第11話 友情時々愛情
いつもの昼休み。
茶道部の部室では葵たちがいつものようにお菓子を広げている。
ケーキ、ジュースが畳に無造作に置かれて、男女5人の入り混じったメンバーがひっきりなしに手を伸ばす。
午後の授業すっ飛ばして夕方からの部活に備えて今のうちに胃袋を満たしておこうとする男子生徒の旺盛な食欲は、最初こそ驚いたけれどもう慣れた。
「コレ新作でしょ?」
暮羽がマーマレードジャムの入ったマドレーヌを手に言った。
瞬が嬉しそうに頷く。
無駄にキラキラしいこの笑顔にも、ほんのちょっと慣れた。
「おっさすが暮羽ちゃん。レーズンの代わりにジャム入れてみたんだって」
母親お手製のマドレーヌを提供してくれた瞬が、自信作って言ってたよと付け加える。
料理研究家を母親に持つ瞬が、試作品と言う名の焼き菓子を片手に茶道部の部室を訪れるようになってからもう半年が経つ。
最初は、葵と話したい啓一郎の付き添いでここにやって来ていた彼だが、最近は、純粋の母親のお菓子の消費先として茶道部を訪れているようだ。
入学当初から話題を攫っていた男子バスケ部期待の新人が、揃って茶道部の部室に入り浸っているなんて噂になったら大変な騒ぎになりそうだが、地味で目立たない茶道部に興味を持つ生徒は殆どおらず、おかげで平和な学園生活が守られている。
発起人となった暮羽と葵が入部するまで、休部状態だった茶道部なので、その存在すら知らない生徒の方が多い。
兼部して貰っている佳苗と、名前だけ借りている啓一郎と瞬の5名でどうにか部活動としては認められているので、これ以上部員を増やすつもりもなければ、大っぴらに活動報告するつもりもなかった。
一定の活動が認められなくては、部費が下りない仕組みなのだが、この辺りは、現在友英会執行部に所属している、未来の生徒会長と呼び声の高い、啓一郎の兄、竜彦が、現生徒会長に口を利いてくれているらしい。
「甘さが抑えられてて美味しい。さすがプロだね」
「次はココナッツクッキー作るってさ。暮羽ちゃんが言ってた昔のレシピ本も、取り寄せてるらしいから、届いたら貰ってくるよ」
「わーい。楽しみ~!ほんとに瞬君たちが入部してくれて良かった!」
「だってさ、葵ちゃん」
啓一郎からのしたり顔に、葵はぶうっとふくれっ面になる。
入学当初は啓一郎からのアプローチに逃げ回っていた葵が、茶道部存続の為に、一変して入部をお願いした時には、啓一郎は二つ返事で頷いてくれた。
物凄く有難かったけれど、本当の意味でその有難さを知ったのは、その後の事だった。
今こうして素敵なお菓子に囲まれて昼休みを楽しめているのは、啓一郎と瞬のおかげである。
「ねえ、抹茶の入ったお菓子も教えてもらえないかな?文化祭の時一応先生にお茶出さなきゃけないから、その時お出しできる、簡単なものがいいんだけど・・・」
シガレットチョコを噛みながら、お菓子本片手に暮羽が言う。
「手順は少なければ少ない程いいのよね!あたし新聞部の活動もあるからさ」
新聞部と茶道部の掛け持ちをしている佳苗は、文化祭期間はほぼ新聞部員として動くことになる。
「それもだけど、タイガ先輩と校内回るんでしょー?」
「そ、そうだけど、まずは部活よ!先輩も招待試合あるし」
付き合い始めたばかりの佳苗をしっかり茶化して、葵がにやりと笑う。
「ほうほう」
「抹茶ケーキとかがいい?」
「めっちゃ見栄え良くて簡単なやつがいい!」
横から葵がはいっ!と手を上げて続ける。
「準備も、かたづけも簡単で、且つ量産可能なお菓子!」
「うっわ注文おお・・・・」
横で唸る啓一郎にゲンコツをお見舞いして、葵は瞬に拝むポーズで頭を下げた。
「わーかった、何か見て貰うよ。ちょっと時間頂戴」
「よろしく~!!!ちなみに啓くんは文句言う権利ないよ。あんたは食べるだけなんだから」
「そりゃあ。そーですけど」
大きく伸びをして、啓一郎がごろりと寝転がる。
お昼の柔らかい陽射しが和室の畳に淡く指していた。
啓一郎の茶色の髪が明るく光る。
葵はそれに指を伸ばしかけて慌てて引っ込めた。
無意識にしようとした自分の行動に頭が真っ白になる・・・・・
うわああああっ!
どーしたあたし!しっかりしろ!
眠るように目を閉じていた啓一郎がぱちりと目を開けた。
真っ赤になった葵を見やってにやりと笑う.
「どーした?葵ちゃん」
「うっさい!何もないっ!寝ろ!ばか!」
「わっ!」
油断したすきに右手を強く引っ張られて葵も啓一郎の隣にゴロリと倒れこむ。
「よくもまあそんだけ悪口が浮かぶもんだ」
肩口にこぼれた髪を掬って弄びながら啓一郎が言った。
「アンタがバスケに使ってる脳みそをあたしは勉強に使ってんのよ」
「痛いトコつくなあ」
文武両道を地で行く兄とは違い、啓一郎の成績は中の上を行ったり来たりしている。
「でしょ!?」
「まあ俺様の武器はバスケですから。なあ相方」
寝転んだままで伸ばした右手の拳を瞬のわき腹にヒットさせる。
「イテ。こら」
料理本から目を逸らさずに瞬は右手の拳を啓一郎のそれと軽くぶつけた。
「そーゆう以心伝心は男の子ならではだよね」
暮羽が羨ましそうに言った。
「てゆーか愛だろ」
「だな」
啓一郎の軽口に瞬があっさり頷いた。
「なにそれ・・・・」
唖然とした葵に、啓一郎がふわりと笑ってみせる。
「大丈夫。葵に感じてる愛とは別ものだから」
「訊いてないから!!!」
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