第24話 人魚姫

「一目惚れって、初めてなんだよね」


夕暮れの第二生徒会室で、茉梨相手にそう言ったのは一臣だ。


「人生初!?」


「そう・・・まず一目惚れなんてあり得ないって思ってたからさぁ。その相手と付き合うことになるとも思わないし」


「えー!!そうなの!?」


「うん、まったくの予想外」


「恋って、突発事故だもんねェ」


「お、上手いこと言うなぁ」


「でっしょー?んで?どんな出会いなの?」


クッションをぎゅうぎゅう抱きしめて茉梨が続きを促す。


6限が終わると同時にバイト先に飛んで行った勝。


ひとり残された茉梨は、退屈でしょうがなかったらしい。


一臣がやってくるなり”かまって“攻撃が始まった。


常日頃の勝の苦労が伺える。


・・まあ・・矢野は見てて楽しいし、飽きないからいいんだけど。


自前のコーヒーを一口飲んで、一臣は懐かしそうにつぶやいた。


「出会いは普通だよ?よくある他校との交流会ってヤツだから」


「交流会なんかやってたんだ?」


「ほら、ウチと聖琳女子と、男子校の海星は姉妹提携だからさ」


「・・・知らんかった」


「だろなぁ・・・俺も、友英会入ってから知った位だし。まあ、そんな理由で生徒たちの交流を深めましょう・・みたいな会が開かれたんだ。相手はあの厳格なミッション系お嬢様学校。俺らは自由な気質がウリ共学の私立高。釣り合いもへったくれもあったもんじゃないだろ?俺は最初から、他の生徒会のメンバーほど乗り気じゃなかったんだ。女子高のあの独特の雰囲気は得意じゃなかったしね」


「・・・カズ君にも、苦手があるんだ?」


「そりゃ、あるよ。矢野もいつか機会があったら聖琳に行ってみるといいよ。門構えからして”帰れ”って言われてる気になるからさ」


「うっそー」


「ほんとだよ」


「・・・でも、そこで、絢花ちゃんに会ったんだよね?」




★★★★★★





謝恩会の校内発表に招かれたことを知らされたのは今日の朝の話だ。


こっちにだって都合がある。


新歓が終わって、本格的に次の代の活動が始まって1か月。


本来ならば、三年生が最低でも秋までは現生徒会を運営する筈なのだが、優秀な後輩が入ってくれたので安心して彼らに籍を譲りたいとのたまった前会長の早期引退宣言に、我も続けと受験を理由に執行部の三年生が引退を申し出て、結果残された二年生を中心とした新友英会が発足し、図らずも二年連続で生徒会長の役目を任されることになってしまった事には、まあ、しょうがないかと納得してもいるが、中等部と変わらないから!あとよろしくね!と引き継ぎも早々に居なくなった三年生の穴を埋めるべく必死になっている間に総体も始まって、応援の割り振りや、文化部向けの定期発表会の準備、夏休みの運動部合宿日程のくじ引きの準備に、その他諸々・・・上げればきりがない位に忙しいのだ。


マイペースでのんびり屋の理事長の温厚な人柄は気に入っているけれど、でも、それとこれとは別問題である。


”うっかり連絡忘れててすまんねぇ”


全く悪いと思っていない笑顔でそんな風に告げられて怒鳴り返すのを必死に堪えた俺は偉いと思う。


そして、逃げること無く生徒会メンバーを代表して(じゃんけんで負けた)頑丈なレンガ塀と古びた鉄門に囲まれた、通称“秘密の花園”こと聖琳女子高校にやってきたのだ。


上品な装飾で纏められたな応接室のソファに座って重たい溜息を吐く。


「まあ、これも仕事の一環だと思ってさぁ。こんなことでもないと、聖琳に入れることなんてないんだから、楽しもうって」


「・・・そんなにいいか?ココ」


笑いかけてきた執行部の梶原に問い返す。


「近づくことすら許されぬ”秘密の花園”よ?」


「・・・女子高の雰囲気って苦手なんだよ」


俺は呟いて肩を竦めて見せる。


「お前の知ってる、東野女子の子とは格が違うぞ?」


2か月前、苦労の末別れた女子高の女の子を思い出す。


「そんなの知ってるよ」


流行を追いかけるのに必死で、いつだって”キラキラ”していないと許せない女の子。


あれはあれで可愛かったけど・・・当分は遠慮したいかな。


「百聞は一見に如かずってな」


梶原が俺の肩を叩くと同時に、応接室のドアがノックされた。





★★★★★★




「くれぐれも、校内での軽率な行動はお控えください。今回の交流会は、理事長のどうしてもというご指示あってのことです。シスターの中には、他高生との交流を良く思わない方もいらっしゃいますので」


校内案内の前に、きっちり釘を刺された。


「もちろんです」


社交辞令で微笑み返す梶原。


俺は、そんな彼の横で書類から一度も目を逸らすこと無く、連絡事項を告げた彼女を無言で見つめていた。


この部屋に入ってから、にこりともしない目の前の無表情な相手。


”格が違う”ってやつね。


無言の威圧を撥ね飛ばすかのように、俺は立ち上がった。


これだから、お高い女子高は・・・


聖琳女子の生徒会役員に連れられて、歴史ある校内をぐるりと回る。


その間も、さっきの彼女は隣を歩く背の高い女の子と2、3言言葉を交わしただけで、それ以外はずっと無言のままだった。


聖琳女子の生徒には興味はないが、この学校の聖堂や古い建物には興味があったハズなのに・・・


いつの間にか、少し前を歩く彼女のことばかり気になっている自分がいた。


聖琳女子の顔でもある大聖堂に辿り着くと、うちの生徒達はさっそく散り散りになってマリア像やらオルガンやらの見物を始めた。


ステンドグラスから差し込む鮮やかな光が彩る石の床。


左右に並んだ長椅子に腰かけて、ぼんやりそれを眺めていたら、さっきの彼女が聖堂を抜け出すのが見えた。



”単独行動厳禁”



ここに来る前に、誰より口煩く言っていたのは俺自身なのに。


迷わず後を追って中庭に向かう自分がいた。


躊躇いや、迷いは微塵も無かった。


純粋に彼女に興味があったのだ。




★★★★★★




「でも、言っておくけれど、この時点ではまだこれっぽっちも彼女を好きじゃなかったんだよ」


「じゃあ、その後!?」


「・・そう、ちょっとしたハプニングにでね」




★★★★★★


キャンドルスタンドの後ろにある小さい扉を抜けると聖堂の裏側に出ることが出来た。


友英(うち)の裏庭といえば、体育館裏のじめじめした非常階段。


なのに、ここは綺麗に整備されていた。


柔らかい日差しを受けて、青々とした葉を存分に伸ばす木々がたくさん植えてある。


”さすが”としか言いようがないな・・・


思わず感心していると、さっきの彼女の声が聞こえた。


「さくらー?・・どこ行っちゃったのよー・・」


どうやら、一緒に歩いていた女の子を探しているらしい。


さっきとは打って変わって、柔らかい声。


こんな一面もあるんだと知ってほっとする。


さすがに1日中ああなワケないか・・・


足音が近づいてきて、やがて、聖堂の角から彼女がっ姿を見せた。


俺の姿を見つけて、ぎょっとなる彼女。


ああ・・・単独行動厳禁って言ったっけ?


「間違って裏口に出てしまったみたいで・・」


適当な言い訳をするも、彼女の表情は固まったまま。


「な・・・も・・・は・・・」


ぱくぱく喘ぐみたいに何か呟いて、けれどどれも聞き取れない。


「え?」


「だ・・・っ」


何か言いかけて、でも言えずに真っ赤になった彼女が俺の方に歩き出す。


と、次の瞬間、彼女の右足がぐにゃりと傾いだ。


「きゃあ!」


足もとのくぼみに気づかなかったらしい。


咄嗟に手を伸ばした俺は、彼女の腕を掴んで引き寄せる。


2秒後、肩にかかった僅かな重み。


「大丈夫?」


しゃがみこんだ状態で、問いかける。


俯いたまま、ますます赤くなった彼女が泣きそうな顔で言った。


「やだー!もう!!平気なんでほんっと放っといてください!!」


その顔をピンときた。


「・・・ウチの生徒がって言うより・・男が苦手?」


「・・!!!」


慌てて顔を逸らした彼女の横顔に浮かんでいた表情は困惑。


あ・・・やっぱり。


先に立ち上がって、彼女の腕を掴んで立たせてやる。


未だオロオロと視線を彷徨わせる彼女を見つめて微笑んだ。


「可愛いね」




☆★☆★




「たぶん、あの泣きそうな顔を見て好きだと思ったんだなぁ」


「・・・カズ君て・・色んな意味で無敵だよね」

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