのふたりでいようね?
あたしがこの世界に飛び込んだ時に話し合ったこと。
巧弥と会ったから、出版関係の仕事に興味を持った。
きっと、彼と会わなかったら今のあたしはここにはいない。
それ位、あたしの中に革命を起こした人。
あたしの、唯一の人。
そして、あたしの、一生の人でも、ある。
「ごめんなさい」
呟いたら腕を解かれて、振り向いた彼に抱き寄せられた。
まともに顔を合わすのは2日ぶりだったんだわ。
お互い不規則な仕事なので、彼の家に来ても
仕事部屋にこもっているときは声をかけないようにしている。
デリケートな仕事なので、執筆の妨げになってはいけないからだ。
同じように、あたしが雑誌の編集作業に入ると、その間は彼から連絡をしてくることは無い。
こちらはデリケートというよりは、時間との戦いなのでメールや電話をする時間すらない状態になるから。
こうやって、誰よりお互いの仕事のことを熟知しているあたしたちは最高の理解者であり、パートナーでもあると思う。
でも、だからこそ、我儘が言えないのだ。
それこそ、大人のお付き合いってやつ・・・さみしくても、それが現実。
仕事が好きで仕方ないことは、きっと二人ともが一番よく分かってる。
「この間取材で言ったオーダメイドの店に、南に似合いそうなドレスがあったよ。一点物のアンティークだって」
目を閉じたら、まつげの際に口づけられた。
唇の感触で落ち着くって、おかしいかな?
この人がそばに居ることで、こんなに安心できるんだもん。
「・・・・色々ありすぎて決められないのよ・・・」
カラフルな付箋の張り付けられた雑誌やカタログ。
これも着たい、あれも着たい、でも、時間が足りない。
忙しい合間を縫っての準備って本当に大変だ。
自分で決めた道ではあるけれど。
溜息交じりに言ったら、肩越しにテーブルをもう一度見てから巧弥がつぶやく。
「やっぱりね」
「あ・・予想してたの?」
「どれだけ見てきたと思ってるの?」
こんな風に言われて何か言い返せる女っていないと思う。
耳元で告げられた言葉にあたしが返せたのはたったの一言。
「・・・すいません・・」
これでも一応活字と日々格闘してるんだけど・・・相手が作家だと手も足も出ない。
しかも、あたしの方がハマってるって自覚があるから尚更、性質が悪い・・・
「珍しく素直だね」
至極嬉しそうに言って、彼があたしの視線を捕らえた。
前髪が触れる感触に目を閉じると予想通り、長めのキスが落ちてくる。
会えなかった時間の寂しさとか、あたしの中のわだかまりとか。
ドレスのこと、仕事のこと、みんなひっくるめて綺麗にあたしの中で溶けていく感覚。
巧弥のキスは魔法みたいだ。
だから、会うたびにすぐにキスしてほしくなるの。
あたしが元来キス魔だっていうのもあるけど・・・・(ここ数年は厳禁令がしかれているのでごく近親者のみに対してだけ)
立っていられなくなるくらい夢中で口づけた後、巧弥に抱きしめられたままで呟いた。
「いろいろ考えたら余計悩んじゃって」
雑誌を見るたびいろんな自分の姿を思い浮かべる。
そしてどんどん悩みは増えるばかり・・・たかがドレス、されどドレス!でしょう??
「Aラインよりはマーメイドライン。クリーム系の色の方が南に似合うよ。・・・って、なんで俺に先に相談しない?」
「だって・・・・忙しくしてるの知ってるし・・・」
「南に似合うものを一番知ってるのは俺なんだからさ」
閉じ込めるみたいに強く抱きしめられた。
そう思ってみれば成人式の振り袖も、千朋の二次会のドレスも。
さんざん悩むたび、あたしに一番似合うものを選んで持ってくるのはつも巧弥だった。
「ちゃんと南に一番似合うドレス見つけてあるし、心配しなくていいよ」
早速見に行ってみる?なんて言う彼。
「・・・・あたしが一番綺麗に見えるドレス?」
「南が一番幸せになれるドレスだよ」
・・・・もう完敗白旗降参です・・・・・あたしは泣きそうになって呟く。
だからあたしの方がどんどん好きになって行くばっかり。
絶対負けてるって分かってる。
それでも。
「好き」
帰ってきたのはいつも通りの笑顔と、やっぱり極上のキスだった。
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