第14話 賢者の贈り物
エレベーターホールに辿り着いてみると、7階で点滅するランプ。
・・・しょーがねー・・階段にすっかぁ・・・
出勤前のため、そんなに時間があるわけではない。
いつもより一つ多い手荷物に視線を送って大河は非常階段につま先を向けた。
マンションの前で手を振って別れたのは付き合い始めのころのこと。
そのうち玄関まで送るようになって、今ではリビングに顔を出すまでになっている。
それは佳苗が我が家に来た時も同じことで。
最近じゃあ俺に会いに来たのか、家のお袋に会いに来たのかすら定かではない位に打ち解けているし・・・
人受けのする性格なので(井上のように人見知りでも早川のように無関心でもないし)どこにいっても結構うまくバランス取ってやっていく彼女。
聞き分けも良くて助かってるし・・・
念願叶って、地元の情報誌の会社に就職した佳苗は仕事の楽しさややりがいを誰より知っている。
なので、大河が急な打ち合わせや接待が入っても目くじら立てて怒るどころか“頑張って”と送り出してくれる。
ある意味自分の一番の理解者なのではないか??
一緒にいて楽だし、佳苗の考えていることなら大抵分かるから(矢野みたく突拍子のないことも言わないし)平穏でこのうえなく平和。
大学時代の友人である新婚の秋吉俊哉いわく
「一緒におって楽ゆうんが一番ええで。さっさと結婚したらええねん」
婚約指輪を買うまで散々悩みまくっていた奴のセリフとは思えない。
新婚だからだ、そうに違いない。
と満面の笑みで幸せそうに千朋の話をする俊哉につっ込むのを必死に堪えた大河。
確かに、別れて他の誰かと、なんて考えられない。
というか、たぶん他の女じゃ付いて来れないと思う。
2週間ぶりのデートでフットサルに連れて行って大はしゃぎしてくれるのは恐らく佳苗位のもんだろう。
だからとりあえず、コレはその前哨戦ってことで。
いや、だから、別に俊哉どーこうじゃなく・・・奥さんが嬉しそうに雑誌を開いていたからでもなく。
あれこれと言いわけをしながら、4階まで辿り着くとひとつ目の角を曲がる。
すぐに見慣れた表札が目に入った。
インターホンを鳴らして数秒。
「はーい」
彼女の母親の声だ。
「大河です。朝からすいません」
おっとりした母親と、佳苗そっくりの姉がにこにこと迎えてくれる。
父親はすでに出勤した後だった。
「あらー珍しいわね。今から出勤?」
食パンに齧りつきながらテレビの占いに夢中な姉の真里菜が問いかけてきた。
「おはよーございます。会社行く前に佳苗に渡したいものがあって」
「そーなの?佳苗まだ寝てるけど、ついでに起こして来てくれる?」
「あーそーだと思ってました。あいつ今日休みでしょ?」
「えっと・・・そうそう日曜出勤の代休って言ってたわねェ」
冷蔵庫に貼られたカレンダーに視線をやって母親が答えた。
吉田家全員のスケジュールが描きこまれている。
「顔見たらすぐ帰りますから」
「部屋散らかってると思うけど」
「また切り抜きの山ですか?」
「うちらが言ったんじゃ聞きやしないからさー。タイガちゃんビシッと言ってやってよ」
「ははは・・たぶん俺が言っても聞かないですけどね」
かくゆう自分もライバル社のスポーツシューズの載ったページはすかさずチェックしているクチなので。
むしろ佳苗よりな人間なわけで・・・
乾わいた笑いを浮かべて大河は足早に佳苗の部屋に向かう。
眠っているのは間違いないので、ノックもせずにそっとドアをあける。
カーテンで遮られた薄暗い部屋の中で、佳苗お気に入りのラインストーンで飾られた携帯がキラキラと光っている。
ミーティングの後飲みに行くと行っていたから、ホロ酔いで帰って、なんとかシャワーだけ浴びて撃沈しました、ってパターンかな?
ベッドの脇に放り出されたストールとコート。
バックはテーブルの端っこに辛うじて乗っかっているという状態。
布団の中で丸くなる佳苗の、僅かに覗いた短い髪を撫でる。
もう少し時間があるなら、こうして寝顔を見てるのも悪くないけど・・・
「寝グセパーマって便利!!」
ショートボブの髪に緩くかかったパーマを嬉しそうに自慢していたことを思い出す。
朝のメイク時間が半分に減るんだとか。
少し迷った後、持ってきた紙袋を壁側の隅に置いた。
やっぱりこの時期だし、置くなら枕元だよなぁ・・・
恋人は何とかって歌がある位だし?
★★★★★★
ガスン・・・・
なんとも形容しがたい感触と音に、二日酔い気味の重たい頭を押さえつつ起き上がる。
基本ベッドには携帯以外持ち込まないのに・・・
さては酔ってカバンも抱えて眠っちゃったとか?
ここ10年くらい抱き枕にしているぼろぼろの(あたしの抱き方が悪いらしい・・・)犬のぬいぐるみが、憐れにも背中のしたでくたくたになっていた。
先輩に貰ったプレゼントなのに・・・ひえー・・
「ごめんねー・・・今日は日向ぼっこさせるから間違いなく復活するし・・」
というわけでお布団干すの決定。
んーっと伸びをして携帯を取ろうと枕もとを振り返って、壁の方に追いやられた紙袋に気づいた。
この時期、街でよく見かける水色の紙袋。
・・・・酔った勢いでリボ払い!!??ままままさかねーえ・・・ないないない・・・
ギョッとしてそれを引き寄せる。
明らかにプレゼント仕様の小さい箱を取り出して、ごくりと唾を飲み込んだ。
いくら飲んでても・・そんな突拍子もないこと・・・(茉梨さんじゃあるまいし・・・ねえ?)
深呼吸して、髪をかきあげる・・・・・と、違和感を覚えた。
髪・・・撫でられた気がする・・・
そんなことをする人は、ひとりしか思い当たらない。
でも、昨日は会ってない、そして枕元にプレゼント。
まるで気の早いサンタクロース??
「うそ!!??」
ようやく回り始めた頭で閃いた事実を確認するべく、あたしは大急ぎで包装を解いた。
出て来たのはネックレス。
「ほ・・・・ほんとに・・・?」
部屋を飛び出して、リビングに向かうとまさに出勤しようするお姉ちゃんと鉢合わせた。
「おはよー・・・っへー可愛いプレゼントね!」
「やっぱり先輩来たの!?」
「そうよー仕事行く前にわざわざこっち回ってくれたみたいよ?タイガちゃんにお礼言っときなさいよ。この果報者ぉ!!じゃー行ってきまーす」
「・・・・・いってらっしゃい・・」
玄関に向かうお姉ちゃんの背中をぼんやり眺めてあたしは、手の中にあるネックレスに視線を落とす。
どうやら夢で無かったみたいです・・・・
25年生きてきて、初めて彼から貰ったホンモノのファーストジュエリー。
あたしの彼は、サンタクロースだったのです・・・
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