第18話 シンデレラ

”サンタクロース大作戦”(命名:南)が成功した翌々月の朝のこと。


残業続きで万年寝不足の俺の耳に聞こえてきたのは、良く通る彼女の声。


「せんぱーい?」


朝強い彼女なので、寝起きでぐたぐた言う姿を見たことが無い。


「そろそろ起きないとー寝坊ですよー?」


こんな朝っぱらから俺の部屋に彼女がいるはずないので。


(基本いつも母親がいるので、家に佳苗が泊まるなんてありえないし)


これは夢に違いない・・・


ならば少し位、一緒に朝寝坊しても許されるだろう。


と肩を揺さぶる佳苗の手首を掴んで引き寄せる。


腕にかかるやけにリアルな重みにアレ?とは思うものの、まあ長い付き合いだしな。と納得。


「・・・もーちょい寝ろ」


そう言って、ベッドに引きずり込んだ佳苗の髪を撫でると肩口からくぐもった声がした。


「・・・あ・・・朝から寝ぼけてないでぇっ」


「・・・・・・ん?」


現実???


重たい瞼を必死にこじ開けて、腕の中の存在を確認すると、やっぱり本物の佳苗がいた。


「・・・お母さん上がって来たら困るからっ!」


必死に言って、佳苗がなんとか俺の腕をほどこうとする。が、力の差は一目瞭然。


「・・・来ない来ない・・あれ・・・仕事は?」


布団の温もりと、抱き枕よろしく雁字搦めに抱き寄せた佳苗の柔らかい体。


もう寝坊してもイイ・・・・


再び夢の中に戻ろうとする俺の腕を叩いて佳苗が言った。


「今日は半休!せっかくケーキ持って来たんだから食べて行ってってば!」


「食うならこっちのがいい・・・」


「ちょっとー!何寝ぼけてんですかぁ!」


本気で焦った佳苗の声と同時に、階下から母親のどなり声が聞こえてきた。


「佳苗ちゃーん!バカ息子起きたぁ!?」


首筋に寄せた唇を掌で押し戻して、佳苗が慌てて叫び返す。


「い!今起こしましたぁー!!!!」


・・・まだ起きる気ねぇのに・・・


「ほんっとに起きて下さいってば!怒りますよ?」


「へいへい・・・何時?」


仕方なく腕を解くと佳苗が時計を指して7時15分と言った。


ようやく回り始めた頭で、夢と現実の区別をつけながら階段を降りて行く。


ダイニングテーブルの、いつもお袋が座る席に佳苗が座ってお茶を飲んでいた。


その向かいで、親父が朝から上機嫌で佳苗に話しかけている。


(我が家は息子2人しかいないので、佳苗の存在は親父いわくオアシスらしい)


いつも新聞に目を通して、そそくさと会社に向かう彼とは比べモノにならない位の笑顔。


さっきじゃれたせいで、乱れた短い髪をくしゃりと撫でていつもの席へ。


「起こしてくれてサンキュな」


「いーえ。昨日何時に帰ったの?」


「1時半。寝てるだろうと思ってメールしなかったんだよ。親父、新聞」


「寝てました・・・お父さん、お茶おかわり入れましょっか?」


「ん・・・ああ、もらおうかな?」


新聞を俺に放り投げて、佳苗の入れてくれた湯呑を手にほくほくの笑みを浮かべる親父。


「お父さん、そろそろ出ないと間に合わないんじゃ無いですか?」


お袋の声に、テレビの時刻表示を見て慌てて立ち上がる親父。


その後ろをお弁当とコートを手にしたお袋が追いかけて行く。我が家のいつものパターン。


「佳苗ちゃん!またいつでも遊びにおいで」


「はーい。ありがとうございまーす。行ってらっしゃーい」


ひらひらと手を振って見送って佳苗が、俺の方を見てにっこりとほほ笑む。


「いつ来ても、この家は最高ですね」


「・・お前の基準が分からんよ」


「あ、そこは分かんなくていいんです。そうそう。あたし、コレ渡すために来たんですよ」


そう言ってテーブルに乗せてある白い箱を引き寄せた。


「えーっと、毎年恒例、お誕生日のケーキです。オメデトウゴザイマス」


「あー・・こりゃどーも・・毎年」


生クリームで飾られた小さなホールのケーキ。


佳苗が俺と付き合うようになってから毎年欠かさず行われるこのやりとり。


この年になってケーキって・・と思うが、やっぱり彼女の手作りとなると悪い気はしない。


「一口でいいから食べてって?」


「はいはい、喜んでいただきますよ」


俺の返事に佳苗が嬉しそうに笑った。


ケーキを食べたあと、俺は急いで身支度を整えて台所でお袋と話し込んでいる佳苗に声をかけた。


「荷物取ってくるから、もう出よう」


「え・・・まだ8時前だよ?」


「お前の家の前通ろうと思ってさ。たまには送ってやるよ」


「駅まで遠くなるよ?先輩」


佳苗の家は、駅の南側にある。


我が家は駅の北側にあるので、真逆になるのだ。


「だからもう出るんだよ」


そう言って、階段を上って自分の部屋へ。


佳苗がカーテンを開けて行ってくれたので明るい部屋を見渡して、俺は部屋の隅に置かれた茶色い封筒を手に取る。


・・・タイミング的には、悪くない・・よな?


通勤かばんに封筒を突っ込んで、足早に玄関へ。


すでにムートンのあったかそうなブーツを履いた佳苗が待っていた。


「はい。今日からはこっち使ってくださいね?」


そう言って手に持っていたグレーのマフラーを俺の首に巻きつける。


「え、何、くれんの?」


「何って・・・・誕生日プレゼント。あったかいでしょ?」


「うん・・・・行こう」


思わず佳苗の頬に手を伸ばしかけて、家にお袋がいることを思い出して、慌ててドアを開ける。


そこまで無粋な母親じゃないが落ち着かない。


「お邪魔しましたー」


「こっちこそ、ケーキ今年もありがとうね」


台所から顔をのぞかせた母親の意地の悪い笑み。


絶対覗き見してただろ!!!


「行ってきます」


「気を付けてねー佳苗ちゃん、また来てねー」


家から佳苗の家まで歩いて20分ちょい。


駅まで戻って電車に乗って・・余裕で9時出社に間に合う。


たまの早起きも悪くないよな。


通勤途中のサラリーマンの流れに逆らってのんびりと歩く。


いつも彼女を送るとき通る公園の木々も葉を無くして寒そうだ。


春は綺麗な桜が咲いて、良い花見スポットになる。


ここで、残業の俺を家で待ってた佳苗と風に舞う桜の花びらを見たのは去年の春のことだ。


・・・その時に、なんとなく。


こういう毎日もいいなぁと思ったのだ。


馴染みの公園を囲むレンガ塀の上をバランスを取りながら歩く佳苗。


俺は、彼女の左手を掴んで、引き寄せた。


必然的にアスファルトの上に飛び降りることになった彼女を抱きとめてやる。


人ゴミでもない限り、手を繋がないので(佳苗はいつも、片手に携帯を持っていたいので。仕事で使う写真を撮るために)


何事かと思ったらしい。


佳苗が問いかけるような視線をこちらに向けてくる。


今日は、いつもと逆で、誰もいないから繋ごうかと思ったんだけど。


そんな彼女の首元に今日も変わらず光るネックレスに指をかける。


女のモノのアクセサリーなんか全く興味の無い俺の唯一の頼みの綱、南大明神(笑)の入れ知恵。


店で実際に選んだのは俺だけど。


佳苗が俺の視線の先を捕えて、褒められた子供みたいに満面の笑みを浮かべた。


「お気に入り」


「あそ・・・・ここのブランド気に入ったの?」


「うん!ちょっと大人の女になった気がする」


「じゃあやっぱココで決定な・・・そうだ・・」


繋いだままの手を一度離して、俺は鞄に放り込んできた封筒を取り出した。


実は、いつ渡そうかずっと悩んでいたのだ。

クリスマスの後からずっと。


「これ、やるよ」


「え?なに・・・?資料かなんか?」


仕事で使えるものだと思ったのか、佳苗が呟きながら封筒を覗き込んで、手が止まった。


「・・・・え・・・あの・・先輩・・・?」


「うん?」


「・・こ・・これは・・仕事の資料には・・なんないかなぁ・・・」


「まーそうだろうな。でも、佳苗の理想に近いプランは何個か載ってると思うぞ」


「・・・それ・・・って」


まだ信じられないと言った口調でこちらを見てくる佳苗の左手を握る。


「今日、俺の誕生日だし。マフラーともう一個、佳苗のこれからも俺にくれよ。ガラスの靴は履かせてやれないけど、結婚しよう」


「・・・・はい・・」


呆然としたままの彼女の頬に、行ってきますのキスを一つ落として。


早くこれが現実になればいいなと想った。

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