第17話 ピノキオ

隠れ家のドアを開くと、すぐ目の前に蹲っている人影を見つけた。


てっきり相方のタイガかと思って”邪魔”の一言で蹴りつけようかと思ったが、よく見ると、その相手は腰まであるロングヘアーの女子高生だった。


巧弥は小さく溜息を吐いて、最近ちょくちょく現れる招かれざる客に呼びかける。


「で、望月。今日の要件は?」


「あ、お邪魔してます」


そろりと振り返った南は、見る人を虜にする完璧な美貌に苦笑を浮かべて巧弥を見上げる。


普通の男子高校生ならこの表情だけでイチコロだ。


諸手を上げて彼女の悩みを解決しようと躍起になるだろう。


だが、巧弥はその顔を平然と見返した。


見惚れるどころか、呆れた表情さえ浮かべて見せる。


「邪魔しに来た理由は何って、訊いたんだけど?」


「そういう言い方していいのかしら?


あたしはこの部屋の秘密を握る重要人物じゃなかった?」


隠れ家の建付けの悪さが原因でこの部屋の存在を知る事になった望月南は、口止めの代わりに隠れ家に自由に出入りする許可を巧弥とタイガからもぎ取っていた。


「そうだよ、俺もタイガも重々承知してる」


サラリと言ってのけて、巧弥が南の腕を取って立ち上がらせた。


「所在なさげにここで蹲ってた理由を訊いてるんだけど?言いにくい事なのか?」


「最初からそう言ってくれればいいのに」


思い切り不貞腐れた南に向かって、巧弥が悪びれもせずに肩を竦めて見せた。


「俺の物言いを直すより、望月が慣れた方が早いよ」


学園イチの頭脳を誇る巧弥が、友英会に入らず一匹狼でいるのは、こういう性格が原因だと南は勝手に思っている。


どこか他人を突き放す巧弥の物言いは、馴染むまでに時間がかかったが、このひと月で随分慣れた。


スカートの裾を払って視線を巡らせた南が絶妙の角度で小首を傾げる。


「座ってもいい?」


見惚れてしまいそうな仕草を綺麗にスルーして巧弥が顎に手を添えてしみじみ呟く。


「望月って、ほんとアンバランスだよな」


「え、ちょっと、加賀谷君、質問の答えになってないんだけど。


勝手に座っちゃうわよ、もう」


巧弥のマイペースにも慣れた南が、古びた革張りのソファの隅に腰掛ける。


「そうやって適当にしてればいいのに」


南が腰掛けるのを待って、巧弥も定位置の椅子に腰を下ろす。


「え、だって・・・ここはあたしの部屋じゃないし」


至極当然とでも言うように南が答えた。


「・・・図々しいんだか、謙虚なんだか・・・」


この部屋に出入りする許可が欲しいと言った時点で、この部屋の住人になるつもりなのだとたかを括っていたが、南は自分を客人として見ていたらしい。


「他の人が大切に作り上げてきたものを、土足で踏み荒らすような真似はしないの。あたしがされたら一番嫌な事だから」


そう言って南が視線を彷徨わせる。


何かを躊躇した素振りに巧弥が続きを促した。


「だから・・・こういうのは卑怯だと思うんだけど・・・ちょっとだけ、間借りさせて」


「・・・面白い事言うな」


タイガが聞いたら大喜びするよ、と巧弥が答える。


南は口元に笑みを浮かべて、柔らかく微笑んだ。


「あたしが”望月南です”って言えるようになるまでの、ほんのちょっとの時間でいいの。ここで、過ごさせて・・・お願い」


「・・・」


まさか、友英のマドンナからこんな風に”お願い事”をされるなんて思っても見なかった。


「持て囃されるのも楽じゃないからな」


軽い口調で答えた巧弥に、南がさらに視線を強くしてみせる。


「どこまで行っても、あたしはあたし、だからね。恥ずかしくないあたしでいたいんだ」


彼女の回りにはいつも人が溢れている。


彼女を慕う幼馴染やクラスメイト、教師や時には他校生まで。


”誰かが見ている望月南”そうであろうとする自分。


胸を張って凜を立つ彼女を誰もが望んでいる。


そんな彼女が唯一零した本音。


巧弥は、ソファで膝を抱える南をまっすぐ見据えて、目を細めた。


「望月、可愛い所あるんだな」


「っえ!?」


「もっと見た目通りかと思ってたよ」


唐突な発言に南はポカンと口を開けた。


「え、ちょっと。あたし、何て言ったらいいわけ?」


「思う通りにすればいいよ。俺は、どんな望月も望まないから、好きにすればいい」


サラリと答えた巧弥が、簡易ポットの置かれた長机に向かいざま、ソファで座る南の頭を軽く撫でた。


「歓迎のコーヒー淹れるよ」


「っ!!」


途端真っ赤になった南に、巧弥が驚いた声を上げる。


「何、そんなびっくりした顔して」


「な、何でも・・・ない」


思い切り首を振った南が両頬を手で覆って俯く。


「そういう顔、もっと見せればいいのに」


素直な感想を口にした巧弥を、南が思い切り睨み付けた。

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