第25話 雪の女王
待ち合わせの駅前で(聖琳の制服はかなり目立つ)見つけた絢花に手を振る。
「待った?」
問いかければ首を振ってみせた。
「バス降りたとこ」
「そっか・・・あれ?何の本?」
彼女の手に抱えられた本・・・というか・・絵本。
恋愛小説しか読みません。という見た目とは裏腹に、コアな推理小説やホラーなんかもけろっと読める彼女だから余計に手に持ったそれに違和感を覚える。
まあ・・見た目的にはばっちり合致してるけどね。
絢花の左手を絡め取って指先を繋ぐ。
綺麗に整えられた滑らかな爪の先をなぞったら彼女が嬉しそうに口を開いた。
「カズくんって、昔、童話読んだ?」
「童話・・・?そりゃー人並みには読んだよ。イソップもアンデルセンも・・・」
「雪の女王って知ってる?」
「雪の女王?」
メジャーどころのシンデレラやチルチルミチル系は網羅したはずだが・・・
聴いたことのない名前に俺は首を傾げる。
そんなこちらの表情を見てとった絢花が抱えていたそれをちょっとこちらに向けた。
「あたしも知らなくってね・・・なんとなーく、あらすじは知ってるんだけどもう一度読もうと思って、図書室で借りてきたの」
聖琳の蔵書率は県内随一と聞く。
なんでも卒業生に、大手書店のご令嬢がいたとかで卒業後もその親からの寄贈が後を絶たないのだとか。
羨ましい限りだ。
「聖琳の図書室には絵本もあるのか」
「うん。中等部、高等部、大学と本当ならそれぞれに図書室があるんだけどね。うちの場合は、年齢、学年関係なく統一した一貫教育をモットーにしてるから敷地内に図書室はひとつだけなの。図書室っていうよりは、図書館なんだけどね。だから、専門書から、絵本までなんでも揃ってるの」
にっこり微笑んだ絢花の表情が、次の瞬間一変したので俺は問いかける。
「へえー・・・せっかく探してた絵本持ってるのになんで困ってるのかな?」
夏休み前の駅前は、テスト明けの学生と、仕事帰りの会社員でごった返している。
ようやく薄暗くなってきた午後18時半。
これからようやく夕暮れだ。
おかげで時間感覚が狂って困る。
まごうことなき箱入り娘の絢花なのだ。
あまり遅くまで連れ回すわけにはいかない。
これから先のことも考えると尚更だ。
彼女の家庭教師の先生がやってくるまでの僅かな時間を有意義に使う為にもその表情は頂けない。
俺の質問を受けて、絢花が難しい表情で腕の中の絵本に視線を落とした。
「・・・雪の女王ってねー・・」
「うん」
「・・・望月さんみたいって思っちゃったの」
「・・・・・は?望月?」
なんで?
「・・・心をね・・持ってっちゃう人だから」
「誰の・・?」
だってそれはもう君にあげたでしょう?
出会ったあの日に。
★★★★★★
望月南。
我が友英随一の美少女。
ミス友英。
高嶺の花。
我が校のマドンナ。
彼女を表す言葉は数多くあれどそれは外側の彼女で。
一歩近づいたら、彼女の見え方はガラッと変わる。
なんていうか・・・
もっとざっくばらんな
回りの連中が羨望の眼差しで見つめる(どんなに彼等が近づきたくとも加賀谷巧弥という猛犬がそばにいるので)完全無敵の望月南は意外と普通の高校生だ。
・・・が。
絢花にとって彼女はいまだに”マドンナ“であるらしい。
「あんな魅力的な綺麗な人が側にいて男の子がよろめかないワケないよね?」
「・・・まあ一般的に魅力的ではあると思うよ。で・・・?絢花は何を気にしてるの?」
「・・・連れてかれたらどーしようって」
至極真面目な顔でそう言った彼女の耳元で囁く。
「ヤキモチですか」
これはこれで悪くない。
悪者になった望月には申し訳ないけど。
「・・・心配してるの」
「それは余計な心配でしょう?」
「・・・」
まだまだ不安げな絢花。
繋いだ指を絡め直して俺は彼女の手から絵本を取り上げる。
ふっと気を抜いた瞬間、彼女にキスを。
「イチブの隙もない位、みんな君にあげたでしょ」
「・・・ハイ」
呟いた絢花がようやっと笑った。
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