第23話 赤ずきん

「やーん!なーにそれー!!」


ハートマークが6つは付いているであろう甘ったるい声。


呼びとめられたひなたはくるりと振り向いて、まあ間違いは無いとは思ったけれど、念のために声の主を確認することにした。


同じ母から生まれたとは思えない位麗しい美貌の持ち主がそこには立っていた。


友英学園のマドンナ。


望月南その人である。


ひなたの隣を歩いていた多恵が、一緒になって振り返ってから言った。


「これのこと?」


「うんうん!何それーすっごい可愛い!!」


「あのね・・・南ちゃん・・・コレ、ただのバンダナだよ?」


指さした先にあったのは、多恵の頭に結ばれたグリーンのバンダナ。


6時限が調理実習だったので、そのままにしておいたものだ。


「なんか可愛いもん・・・あ、このピンのせい?」


多恵の前髪を留めていた、蝶のヘアピン。


「これは矢野が貸してくれたの」


「あー・・・茉梨ちゃんが・・・確かにあのこらしいね。このキラキラ感」


ラインストーンが散りばめられたピンクのそれは多恵のものではあり得ない。


”シンプル”が一番。


これが、彼女のモットーだから。


「そんな羨ましいなら・・・はい、南ちゃん」


そう言って、ひなたが手提げの中から、赤いチェックの大きなハンカチを取り出した。


ひなた自身が調理実習で使っていたものだ。


それを見て、南が弾けるみたいに笑った。


当然彼女は、廊下を行き交う生徒たちが、その声と姿に足を止めているのにも気付かない。


「懐かしー!!まだ持ってくれてたの?」


中学の被服の授業で、南が作ってあげたハンカチ。


赤い色と、縁取りのレースのチューリップの模様。


どちらもひなたの好きなもの。


「お気に入りだよ」


にこりと微笑んだ妹を、多恵込みで南がぎゅうっと抱きしめる。


「あーもうあんたたち可愛いー!!」


ぎゅうぎゅう抱きしめられたままで、ひなたが南の頭に手を伸ばす。


「はい・・・結んであげるね、南ちゃん」




★★★★★★





隠し部屋のドアを開けると、一番に飛び込んできたのは真っ赤な物体。


ぎょっとして目を見張る。


と、南の後姿であることに気づいた。


俺が入って来た事にも気づいていないらしい。


物音には敏感な方なのに、珍しいな。


驚かしてやろうと思って、足音を忍ばせて背中に近づく。


赤いハンカチを巻いた南は、まるで童話の赤ずきんのようだ。


真後ろまで行って、そこで初めて彼女が眠っていることに気づいた。


頬杖をついたままで、気持ち良さそうに眠り続ける南。


彼女の寝顔をふと覗きこんで、長い睫毛が頬に落とす影に見入ってしまう。


美少女と呼んで申し分ない美貌。


今は伏せられている魅力的な瞳が、自分を映した時の淡い微笑み。


触れるのを躊躇うほど滑らかで無垢な肌。


こうやって見ていても、少しも飽きない。


南の前に回りこもうかどうか迷っていると彼女の体がぐらりと傾いだ。


右腕を伸ばして、南の体を抱きとめる。


肩にぶつかった南の頭がゆっくり回った。


「・・・・ん?」


まだ半分以上夢の中のご様子。


「こんなとこで1人で寝てたら、危ないよ?」


「・へ・・・巧弥ぃ・・・?」


少し掠れ気味の声で呼ばれて、俺は頷く。


南の頭を胸元に抱き寄せて、いつもは隠れている耳たぶにキスをひとつ。


予想はしていたけれど、やっぱり離れがたくて唇で頬から首筋を辿る。


くすぐったそうに笑った南が、俺の腕から逃れるのを防ぐためにきつく抱き寄せた。


ようやく目をあけてくれた南の耳元で低く囁く。


「赤ずきん狙ってる狼がいるのに」


俺の言葉に南がゆっくりまばたきをしてちらっとこちらを見上げてきた。


そこに映るのは”呆れた”みたいな表情。


「ええっ・・・オオカミって認めるの?っていうか、すでに噛みつかれてるし・・」


緩く巻かれた長い髪を撫でて、頬にキスを落とす。


南の指が俺の腕を掴んだ。


「ふーん・・・いいんだ?」


「・・・・な・・・なにが?」


「噛みついても」


「・・・・・ぇ・・っ」


呟いた南の唇に啄ばむみたいなキスをする。


噛みついていいって言われたし。


・・・まあ多少は、語弊があるけど・・・


全く、俺としては噛みついてない。


まだ。


こんなの噛み付いたの範疇にも入らない。


コレが南の”噛み付かれた”の範疇に納まるかはわからないけど。


・・・そんなもん知ったことじゃない。


赤ずきんが悪い、赤ずきんが。


と脳内で言いわけを組み立てつつ、唇を重ねる。


耳たぶを撫でた指先を下ろして、首筋を辿った後ブラウス襟もとへと手を伸ばす。


緩く留められた制服のリボンを外すと、南が俺の腕を強く掴んだ。


「ちょ・・・・」


「噛みついていいんだろ?」


「何・・・っ」


俺の言葉に仰天した南が次の反論を繰り出す前にキスで言葉を奪ってしまう。


その隙に、リボンのすぐ上のボタンを外した。


肌蹴た襟許に指を滑らせる。


離すのが嫌になる位滑らかで心地よい肌が、僅かに粟立った。


唇を離して、鎖骨のすぐ上をペロリと舐める。


まさに、オオカミみたいな気分。


「た・・・っ巧弥・・・」


小さな呟きが聞こえたけれど、今更止められるはずもなく。


白い肌に唇を寄せる。


いつも南が付ける香水の香りがした。


掴んでいた南の手首を解放して、唇を離すまでに30秒。


「・・・噛み付くって、こーいうことだよ。分かった?赤ずきんちゃん」


真っ赤になった南の頬を指の背でなぞる。


「・・・も・・・な・・・・バ・・・バカ!」


何とか絞り出した一言と共に、南が腕の中に飛び込んできた。


「これしきで馬鹿は酷くないか?」


耳元で問いかければ、涙目のままで思いっきり睨まれる。


「・・・・嫌いになる?」



返ってきた答えは”ムカツク”


”嫌い”の反対だってことは、確かめるまでもない。

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