御伽噺メモリア ~御伽噺ではございません~

第12話 白雪姫

インターホンを鳴らすとすぐにカズ君が迎えに出てきてくれた。


相変わらず大きなお家・・・・


マンション住まいの家の両親が見たら感嘆すること間違いなし。


広いお庭には、テーブルセットが置いてあって夏にはパラソルの下でお食事したりするそうな。


初対面の時から、なんとなく、育ちの良さそうな感じはしていたのだ。


曲がりなりにも、超有名なお嬢様学校聖琳女子に通っていたので、そういう両家のご令嬢とお近づきになる機会は何度もあった。


(それでも、やっぱりお茶会だお花だのお嬢様軍団とはソリが合わず、結局同じく中流家庭の桜、冴梨と普通の女子高生ライフを満喫したのだけれど)


だから、身のこなしや、話し方に敏感なのかもしれない。


あたしの親は決して乱暴な物言いをすることはなかったので。


「いらっしゃい」


「お邪魔します。御両親は?」


数回しかお邪魔したことのない綾小路家の広くて長い廊下を歩きながら、問いかける。


「うん、トナリ」


廊下の小窓の向こうに見える、白い建物を指さしてカズ君が言った。


さつき病院。


彼のご両親が経営する病院だ。


(ちなみにさつきは、お母様のお名前皐月から)


カズ君はゆくゆくはココを継ぐのだそうな。


「カズと結婚したら、絢花ちゃん院長夫人よー!!マダムメガネで左ウチワな人生よ~!ウェルカム綾小路家へ!!」


初めてご両親を紹介された時に、まだ17歳のあたしにそう言ったのは皐月さん。


(おばさま、と言うと怒られるのだ)


いきなりの事に目を白黒させるあたしの肩を宥める様に叩いて、カズ君とよく似たおじさまが言った。


「ほら、うちの娘は生涯独身貫く気満々だからね?可愛い女の子が欲しくてしょうがないらしいんだよ」


アメリカの有名病院で細菌の研究を続ける彼のお姉さんは、死ぬまでアメリカを出るつもりはないらしい。


研究に没頭したまま今年でたしか25歳のはず。


「あ・・・はい・・・あの・・光栄です・・」


しどろもどろで呟いたあたしの両手をむんずと掴んで皐月さんは、カズ君に向かって満面の笑みで。


「グッジョブ!息子よ!!!」


「・・・・いーかげんにしてよ。皐月さんのせいでふられたらどーしてくれるの?」


呆れ顔で言ったカズ君の肩をバッシーンと叩いて。


「そんなヘタレに育てた覚えはない!!」


そう言って親指を立てる皐月さんを見て、あたしは病院の名前がどうやって決まったのか分かった気がした。


間違いなく、この家で一番強い女性だから。


「お母さんがね、林檎持たせてくれたの。おば・・皐月さんたちも一緒にって思ったんだけど・・」


紙袋に入った大きな林檎をカズ君に見せると、彼がその一つを掴み取った。


「へー綺麗な林檎だね。今、食べたいかも」


そう言って果物ナイフを取りにキッチンへ向かう。


実は彼の家のキッチンがあたしは大のお気に入り。


対面式のL字型で、清潔感のある白で統一された冷蔵庫、食器棚、カウンター。


まるで、モデルルームのような完璧さ。


カズ君いわく”生活感のないキッチン”だそうな。


驚くべきことに、この家は2階にも小型キッチンが備え付けてある。


彼はそっちの方が好きなんだそうな。


(お湯わかしたり、ラーメン作るとき使う程度ね)


「あ、すぐ上あがるよ」


カウンターのイスに座ろうとしたあたしを彼止めた。


「そうなの?林檎剥いて行けば?」


剥きましょうか?とは言わない。


彼は料理もするし、美味しいお茶も入れられるから。


「せっかく五月蠅い人たちがいないんだから、今の間にふたりでのんびりしておこうよ」


「・・一応ごあいさつって思ってたんだけど・・」


「そんなの後でいいよ。どうせ夜には戻ってくるし」


そう言って手を握られれば反論出来るワケも無く。


カズ君はこうやって人を誘導するのが上手い。


「でも。御両親戻られたらちゃんと挨拶させてね?」


つまり、挨拶出来る状態で居させてね。ということ。


あたしの言葉にカズ君はちょっと考えるような顔をしてから、にこりと笑って頷いた。


「善処しましょう」


「・・・善処じゃなくて、約束してね?」


部屋に入る前にもう一度念を押すと、繋いだままの指先を持ち上げて、カズ君が爪の先にキスをした。


そっちに意識を集中させている間に、背中に腕が回される。


この人が”逃がさない”と言ったら、何がなんでも逃がさない・・・と思う。


見事に手中に納まったあたしにキスを落としてカズ君が柔らかく笑う。


「リンゴ食べよっか?」


見事に罠にハマったあたしは頷く以外他に無く・・・




子供がクレヨンで描いたみたいな、真っ赤に熟れた美味しそうな林檎。


テーブルのお皿に載せられた、丁寧に切り分けてあるそれを持ち上げて、カズ君が言った。


「ここんとこミカンばっかり食べてたから、林檎は久しぶりだな」


「うちは、おみかんも、林檎もあるわよ。ほんと美味しそうな林檎・・真っ赤で・・・毒でも入ってそう」


ふと浮かんだのは、お婆さんに変身した魔女が白雪姫に林檎を売りに来るシーン。


何度見ても、そのたびに“食べちゃダメ!”って叫びそうになるのだ。


「・・・見た目も甘くて美味しそうだし?」


そう言って、カズ君が笑って8分の1の林檎をあたしの前に差し出した。


二人きりだしいいかぁと思ってそのまま林檎を齧る。


甘い香りと、たっぷりの蜜の味が口の中に広がる。


一口で幸せな気分になっちゃうくらい美味しい林檎。


「・・・・・」


林檎をのみ込むと同時に、カズ君とばっちり目が合ってあたしは思わず視線をそらしてしまう。


だって、だって、これがもし毒入りだったらね?


眠りについた白雪姫は・・・


「黙り込む位美味しかったの?・・ほんとに甘いな」


あたしの齧った残りを口に放り込んで彼がそんな感想を述べた。


林檎は甘くて、ほのかな甘みがゆっくり体をめぐって行ってる。


そして、どうしてだか早くなる鼓動にあたしは焦る。


毒林檎のせいなのよ、そうなの。


迷うあたしの視線を捕えた彼が、ちょっと笑って、そっと項に手を伸ばして引き寄せる。


首筋をなぞる指の感触に心臓が跳ねると同時に唇が重なった。


「・・・・・な・・なんで分かったの?」


「毒林檎食べたから、キスしなきゃと思って」


そう言った彼が、あ。と呟く。


「でも、俺も食べたから、本物なら死ぬかも」


助けに来たはずが自分もミイラになるなんて・・


「・・・・間抜けな王子様・・」


可笑しくて笑いだしたあたしの耳たぶにキスをしてカズ君が問いかける。


「嫌いになる?」


「ならない。一緒ならずっと眠り続けてもいいわ」


それを聞いた彼が目を丸くして、あたしを強く抱きしめた。


「皐月さんが気に入るハズだよ・・」

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