第15話 いばら姫
「新年早々、お邪魔して・・すいません」
ぺこりと頭を下げる佳苗の着物の合わせをきちんを整えながら南はかぶりを振った。
「呼び出したのはこっちだし。ほんとは佳苗ちゃんだって二人きりがよかったわよねぇ?」
朱色のレトロ柄の着物の袖を持ち上げて、佳苗は苦笑交じりで笑う。
「でも・・・南さんに、お着物着せて貰えるなんて光栄です」
「ふふっ。嬉しいこと言ってくれちゃってー・・・女の子には全員着させなきゃと思ってねー」
「ってことは、京さんと多恵さんもですか?」
「そーよー。多恵は朝一番で叩き起して、京とあたしとひなで着付けしたのよ」
「見てみたいかも・・・」
「大変身してるから、期待しててー。あの子も京と同じで和装すごく似合うのよー。着物の茉梨ちゃんと並べたら面白いことになるわよ」
黒地にアンティークな薔薇が描かれた和風モダンの多恵に、赤みがかった紫に薄いピンクの薔薇が描かれた可憐な(珍しく)茉梨。
いま頃完成しているであろう2人の姿を思い浮かべて頬を緩める南。
黙ってれば2人とも、ちゃーんと可愛い女の子なのにねぇ・・
アクセサリーや洋服に目が無い茉梨と違って、女の子らしく着飾るということに全く興味を示さなかった多恵。
同じく見てくれに興味なしだった京は、美容師という仕事を選んでから、のめり込むように美容関係の知識を覚えて行った。
薄紫に濃紺のジャスミンが揺れる鮮やかな京と、薄紅ピンクに白と赤の小花模様が散るひなた。
この2人は見るまでもない。絵になること間違いなし。
ちなみに総勢6人分の衣装代の出所は言わずもがな巧弥である。
「寝起き悪いから、あの子出来上がった自分の姿鏡で見て、真面目な顔して”おめでとうございます”なんて挨拶してたのよ」
思い出し笑いをしながら腰ひもを手際よく結んでいく南。
光沢のある深緑の飾り襟とレースの飾りそでを見て佳苗がつぶやく。
「これもみーんな加賀谷さんなんですよね?」
漆黒の艶のある生地に、金と銀の大輪の花が描かれた着物を纏う南は、いつもに増して美しい。
もう麗しいとしかいいようがないよねぇ・・・
コレを見るためなら、後の5人分の着物代くらいペロっと出してしまうかもしれない。
自分も動きづらいはずなのに、南の仕草のどこにも窮屈そうな部分が見えないのは、京と彼女の着付けが上手だからだろう。
「ああ・・そーよ。我が家の大蔵省」
入籍は今月末の南の誕生日を予定しているので、彼女はまだ独身だ。
「・・・なんか大蔵省って言葉がぴったりですね・・・」
「だって物書きって原稿上がらなきゃ動けないでしょう?有難いことに連載掛け持ってるから、中々お金使う機会ないのよねー。だから、コレはあたしへのお年玉なのよ」
「・・・お・・・お年玉って・・・どんだけ太っ腹なんですか・・・」
佳苗の言葉に、南は女性ですら見とれてしまうほどの美貌に自信たっぷりの笑みを浮かべて言った。
「うーん・・・あたしへの愛情でしょう」
・・・・・恐るべし・・望月南・・・・・・
佳苗は帯を結びにかかる南の横顔を眺めながら、そんな風に思った。
★★★★★★
「吉田連れて家来いよ」
電話に出るなり言われた一言に、思わず面食らったが・・・・こういうことだったとは・・
温くなったコーヒーを飲みほして、直幸はきゃっきゃとはしゃぐ声の聞こえる和室に視線を送る。
「ふたりで初詣。なんで佳苗連れてそっちに合流せにゃならんのだ。お前も南と2人きりがいーんじゃねーの?クリスマス家族で過ごしたんだし」
巧弥の両親から呼び出されて(というか南と結婚前にゆっくり会わせろと駄々をこねられたので)2人が急遽、加賀谷夫妻が冬期休暇で滞在中のアメリカに飛んだのは先週の話。
無理やり休暇をもぎ取った為、徹夜明けでぐったりと眠り込む南の横で連載中の原稿のプロットを練っていた巧弥。
とても、楽しいクリスマス休暇に浮かれたカップルには見えない。
そんな強行スケジュールを終えて、日本に戻ってからはまた仕事漬けの毎日。
とりあえず、年末年始は南優先で過ごそうと心に決めた矢先、仕事から戻った彼女にとあるカタログを見せられたのだ。
「お正月は着物着たいなー」
「いいよ。買えば?着物着るなら初詣も遠出する?」
「初詣は近場で良いんだけど・・・・・可愛い女の子取り揃えて、大奥やりたいの」
「・・・・・・・・・・なに矢野みたいなこと言ってんの?」
「あ、もちろん、既婚者組の茉梨ちゃんとひなたも呼んで、みんなでね?」
「・・・・・で・・・・人数分の着物を用意しろと?」
巧弥のセリフに南は目を輝かせて、ソファに座る彼の横に滑り込む。
「さっすが巧弥!!よーく分かってるわね」
「それはいいけど・・・・何人呼ぶつもり」
「団地組と・・・茉梨ちゃんとー・・・佳苗ちゃん?」
「とりあえず呼べるメンバー全員ってことね」
「可愛い着物着て、独身最後のお正月を楽しみたいの・・・・巧弥と一緒に」
手を握って微笑えまれれば、反論など出来るはずもない。
「南は自分の使い方よーく分かってるなぁ」
そう言ってこちらを見つめる淡い茶色の目の際にキスを落とす。
滑らかな頬に滑らせた指で唇を辿れば、にこりと笑って南が目を閉じた。
そっと重なる唇。甘えるように彼女が背中に腕を回して抱きついてくる。
「・・・可愛い着物着たあたし。・・・・・見たくない?」
見たくないわけがない。
「・・・・・分かったよ。じゃあ今年のお年玉は着物にしましょう」
肩を竦めて呟くと、南がそっと耳元で囁いた。
「ありがと。愛してるわ」
・・・・・・これだもんなぁ・・・貴崎のこと、甘いだ過保護だと言ってられない・・
・・・・俺も、十分南に甘いのだ・・・
☆★☆★
「お前、着物着た吉田連れて歩いたことあるの?」
「・・・・・・・ない」
「俺に感謝すること」
「巧弥に。じゃなくて、南の我儘に。だろ」
「・・・・・叶えてやったの俺だよ」
「南の我儘なら、いつでも問答無用で叶える癖になに言ってやがる」
今に始まったことかよ。と言い返されて巧弥は珍しく言葉に詰まった。
これまでの事を思い出しても、確かにそのとおり・・・・なのだ。
「夜まで吉田のことこっちで拘束してもいいんだけど・・?」
悔し紛れに言ってやると、さすがに直幸が焦ったように口を開いた。
「わーるかったよ・・・頼むから夕方には返してくれ」
ぐったりとソファに沈み込む親友に目をやって、巧弥は眉を上げた。
・・・・なんとなく、様子がおかしい・・・?
「吉田の両親に挨拶でもすんのか?」
「・・・・・・・・・・・挨拶っつーか・・・まあ・・・前哨戦?」
「あー・・・・なるほど・・・」
佳苗にプロポーズをする前に、まず彼女の両親への心証を良くしておこうというわけか。
「すでに家族ぐるみの付き合いなんじゃねーの?」
「そうだけど・・・・お付き合いさせてください。と結婚させてください。じゃー勝手が違うだろ?あいつの家、なかなか複雑な家庭事情だしさ」
「お母さん再婚して3年だろ?・・・父親になって3年の男が娘の結婚に口出すかね?」
ずっと母子家庭だった佳苗の母親が、職場の上司と再婚したのは彼女が大学を卒業した年のこと。
一度だけ会って食事をした、新しい父親は穏やかな壮年の男性だった。
男に対してシビアなのはむしろ、佳苗の母親の方だ。
「・・・お母さんとお姉さんがさー・・・」
「ああ・・・僅かの不安でもあるようなら、絶対大事な娘はやりませんって?」
「・・・そーゆーこと・・・」
「作戦立てて、動くの大好きな奴がなに弱気なこと言ってるんだ?・・・攻略して見せろよ」
「・・その場限りのゲームならなー・・もっと自信あるんだけど・・引き受けるのが佳苗の人生じゃあ、慎重にもなるよ」
膝の上で軽く組まれた直幸の手に、握った拳を軽くぶつけて巧弥は笑う。
本当に、いつになく慎重になってるな。
「吉田なら、お前が黙って手ェ出したら、おんなじように黙って握り返すだろう?俺でもそれくらいのこと分かるけど・・・それじゃ自信になんないと?」
そう言って、テーブルに置きっぱなしのシガレットケースから、メンソールのタバコを取り出して火をつける。
・・・・そっか・・・・そうなんだ。
これまで、一度だって佳苗が俺について来なかったことなど無いのだ。
振り返って確認しなくても、いつだって後ろにいることを知っていたから、だからここまでこれた。
俺が引っ張ってきたわけじゃない。佳苗が、ちゃんと自分で選んでついてきたんだ。
だから、俺はこれからも、これでいい。手を差し出すだけでいいんだ。
そう思ったら一気に気持ちが楽になった。
巧弥が咥え煙草のままで、直幸の方にケースを差し出した。
溜息をついて、呆れたように笑った後、1本抜き取ったそれに巧弥が火を付けてやる。
「・・・・・・・サンキュ・・・・目ェ覚めたわ・・頭で考えたってしゃーねェっつの。何があっても佳苗と結婚するし」
親友の小さな呟きに、巧弥も小さく笑みを返した。
ようやくいつもの直幸らしくなってきた。
ボールとゴールだけしか見ないで突っ走って行く典型的スポーツ系の男が。
彼女を取り巻く人間の事まで頭を回そうとすること自体間違っているのだ。
佳苗を幸せにすることだけ、それだけ考えていればいいのに。
佳苗の幸せ=佳苗の家族の幸せに繋がるのだから。
結婚・・て言葉で責任とか、将来とか、頭でっかちになったか・・・
自分の、かなり強引なプロポースを思い出して思わず小さく笑う巧弥。
アレでよく南も頷いたよなぁ・・・
ずっと一緒にいた3人だからこそ伝わるモノがあったのかね?
「そうそう、強気な方がお前らしいよ・・・・んで、指輪どうするんだ?」
「んー・・・とりあえず、クリスマスプレゼント気に入ったらしいから、佳苗連れって選ばせようかと」
「ああ、それがいいよ。指輪って好みあるしな・・・」
そう言った2人の耳に飛び込んできたのは、弾けるような南の声。
話題はおとぎ話のお姫様らしい。
「シンデレラ好きなの!?意外!!!美女と野獣のベルとか、アリエルが好きだと思ってたわ」
「南さんは誰が好きですか?」
「一番好きなのはアリエル」
「あーそんな気がします!似合う!!なんかねー憧れません?シンデレラ」
「ガラスの靴ねー・・・ひなたも凄い好きよ」
「なんか、あのシンデレラの強かさが好きなんです。逆境にも負けないっていうか・・・」
佳苗の言葉に、思わず巧弥と直幸は顔を見合わせる。
あれってそーゆう話だったっけ??
「オーロラ姫は、眠り続けて王子様を待ってたわけでしょ?あたし、そういうの、嫌なんです。最後のチャンスに飛び込むなら、自分の足で行きたくないですか?」
「最後に勇気を出して、ガラスの靴履かせてくださいって言ったの自分だもんね」
「あたしにとってシンデレラは、立派なサクセスストーリーなんですよ。転んで泥だらけになっても、ガラスの靴目指して強かに走った女の子の」
「・・・・面白いな」
呟いた巧弥が何かを閃いて今日も肩脇に置いてあるノートパソコンに向かう。
一気に作家モードになった親友を横目に灰を落として、佳苗と自分を隔てている襖を見やる。
・・・確かに、佳苗ならそうだろうなぁ・・・僅かでもきっかけがあるなら、迷わず飛び込む。
ガラスの靴がなかったら、自分できっかけを作ってしまいそうだ。
・・・あーそっか・・・
ガラスの靴で佳苗を繋ぎ止めておきたいのは俺の方か・・・
それを俺が持ってる限り、佳苗は俺を追いかけてくるから、昔みたいに。
「・・・・・結局男の方が未練がましいって話か」
「良く分かってるな。・・・そのとおりだと思うよ」
こちらを見向きもせずそんな感想を述べた巧弥の差し出した手に、灰皿を渡しながら大河は笑う。
「せいぜい頑張って、ガラスの靴の代わりを探すよ」
「・・・・・何もなくても、あの子なら追っかけてくると思うけどな。昔みたいにさ」
制服でカメラ片手に自分の後ろを付いて回った幼い頃の佳苗を思う。
「・・・・でもさぁ。追いかけたいって思わせる位のものを、俺もあいつにやりたいから」
「じゃあやっぱりガラスの靴だろ。吉田のことだ。全速力で走ってくるよ」
「だなぁ・・・」
大河が呟くと同時に、襖が開いてふたりが姿を現した。
衣擦れの音と共に艶やかな着物姿の佳苗がにこりと微笑みかける。
「おまたせしましたー。先輩退屈したでしょ?」
「いや、全然。お姫様の為なら、2時間でも3時間でも待ちますよ?」
「・・・・煙草吸いながら言っても全く説得力無いです」
「・・・すいませんね」
ぴしゃりと突っ込まれて慌てて灰皿に煙草を押しつける。
そんな大河の腕を引いて佳苗がにこりと微笑む。
「馬子にも衣装?」
「・・・・いや、可愛いよ」
照れくさそうに言って、佳苗の指先を撫でる大河を横目に、南が窓を少しだけ開けた。
「お着物ににおい移ったら困るから、向こう行ったら禁煙よー」
結いあげた髪に飾られた金の髪結い紐が優雅に揺れた。
思わず見とれてしまった巧弥と直幸は顔を見合せて苦笑交じりで応える。
「「おおせのままに」」
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