第9話 追いかけたい

足の速さはピカイチ。


元サッカー部部長 タイガこと大河直幸。


そんな彼から逃げ続けていられる、ある意味貴重な存在、新聞部所属の吉田佳苗。


終わること無き追いかけっこ。


最後に勝つのはさあどっち?




★★★★★★



『好きになってもいいですか?』


最強の爆弾を投下した本人は、実にすっきりした顔で屋上を去って行った。


残された当事者は、現実を把握するのに1日。


自分の気持ちに気づくのに1日。


そうして3日目にしてようやっとちゃんとした答えを持って戦闘機のパイロット、もとい告白者の許へと意を決して出かけて行った。


「吉田いる?」


放課後の教室を覗いて、入口近くの生徒に声をかければ、弾かれたように首を振られた。


「いっいません!!」


「あっそー・・・ごめんな、サンキュ」


「い、いえっ・・あの!大河先輩ずっとサッカー部応援してました!!ファンです!!」


キラッキラした瞳で見つめられてタイガは人の良い笑いを浮かべてありがとうなんて言いつつ、握手をしてやる。


本人全く悪気がないのだが、これで無駄に可哀想なファンを増やしてしまっていることを自覚していない。


人当たりの良い性格と、運動神経の良さ。


キリっとした顔つきに不似合いなほどの大らかさ。


ある意味大人気の友英会生徒会長や、2年生の次期生徒会長候補最有力である和田竜彦をも凌ぐ人気を誇る彼の強さは、そのとっつきやすさにある。


王子様ばりの外見を誇る2トップには近寄りがたい女子生徒も、爽やかで話しやすいタイガには平気で群がってくる。


本人も邪険にあしらわないので、ファンは減るどころか増える一方だ。


佳苗の教室を出たタイガは新聞部の部室へ向かうことにした。


中学の頃から放課後はいつも部室で過ごしていた佳苗。


だから自分との接点も多いのだけれど。


なんだかんだ言って、吉田とは長いんだよなー・・・


中学のサッカー部の試合に応援に来た時から、いつもカメラを片手に自分の周りをウロチョロする彼女の存在を自分は本当はどう思っていたんだろう。


慕ってくれる後輩として、やっぱり可愛いと思っていたし。


けれど、それは他の後輩たちも同じで。


ただ彼女が他の子たちより少し長く自分のそばにいたというだけ。


純粋に、良い子なのだ。


タイガのサッカー部員としての部分しか見ない他の女の子たちとは違う。


南の言った”ずっと前からタイガが好きだったのよ”


これが本当なんだとしたら、当てはまることがいくつもある気がする。



「タイガ先輩!」


彼女の呼ぶ声が心地よく耳に響く。


いつだって俺を見る目はまっすぐだった。


傷つけないようにしないと・・・・・


俺は、吉田と付き合う気はないし、可愛い後輩という面で面倒見てやりたいとは思うけど、それだけだ。


先輩、後輩、というこの距離感だから心地よいのだ。


きっとあいつも、俺が卒業したら他の子たちと同じように、他の誰かに恋をする。


俺を好きだと思うのは、一時の感情だ。


それなのに


「なんっでこー気が重いかね・・・」


思わず一人ごちる。


「タイガさん、そっち行き止まりッスよ?」


背中に聞き覚えのある声がかかって、タイガは足を止めた。


いつの間にか踊り場を通り越して、非常口にぶち当たる手前まで来てしまっていた。


振り返ると、2年の貴崎勝が荷物片手に面白そうにこっちを見ていた。


「考え事ですか?」


「いや・・・気が重いっつーか・・・」


「珍しいッスね。いつでも前しか見てない人が」


一時サッカー部だった彼とは、今も時々遊びでサッカーをする仲間だった。


いつもセットの矢野茉梨が見えない所を見ると、今日は別行動らしい。


そう思ってみれば、矢野と貴崎はいつも一緒にいる。


ある意味俺と吉田の関係に似ているところがあるんじゃないのか?


付かず離れず。まあ、こいつ等は付いて離れずだけど。


「なあ・・・お前、矢野とちょっと距離置こうとしたらなんて切り出す?」


タイガの言葉に一瞬きょとんとした勝は次の瞬間、けろりと言った。


「置こうと思ったことも無いし、置くつもりもないんで。考えたくないッスね」


何気にすんごいこと言うな・・・・


まったく参考にならない答えにがっくり肩を落とした


タイガの様子に、勝が意味深に頷いた。


「もしかして・・・・1年のあの新聞部員?」


・・・なんっで巧弥の周りに集まる連中はこう洞察力のすぐれたメンバーばっかりなんだろう。


げっそりとしたタイガの表情で確信に変わったのか勝が口を開いた。


「あれっくらい好かれたら、もうお手上げじゃないんですか?」


こいつまで・・・


「そういかねーから困ってんだよ」


「・・・・困る理由ないでしょ?タイガさん全然まんざらじゃない感じで対応してるからてっきりその気なのかと・・・」


「ちげーよ・・つーか・・・あれは、ほら。ただのファンと同じつーか・・・頑張ってください、ありがとうってやつだろ?」


「・・・まあ、本人がそう言うならイイっスけど。とりあえず、逃がした魚はデカかった。ってなことになんないよーに・・」


そう言って昇降口に向かって階段を下りていく勝の背中を見送って、タイガはクラブハウスに向かうべく渡り廊下へと歩いて行った。



放課後のクラブハウスはにぎやかだ。


騒がしいその階段を足早に上り、新聞部のドアをノックする。


「どーぞー」


「ちょっといいかな?」


中を覗くと佳苗の姿は無く、彼女の友人である和田弟の彼女候補1と、中等部から何度も会ったことのある茶道部員の二人がこちらを見てきた。


「あー大河先輩、こんにちは」


葵がぺこりと頭を下げる。


「佳苗なら居ませんけど?」


暮羽の一言にタイガは肩を落とした。


またはずれ。


「どこ行ったか知ってる?」


「今日は文化部巡りするっていってましたけど・・」


友英学園の文化部は同好会を合わせて15以上ある。


これをしらみつぶしにあたるのは難しい。


活動場所も知らない自分にはまず不可能だ。


諦めて、隠し部屋に戻ると南が一人でティータイムを楽しんでいた。


タイガのぐったりした表情を見るや否や、良い香りのする紅茶を入れて差し出して来る。


目の前に腰を下ろしてにこにことこちらを見てきた。


「佳苗ちゃんは捕まらず?」


「・・・・俺って、何気にあいつのこと何にも知らないんだよな・・・」


自分のそばに居ないとき、彼女が何処に居て何をしているか全く分からない。


いつでも自分だけを追いかけているような気がしていたけれど・・・思い上がりもイイトコだなー・・・


「これからゆっくり知り合っていけばいいじゃない」


南の言葉に目を丸くしてタイガは重たい溜息をついた。


「や・・・あのな・・・南。俺吉田と付き合う気無いんだよ」


「・・なんで?」


意味不明というように眉間に皺を寄せる南。


学校イチの美少女の顔がみるみる歪んでいく様を1人で見られるってのもある意味貴重な体験だよな・・・・


ちらりとそんなことを思うも、南はぶすっとふくれたままミルクティーを飲んだ。


「吉田は、可愛い後輩だよ?でも、それだけだ。後輩は、後輩だろ。好きとか、そういう感情じゃない」


相変わらず上手い紅茶を飲んでタイガが言った。


南はそんな彼をまっすぐ見つめ返して、背筋を伸ばした。


「タイガ・・・・気づいてないの?」


呆れるような色を含んだ声が響く。


気づく?何に?


「逃がした魚はって貴崎にも言われたけど。好きでも無いのに、付き合うほうが吉田を傷つけることになるだろ?あいつも俺が卒業したら、もっといい奴探すよ」


「そうじゃなくって、佳苗ちゃんじゃなくって。タイガの気持ちよ」


真剣な顔でそう言われて思わず胸に手を当ててみたりする。


が、何か分かるはずもなく。


「吉田が俺から離れて行ったら、そりゃあ多少は寂しいと思うかもしれないけど・・・でも、それ以上にちゃんとあいつを好きな奴と付き合ってくれたらそれが一番いいよ」


胸を張ってそう言える。


そこには嘘も迷いも一ミリだって入り込む余地が無かった。


むうっとあからさまなふくれっ面でこちらを見つめ返す南と対峙する事5分。


「ただいま」


ドアが開いて巧弥が入ってきた。


掛けていた眼鏡を外して長机に乗せる。


「会議どーだった?」


「文化部内で特に目立った動きは無し平和そのもの。書道部の作品展の日取りは、演劇部の市内コンクールの翌日で手打ちになった。やっぱり顧問の立ち合い必須だから、演劇部優先。んで、来月の父兄会の活動発表に当たった、天文部と家庭部と文芸部が泣いてたな」


巧弥が言ってちらりとタイガの顔を見て笑う。


「なんでそんな浮かない顔してるんだ?」


「へ?いや、いつもどーりだけどな」


「佳苗ちゃんにごめんなさいするんだって」


紅茶のティーパックをゴミ箱に放り込んで南が言った。


「いや、俺よりもっと吉田に合う男がいるって話を南にしてたんだよ」


「それでそんな顔してたのか・・・」


「スポーツ馬鹿って本当にいるのねェ」


巧弥の前にマグカップを置いて南がつぶやく。


「お前は頑固だからなー・・・俺は何も言わないよ。ただ、後悔だけはするなよ?」


ぴしりと指を指されてタイガは頷く。


佳苗は本当にいい子だと思う。


けれど、彼女を振ることはそんなに良くないのだろうか?


いや、でも、自分は好きでもない子と付き合えるほど要領が良くない。


下手に傷付けて泣かせたくは無かった。


一時は胸を痛めても、持ち前の明るさでまた新しい恋を探すだろう、彼女ならきっと。


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