第16話 ファースト・シンデレラ
「と、いうわけでよろしく」
にっこりほほ笑んで見せた、友英会会長をじろりと睨みつけて溜息をひとつ。
「なにが?」
「新歓の演劇」
「・・・・面倒くさい」
俺の答えを予測していたらしい一臣は肩をすくめてみせるのみ。
そもそもなんで演劇?
去年までそんなもん無かっただろう。
また、祭好きのコイツの悪だくみだろ・・・
「俺じゃなくて、祭ならこっちに言えよ」
斜め前でぎくっと肩を震わせたタイガを指さしてやる。
サッカー部主将、且つ運動部部長も務める人格者。
女子の人気も男子の人気もあるこいつにやらせるほうがよっぽど盛り上がるってもんだろうに。
けれど、一臣は尚も譲らずに俺に詰め寄る。
「大河じゃだめだ」
「なんで?」
「役柄が王子様だから」
「・・・・・は?」
止まりかけた思考をフル稼働させて言葉を紡ぐもようやく絞り出せたのはたった一言。
これでも一応物書き目指してるってのに・・・
項垂れかけた俺の肩を叩いてにやりと笑うのはタイガだ。
「そりゃーしょーがねー。どう考えても、俺のキャラじゃない」
「・・・俺のキャラでもない」
「まあまあ、そう言うな」
にこりと微笑む一臣を指さしてやる。
「最高に似合いだろ?お前に」
柔らかい物腰、ずば抜けた頭脳、何でもこなすフェミニスト。
まさしく”王子様”
「あ、俺?ダメ」
「なんで?」
「王様やるからさ」
「・・・・俺にやらせろよ、王様」
まだそっちの方がいい。
けれど、俺の願いは甘い笑顔で一気に打ち砕かれた。
「絶対無理」
いつの間にか行われていたらしい、校内の人気投票。
まったく学校行事に興味のない俺は綺麗にスル―していたのだが。
その投票で選ばれた上位者をフルキャルト起用して新入生歓迎会での余興の演劇を行うらしい。
「・・・・ハタ迷惑甚だしい」
「そう言うなって、シンデレラはあの、望月だよ?男子生徒の羨望の的。麗しのお姫様の手を取る権利は今の所、お前にしかないわけだ」
「・・・・望月?」
聞き覚えのない名前に眉根を寄せると、タイガがぎょっとして振り返った。
「お前・・・いくら他人に興味くても・・・まさか望月も知らねーのかよ!!??」
在り得ないといった口調で言われて、俺は小首をかしげて見せる。
全く記憶にない。
地元では一番生徒数の多い友英学園は、学科も多くクラスも多い。
必須科目も選択科目も被らなければ三年間顔を見ない生徒の方が多いのだ。
プライベートの殆どを趣味の執筆に当てている俺に、同学年誰が可愛いなんて話題が入ってくるわけもなかった。
「ミスコン2年連続1位の美少女だよ!!モデル並みのスタイルと、アイドル顔負けの綺麗な顔してる、うちの学園のマドンナ!」
まくしたてるタイガの額に、読みかけの洋書をぶつけて黙らせる。
「・・・学園のマドンナって・・・・お前は80年代の学園ドラマのヒーローかよ」
「いや・・・マジだって!うちのクラスの半分以上の男子は、一度は彼女との登下校を夢見てるって!」
「お前も?」
「俺はパス。会話になりそうにねーもん」
「あー・・・あの、カメラ娘、入学してくるんだってな」
「あ?吉田か?・・・ああ、家から近いしなココ」
俺の言葉の意味に全く気付かずにタイガが笑う。
つくづくどうしようもないほどサッカー馬鹿だ・・・
「お前らしいよ」
「は?」
「・・・なんでもない。ところで、なんで3位のお前が魔女のばあさんなんだよ?せめて王子の友達にしてもらえ」
人気投票3位のタイガがなぜ魔女なのか?
(ちなみに2位は一臣)
俺の言葉に、タイガはあっけらかんと言って笑った。
「魔女は結構重要よ?」
そういう問題じゃない・・・
★★★★★★
俺と望月南の接点はこの2年本当になに1つだってなかった。
だから、油断していたんだと思う。
☆★☆★
新聞部の部長である播磨弥生(人気投票2位)が嬉々として作成した脚本。
40分の寸劇にしては良くできていると思う・・が、なんで、シンデレラこんな勝気なんだよ?
苛められて泣きぬれるどころか、お姉さま達相手に大奮闘。
まあ、時代にあってるっちゃ、合ってるが・・・このシンデレラとどうやって恋に落ちろと?
口説く隙すら与えて貰えそうにないのに。
隠し部屋の机に脚本を放り出して俺は溜息を吐く。
一臣のやつ・・・絶対後で何か無茶聞かせてやる・・・
しかも、タイガがなんであんなに乗り気なのか分からない。
今日も嬉々として脚本読み込んでたし。
まあ、祭好きなのは知ってるけど。
そんなに、可愛い後輩が同じ高校になることが嬉しいか・・・
俺としては理解不能な思考だ。
ひとりは気楽で、自由だ。
どこに行くにも、何をするにも、動きやすくていい。
春休みの学校ではトラブルが起きるはずもなく、俺達の仕事はほぼ開店休業状態だ。
おかげで、タイガは放課後はサッカー部に直行。
引退までは部活優先と話を付けてあるので問題なし。
僅かに開けた窓から、グラウンドで走り回るサッカー部員の声が聞こえてくる。
・・・あいつ・・読み合わせまでにせりふ全部覚えれるんだろうな?
さっそく明日の放課後顔合わせの後、セリフの読み合わせが始まる。
播磨女史が、この新歓にかける情熱は半端じゃない。
なぜなら、人気投票4位の和田竜彦がシンデレラの父親役で出演するから。
きっと、読み合わせで躓こうものなら、目くじら立てて怒られる。
はあ・・・面倒くさい・・・
望月南も、シンデレラも、マドンナも、まったく興味がない。
お前らだけで、好きにしてくれ。というのが素直な感想。
目を通した脚本をパソコンの横に放り出して席を立つ。
この時間なら、廊下には誰もいない。
ここへの出入りを見られる心配もない。
コーヒー買いついでに、一臣に文句の一つも言いに行くか・・・
中古のノートパソコンで手を打ってやってもいい。
そんなことを考えながら、勢いよく隠し部屋のドアを開ける。
続いて、廊下に繋がる横開きの古いドアノブを回す。
手前にドアを開くと同時に、誰かが倒れ込んできた。
「っ・・・きゃあ!!!」
ぐらりと傾いた体を受け止めて、肩に腕を回す。
このまま2人揃って倒れたら元も子もない。
って・・・なんでこんなとこに人がいんだよ!?
俺は悲鳴を上げた女子生徒の両足が床に着いたのを確かめてから腕を離した。
これまで一度だって誰にも会ったことがないのに。
なんで・・・?
呆然とする俺を振り向いて、招かれざる客が声を上げた。
「あ・・・・・加賀谷巧弥」
なんで俺のこと知ってんだよ?・・・ってことは3年?
腰までの長い髪と、印象的な明るい色の瞳、興味深げに俺の顔を覗き込む。
・・・・・文句なしの美少女。
思わず言葉を無くす俺の後ろを覗き込んで、彼女が言った。
「え・・・?ここってなに?なんで奥に部屋あるの?」
我に返った俺は慌てて中を振り返る。
良かった、内側のドアはちゃんと閉まってる。
「さあ・・?俺も迷って入っただけだから」
そう言い返すと、こちらを探るような視線を向けた後で彼女が微笑んだ。
「そーなの?内側のドア・・・ちょっと開いてるみたいだけど?」
「!!??」
思わず振り向いた俺の背中で笑い声がする。
「・・・・ごめんね?カマかけただけー」
やられた!!!!!
どんなに考え事をしていても、隠し部屋のドアに鍵をかけずに出ることなんてあり得ない。
まんまとやられたワケだ。
俺はちらっと後ろを振り返る。
興味深げな視線が俺を捕えて離さない。
「・・・見学してく権利あるよね?加賀谷君」
「・・・ここのこと誰にも言うなよ?」
「見せてくれるならね」
「・・・・・分かった」
一歩も引かない彼女に折れて、仕方なく室内に引き返す。
今度は廊下に続くドアにも厳重に鍵をかけた。
「・・・閉じ込める気?」
「まさか・・・これ以上余計な客が増えないようにだよ」
「・・・・余計な客ねえ・・・あー・・・そだ、電話しとかなきゃ」
そう言って彼女は携帯を取り出した。
「もしもし、ひな?あたしー、あのね、かくれんぼの途中で友達に会ったからイチ抜けたって茉梨ちゃんたちに言っといて?よろしくー」
・・・・かくれんぼかよ・・・
思わず溜池を吐きたくなる。
一通り室内見学をした後で、帰ろうとするのを引き留めたのは俺だ。
「ちょっと待て、お前誰だ?」
一方的に俺のことだけ知られているのは癪に障る。
学園内の教師陣の情報は俺が、主要生徒の情報はタイガに任せておいたのが裏目に出た。
生徒の名前と情報は一致しても、顔と名前が一致しない。
よほど、俺たちに目をつけられている人間でもない限り。
俺の言葉に、彼女は目を丸くした。
掴まれたままの腕をやんわりと解いて呟く。
「・・・・あたしのこと・・・知らないの?」
「だったら?」
俺の答えに、一瞬目を伏せて彼女は笑った。
「すぐに、分かるわよ。ちなみに、ここのことは誰にも言わないわ」
「ああ・・」
「ただし・・・・条件がある」
「あのな」
「あたしが、ここに自由に出入りする権利を頂戴。あんたが何やってんのか知らないけど、邪魔したりはしないから」
「・・・無理に決まって」
「もうダメよ。決めちゃったもの。約束は守るわ、今度来るときは、紅茶の缶持ってきていい?ここの冷蔵庫、コーヒーばっかなんだもの」
呆れたように言って、するりと部屋を出ていく彼女。
その背中を追うこともできずに、呆然と立ち尽くす自分がいた。
あり得ない展開に頭が付いていかない。
なんなんだあの女!!!
いつの間にか乗せられてしまっていた自分に気づく。
部屋のことはバレたし、その上仲間にしろだ?
冗談じゃない。
前髪を掻きあげて、古びた簡易ベッドのソファに腰掛ける。
あの、新歓の話から、どうも良くないことばかり続いてないか?
振り回されてばかりいる気がする。
「そもそも、演劇なんて・・・・」
呟いて、俺は投げ出した脚本に目を止めた。
学園のマドンナ・・・・シンデレラ・・・・
「・・・・望月・・・南・・」
嫌な予感が・・・した。
★★★★★★
「ねえ・・・・怒ってるの?」
衣装代節約の為制服の上にエプロンという出で立ちで望月が俺を振り向いた。
舞台袖の暗がりでも、彼女は十分に人目を引く。
舞台上では、ようやく継母と父親の再婚が決まったところだ。
播磨女史の熱いまなざしを一身に受けて、困り顔の和田。
「・・・怒ってる、というか呆れてる・・・自分の間抜けさに」
一応正装ということで、王様、王子はスーツ、継母と義理の姉達はワンピースで衣装を揃えた。
制服のシンデレラは、変身後にワンピースに着替える予定だ。
俺は苦虫を噛み潰した顔で言い返す。
どうしてか、彼女の前ではうまく自分を作れない。
適当に交わしたり、逃げたりできないのだ。
顔合わせから1週間、俺は自分の変化に驚いている。
「・・・あたしは、学生生活が、もっと楽しくなるなって思ってるんだけど?」
挑むように言われて、俺はため息を吐く。
「そりゃあ良かったよ」
「後悔してる?」
「なにを?」
「あたしを迎え入れたことよ」
「・・・しなかったと言えば、嘘になる」
「・・・・・えらく正直ねぇ」
「お前がそうさせるんだよ」
「・・・?」
怪訝な顔でこちらを見上げる彼女の背中を舞台に向けてそっと押しだす。
「行けよ・・・出番だ」
何か言いたそうな顔をしていた彼女の方は見ないようにして、俺は舞台袖の階段を下りた。
重い鉄のドアを押しあけて、非常階段に出る。
出番を待つ、暗幕のマントを被ったタイガが、片手を上げてみせた。
「よぉ・・・浮かない顔だなー王子様?」
手すりに凭れてこちらを見やる親友に呼びかける。
「・・・タイガ」
「はいよ?」
「望月を入れたこと後悔してるか?」
「いや?俺は、掃溜めに鶴で大歓迎。花は必要よ?生活に」
「・・・・面倒だと思ってたんだよ」
感情を上手く捌けない自分にイライラする。
俺の言葉にタイガは、さっきの望月みたいに目を丸くして、それから笑って見せた。
「・・・お前が適当に取り繕えない相手って・・・あの子だけだもんなぁ。コレって・・・・どーゆー意味かは分かるよな?」
「認めたくないんだよ」
自分の気持ちを。
けれど、そんな俺の言葉を聞いたタイガはカラッと笑って言って見せた。
「お前、さっきのセリフ過去形だったよ?もう認めてるんじゃねーの?」
★★★★★★
魔女から魔法使いのお兄さんに役柄が変更になったタイガのベビーパウダーの魔法で変身したシンデレラはお城の舞踏会へ。
馬車が用意できなかったお詫びにと、ご丁寧にシンデレラを抱き上げたままで、お城へ連れて行った魔法使い。
その瞬間、男女入り混じった悲鳴が体育館に木霊した。
「きゃー!!いやー!!大河さんあたしもー!!!」
「望月南に触るなー!!」
「むしろ代われー!!交替しろー!!!」
「シンデレラになりたいー!!!ぎゅってしてー!!」
ざわめきならぬ叫び声に包まれて、シンデレラがお城に現れる。
王様の一臣はご満悦のご様子。
「なるほど、確かに素晴らしく美しい娘だ・・・王子よお相手をして差し上げなさい」
偉そうに杖を振って俺に指図してくる。
じろりとにらみ返しつつ、俺はシンデレラへと手を差し出す。
「踊っていただけますか?」
彼女の返事は実に好戦的。
強気な視線で俺を捕えて実に優雅に手を差し出す。
「・・・・喜んで」
ちらりと舞台の中央に視線をやれば、いつの間にか魔法使いが
不機嫌な義理の姉(人気投票3位の早川京)とダンスを始めている。
お前主役こっちだろーが・・・
俺がシンデレラの腰に腕を回せば、王も、いつの間にやらやってきた父(死ななかった設定)もみな揃って踊り出す。
社交ダンス部に2日間でみっちり仕込まれたステップ。
決して難しいわけではないが、何分狭い舞台の上回るのも一苦労だ。
播磨女史が、和田の手をしっかと握りダンスに夢中になっている。
苦笑交じりに付き合う和田を見ると、この2年生が人気なワケも理解できる。
やがて、ライトが徐々に暗くなり、スクリーンに写された時計塔の針は12時を回った。
鐘の音が響き渡り、いよいよ舞台はクライマックスへ。
踊っていたキャストが立ち止まり、時計を見上げる・・・いよいよだ。
シンデレラの肩から腕を離すと、彼女が俺の腕を引っ張った。
必然的に屈むことになる。
彼女は俺の首に腕を回すと、耳元で囁いた。
「・・・言っとくけど・・・後悔なんかさせないわよ?」
「・・・は?」
問い返す間もなく、シンデレラは俺のそばを離れた。
一気に落ちた照明。
真っ暗な舞台に、白いスポットライトが差し込む。
その真ん中で立ちすくむシンデレラ。
悔しいけれど・・・・息を呑むほど美しい。
「ああ・・・・夢の時間はもう終わり・・・・時計は12時を回ってしまったわ・・・・綺麗なドレスも、素敵なダンスも・・・何もかも・・・・あたしは、また明日から、意地悪なお姉さまとお母様をやっつける毎日!!」
小さく拳を作って頷くシンデレラに、客席から笑いが起きる。
たしかに、継母に“食事の用意を!!”と言われて”箒で玄関掃いてきてからよ!!”と怒鳴り返して、箒を投げるシンデレラなんて見たこと無い。
これじゃあどっちが苛められてるか分かったもんじゃない。
勧善懲悪という観点で見れば面白いけど・・・
当然のことながら、舞台の上に階段はないので、客席に降りて行く階段を使うことになる。
シンデレラを間近で見た生徒が、狂喜乱舞するのが想像できる。
シンデレラが、スポットライトを浴びたまま階段を降り始めた。
俺はタイミングを見計らって駆け出す。
「待ってください!」
「王子様、夢のような時間をありがとう。あたしは、おかげでこれから頑張れそうよ」
「そんな!これでお別れだなんて」
そこで、シンデレラが振り返る。
ガラスの靴を脱ぐ気配は・・・・ナイ。
「ねえ・・・王子様・・・もう一度・・・あたしに会いたい?」
脚本にないセリフだ。
俺は即座にアドリブ対応するべくセリフを口にする。
「もちろん」
これは、俺の本音でもあった。
あの隠し部屋に、彼女の姿が無いなんて・・・・きっともう考えられそうにない。
俺の言葉に嬉しそうに微笑んで、彼女は言った。
「あたしの心が欲しいなら、お城なんかに籠ってないでとっとと探しにいらっしゃい!!!そしたら・・・・あたしは・・・・あたしはあなたを好きになる!!!」
息が詰まった。
駈け出して、客席を抜けていくシンデレラ。
俺は階段の中ほどで、ころがっているガラスの靴もどきを発見してそしてやっぱり、途方に暮れる。
・・・・これは・・・挑戦状だ・・・
ガラスの靴を頼りに、シンデレラを探し当てた王子様は彼女を妃に迎えて、末永く幸せに暮らしました。
カーテンコールが鳴りやまぬ中、ベール代わりのレースを頭からかぶったシンデレラは未だ俺の腕の中にいる。
というのも、彼女を抱きあげたままにしているからだ。
緞帳が下りて、3秒。
「おろして!」
非難めいた声がするが、俺は綺麗に無視して舞台袖に向かう。
後ろでタイガが面白そうな声を上げた。
「シンデレラが下ろせっていってるけど?」
「知るか」
「なら、俺にちょうだい、シンデレラ」
「誰がお前にやるか」
「・・・あーそー・・・」
言葉とは裏腹に、背中に刺さる視線は好奇心一杯だ。
黙ったままで、舞台袖の端に向かう。
と、シンデレラがじろりを俺を睨みつけた。
「さっきの仕返し?・・・ほんっとにおろして。暴れるわよ?」
こう凄まれれば仕方ない。
俺は彼女を解放することにする。
腕を抜け出たとたん、脱兎の如く非常階段に向かって駆け出す望月。
バタン!と勢いよく閉じたドアを眺めて、俺は後の相方に問いかける。
「なあ?」
「はいよー?」
「逃げてったシンデレラを追いかける権利って俺にはあるよな?」
「つーか・・・お前にしか無いんじゃねーの?」
「・・・・だな」
役回りを見ても、的役は俺一人。
・・・ということは・・・・
「ちょっと行ってくる」
「打ち上げまでには戻ってこいよ?」
背中にかかった声には、適当に返事を返すことにした。
「・・・さあ?」
ハッピーエンドのその後の話なんてきっと誰にも想像できないでしょう?
膝回りで揺れる何段ものフリルと、走りづらいミュールのせいで階段下でもたついていた彼女を難なく捕まえる。
腕を掴むと同時に望月が振り返った。
まだベール越しでも、彼女の明るい瞳は綺麗に見える。
そんなことにすら、気づかなかった自分に驚く。
「なに!?」
「なにって・・・・アレ・・・」
「え?」
「宣戦布告だろ?」
さっきのセリフを思い出したのか、望月が咄嗟に身を引いた。
これ以上距離を開けないように、俺は慌てて彼女の反対の腕も掴む。
すっかり春の陽気に包まれた中庭は、静かで穏やかだ。
ピリピリしたムードで向き合う俺たちは恰好からしてかなり浮いている。
肩で息をしていた彼女が唇をきゅっと引き結んでから言った。
「・・・だったら?」
俺の次の行動を窺うみたいな表情。
さまよう視線の先に、自分がいることを確かめたくなった。
左手を離して、彼女の顔を覆う薄いレースに手をかける。
風が吹いて、望月の長い髪が背中で揺れた。
だんだんクリアになっていく視界。
望月の少し不安げな瞳が俺をまっすぐ捕らえた。
「捕まえてやるよ」
言いたかったことはその一言。
「な・・・・」
「探しに来たら・・・・好きになるんだろ?」
「え・・・・だ・・・・」
「後悔なんかさせないって、自信たっぷりに言ったのそっちじゃねーの?」
「だ・・・だって!!」
「最初、強気だったのは、勢いまかせだったってことか・・・」
俯いた望月のレースが風になびいて、髪に止めていたピンが零れる。
「あ・・・!」
ふわりと風に吹かれて浮かび上がった真っ白なレース。
手を伸ばしかけた彼女より先に、俺がそれを掴んだ。
「・・・・あの・・・・加賀谷君・・・」
何かを言いかけた彼女の髪に、レースをかぶせてやる。
望月の顔を覗き込んで問いかける。
「あの告白も、勢いなわけ?」
「・・・勢いなわけないでしょ!」
言い返した彼女の頬に唇を寄せて、レースごと抱きしめる。
「・・・うん・・・確かめたかっただけ・・・・・・好きだよ」
耳元で囁けば、彼女が笑い交じりで”遅い!”と言った。
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