第26話 赤い靴

「あ・・・」


「ん?」


並んで歩いていたあたしが足を止めたのに気づいた巧弥が振り返る。


そして、ウィンドウに張り付いたままのあたしの隣りに並んだ。


「靴・・?」


視線の先にあるのは、エナメルの赤い靴。


丸いトウと黒のリボンが可愛いバレエシューズ。


ペッたんこの踵が愛らしいそれをまじまじと見つめるあたしは巧弥が離れた指をつなぎ直したことにも気づかなかった。


それくらい、その靴に夢中だったのだ。


「可愛い靴だけど・・・どちらかというと南よりもひなたちゃんのイメージだな」


黒と白のタータンチェックのワンピースを


着たマネキンの足元に飾られたそれは確かに、あたしというよりはひなたに似合いそうな可愛らしいデザインだ。


あたしも、自分で自分の”見られ方”を重々承知している。


フリルのスカートよりはタイトミニ。


ワンピースよりはパンツスーツ。


ヒールのあるパンプスかブーツ。


”可愛い”より“きれい””カッコイイ”と言われる方が断然多い今日この頃。


あたしとは正反対の“ワタアメ”みたいなひなたは、まさにワンピースに丸襟のコートにフリルとリボンが似合う。


ふわふわした甘い雰囲気の女の子。


あたしの可愛い最愛の妹。


「知ってるわよーう」


ひなたに似合うものなら、誰よりあたしが一番分かっているのだ。


「あの子にね、似合うなって思ったの・・・むかーしね・・・県境のおじいちゃんの家までひなたとふたりで遊びに出掛けたことがあったのね。おじいちゃんの住む街の駅ビルの正面で待ち合わせをしたんだけど。知らない街だし、周りは大人ばっかだししかも、改札を間違えて駅ビルじゃない出口に出ちゃってねー・・・携帯なんて無かったし、ひなたの手を引いてなんとか駅ビルさがそうとして歩き回ったんだけど、わかんなくて・・・いよいよ不安になってひなたが泣きだしそうになった。そんなときにね、ビルのショーウィンドウに飾ってる赤い靴を見つけたの。ちょーっど、あんな感じのヤツ。ほら、童話で赤い靴ってあるでしょ?」


「あー・・靴が脱げなくなって死ぬまで踊らされるってやつ?」


読んだことあるよと巧弥が頷く。


幼心に覚えている赤い靴の魅力。


呪いと気づかずにその靴に惹かれてしまう主人公の気持ちも納得できるくらい


目の前の靴はキラキラ輝いて見えた。


それこそ、シンデレラのガラスの靴みたいに。


あの靴を履いたら、お姫様になれるんじゃないかと本気で思った。


「ちょうど、その本をひなたが持っててね。泣きそうなひなたに、あたしは言ったの。あの絵本の赤い靴だよ!って」


「そしたら、ひなちゃん泣きやんだ?」


「ううん・・・残念ながら余計に泣きだした。ほら、あれって、最後に足切られてその足と靴だけが踊りながらどっかに行っちゃいましたって話じゃない」


「ああ・・・なるほど。怖がったんだ」


「そうなのよ・・・足切られるのやだー!ってそりゃあもう、大泣きして・・・」


「お姉ちゃんは大変だ」


笑って巧弥があたしの髪を撫でる。


「どうにかしなきゃって思って・・・咄嗟に、あたしはひなたにひなたは良い子だから、足を切られたりしません!って言ったのよ。あれは、主人公が欲にかられた悪い子になったから、呪いを受けただけで、ひなたはとっても良い子だから、呪いはかかりませんって」


「・・・すごいなぁ・・・物語の結末まで歪めるとは・・・」


心底呆れたような顔をした巧弥をあたしはキッと睨みつける。


「目の前で最愛の妹に泣かれたことがないからそんなこと言えるのよ。ひなたが泣いたら、世界が壊れちゃうんだからね」


「・・・そりゃあ・・・すごいな・・」


「あたしにとっては・・・それくらい影響力のある子なのよ」


ひなたが泣くと、あたしの世界は一気に暗くなって、冷たく寂しい雨が降る。


多分、颯太君が昔から言ってた“多恵が泣いたら俺が凹む”ってのはこーゆーことなのだ。


「それで・・・ひなたちゃん泣きやんだ?」


「びっくりしたみたいに、あたしの顔じーって見て、尋ねて来たわ。ほんとに、足切られない?って」


「で、なんて答えたの?」


「ひなたが良い子だって南は知ってるから、絶対足は切られません。お姉ちゃんのいうこと信じなさい」


「・・・さすが南だ」


「その後、ひなたの泣き声聞きつけて走ってきてくれたおじいちゃんが、その赤い靴を見て、不安にさせたお詫びにってそれを1足ずつ買ってくれたのね。あたしは喜んで履いたんだけどひなたはやっぱり怖がって、家族で出かける時位にしか履かなかったなぁ」


「へー・・・・」


「大人になってから、ひなたに訊いたのね。やっぱり赤い靴怖かったの?って。そしたら、ひなた、怖くなかったって。”赤い靴履いて、凛としてる南ちゃんを見てるのが好きだったから。いつか、南ちゃんみたいになれたら赤い靴履きたいなって思ってたの”って」


「・・・可愛いね」


穏やかに笑って巧弥が頷く。


「でしょー・・・だから・・・そろそろ、お揃いにしたいんだ」


「いいんじゃない?」


「婚約祝いに靴って変かな?」


「そんなことないよ。ひなたちゃん喜ぶと思う。でも、南の靴は俺が買ってあげるよ」


「・・・え」


「妹の為に頑張ったお姉ちゃんに。プレゼント」


「・・・ありがとう」


お店の入り口に向かって歩き出した巧弥に手を引かれるようにして後を思う。


「ちなみに・・・」


「うん?」


「南が泣いたら、俺の世界も壊れるよ?」


「・・・・」


「忘れないで」


サラッととんでもないことを言って店の自動ドアをくぐる彼。


磨かれたガラスに映ったあたしの顔は・・どうしようもなく赤かった。

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