小噺詰め合わせ

第34話 離さないと言って!

男女の価値観の違いというものはある。


「なーんでこういうヒーロー精神かなぁ」


映画を見てポツリと行ったのは佳苗だ。


その隣りで同じように映画を見ていた大河が困ったように呟く。


「そー言われてもなぁ」


「え、先輩も同じ考え?」


佳苗が腑に落ちないといった様子で大河のほうに身を乗り出した。


身分違いの恋を胸に秘めて、姫君への純粋な忠誠を誓う騎士。


時代はまさに戦の世で、姫君は敵国の側室となるべく騎士の元を去る。


最後の別れの時。


姫君は目に涙をいっぱい浮かべて今日までの想い出を語る姫君。


「もーじれったい!!好きって顔に書いてあるじゃん!なんで奪って逃げちゃわないのよ!」


拳を握った佳苗を諭すように大河が言った。


「騎士と姫君の恋はなかなかうまくはいかんよ」


「なんで!?どーして!?」


「ちょっと考えてみりゃ分かるだろ。こんな戦乱の世で、敵国の側室になるお姫様連れてどこまで守って逃げ切れる?」


「けど!このまま別れたら二度と会えないのよ!きっと、死ぬまで会えない。戦争を止める為だからって・・あたしは嫌だな。そんな悲しい未来なら欲しくない。一瞬だけでも好きって言って、ふたりで一緒に居たいよ」


好きだと告げる事もきっとない。


胸が張り裂けそうな思いも。


生まれた国を捨て、愛する人が生きる国を守るために、民の為に去る姫君。


本当は、国なんて捨てて、未来も捨てて生きていきたい。


今だけ、大好きな人と。


佳苗は考えただけで泣きそうになる。


辛すぎる。


「それでも、生きてて欲しいんだよ」


「・・・違う場所でも?」


「うん」


「二度と会えなくても?」


「うん」


「なんで?」


眉根を寄せた佳苗を宥めるように大河が言った。


「生きてたら、会えるよ」


「そんなのわかんないでしょ!」


「わかんねェけど。諦めて死ぬよりずっといいよ。二度と会えなくても。生きてさえいてくれりゃあ、いいよ。どっかで生きてくれてるって思ったらそれだけで、十分だよ。多分・・」


不覚にもキュンとした自分を隠すために佳苗が慌てて顔をそむける。


「そ・・そんなんじゃあたしは納得しませんけどね!好きってゆう勇気もないよな男はこっちから願い下げです!好きなら死ぬ気で守り切ってみせろってーのよ」


いつの間にか映画から議題が変わっていたけれどヒートアップした佳苗の耳には届かない。


「お前は追っかけるのが得意だろ?」


「え・・?」


「追いかけられると困るんじゃねーの?去ってくお姫様はほんとは追いかけてきてほしいってゆうけど。実際そうだと、どうしていいかわかんねェくせに」


「・・そ・・そんなことないですけど!?」



「どーだか」


笑った大河に向かって佳苗が冷たい視線を送る。


「先輩があんまりにも鈍感すぎるから仕方なく追いかけて行っただけで。先輩以外の人を好きな時は、全然追っかけられるの平気だったんだからね!」


「・・・へー・・いつ?」


「い・・いつって・・」


まさか突っ込まれると思わなくて思わず佳苗が口ごもる。


普通こういう話題になると彼氏の方がへそを曲げて聞きたがらないのではなかったか?


親友の葵と啓一郎のカップルを見る限りそうだ。


葵が以前好きだった相手のことを懐かしそうに離すたびに啓一郎が拗ねてしまう。


機嫌を取るのも大変だと葵が呆れていた。


・・・はずなのに。


なんでこの人興味津津なのよー!


内心あわあわするが、意地でもそんな素振りは見せたくない。


佳苗が必死に言い返す。


「き・・聞いていいんですかー?先輩機嫌悪くなりそうな気がする」


「あーナイナイ。俺、過去は気にしないタイプだから」


あっさり返されてしまう。


「それに、俺らこういう話これまで一度もしたこと無かったしなぁ。佳苗が昔好きだった男に興味あるよ」


「よ・・余計な興味ですっ」


確かに、付き合っているとは言っても卒業してからも先輩、後輩の延長のようなふたりだ。


南や巧弥、葵や啓一郎たちのように甘い雰囲気になる事は滅多にない。


お互いの性格もあるだろうが、別段この関係に


不満があるわけでもないので(むしろ、恋愛経験のない佳苗としては助かっている)こういうスローテンポなお付き合いがちょうどよい。


が、この質問は間違いなく初級編ではない。


中級編、いや、上級編だ。


このピンチをどう切り抜けるべきか?


数少ないデータを引っ張り出そうとするが出てくるわけもない。


そもそも、佳苗の初恋は何を隠そう大河なのだ。


今更過ぎて言い出せていないけれど。


中学1年で入学して以来、ずっと”タイガ先輩”だけを追い続けていた。


最初はただの取材相手として。


それが、いつの間にか恋愛感情に切り替わっていたのだ。


だから、他の誰かと比べようもない。


黙り込んだ佳苗の頭をぽんと撫でて大河が言った。


「で、うまい言い訳思いついたか?」


「は?」


ポカンとして自分を見返す佳苗に向かって


大河が優しく笑みを返す。


「必死になって嘘吐かんでも」


「え・・や・・なに言って・」


「知ってるから」


「・・・・へ?」


佳苗が大河の一言にポカンと馬鹿みたいに口を開けた。


「お前が俺以外の男好きだったことねーもん」


「な・・ちょ・・・!


先輩いくらなんでもそれはっ・・自意識過剰でしょう!!どどどどー考えても!!」


心臓がばくばくする。


なんでいっつも馬鹿見たく鈍感なのに今日に限って鋭いのよ!


思わず内心毒づいて、大河の顔を睨み返す。


けれど、視線を合わせたら、邪気も何もかも吹っ飛んだ。


あまりにも大河の顔が優しかったから。


触れた額を撫でられて、吐息が頬にかかる。


距離がいつもよりずっとずっと近い。


キスにやっと慣れたばかりなのに。


思わず目を閉じそうになるけれど


名前を呼ばれたのでそれもできない。


「自意識過剰か?」


問われて、瞳が震える。


「・・な・・んで、分かり切ったこと訊くの?」


「分かり切ってても訊きたいから、かな。たまには俺も優越感に浸りたいよ」


「何の・・優越感?」


唇が重なる予感に今度こそ目を閉じたらそっとキスが降ってきた。


唇が離れて大河が珍しく真顔で応えた。


「愛されてるって優越感」

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