第6話 南はひなた

いつだったか朝焼けの見えるベランダで、二人で並んで始まりの空を見て、強い風が吹いた瞬間に。


長いワンピースの裾を押さえながら、あたしの目を覗き込んで嬉しそうにお母さんが言った。


「今度こそ、お姉ちゃんになるからね」


その言葉は、まるで魔法のように、奇跡のように。


あたしの心を強くした。



★★★★



コタツテーブルを囲んで、見知った顔が5つ。


テーブルの上には人生ゲーム。


いつもの土曜の夜の光景。


「南ちゃんは?」


ルーレットを回しながら京が訊いた。


「遊び行ってる。もうすぐ帰ってくるよ」


「もう21時だよ、大丈夫なの?あ、京火事で家全焼」


多恵が心配そうに呟いて、ボードの文章を淡々と読み上げる。


「げーっ」


「お前火災保険入ってなかったろ?」


柊介の言葉にぐったり頷く京。


ねえ、もうやめない?と全員を見回して見ってみるも、当然その場にいた全員がそれを無視した。


「加賀谷さんが下まで送ってくれるみたい」


ひなたが、京の肩を慰めるように叩いて、けれどちゃっかり集金を行う。


「あー、あの去年の総代の人」


「なに、その覚え方。誰、それ、彼氏?」


「ほらー、去年の卒業式で送辞読んでた人!学年主席だよ、たしか。んで、今年の春の新歓のシンデレラで王子様してた人」


ひなたが空になったコップにジュースを入れながら言う。


「ふーん・・・シンデレラの南ちゃんしか見てなかったもん。ほら、実、あんたの番」


多恵が心底興味無さそうな顔で、ルーレットを指さした。


「南ちゃんはっきり言わないけど、たぶん付き合ってると思う。加賀谷さん南ちゃんにぞっこんみたし・・・・」


「ぶっ!・・・げほっげほっ・・・ぞっこんって・・・」


柊介がコーラを噴出した。


咄嗟に自分のコップを避けた多恵が面倒くさそうに背中を叩いてやる。


「なーにやってんの」


「てじゃぞっこんって古いだろ。それ・・・ひなたまた古い漫画に影響されてるな」


文芸部員で趣味が読書のひなたの最近のお気に入りは、母親世代に流行った学園漫画だった。


「・・・・確かに・・・・柊のリアクションも古いけどね」


実は言って、ルーレットを回した。


出た目は5。


「うわ、旅行記出したらミリオンセラー・・・あんたって着実に成功していくよね」


京が読み上げて、面白みがない!とぼやく。


「石橋は叩いて渡るほうなんで・・・でも、並んだらあの二人美男美女カップルだよな」


「ミス友英だしね・・・・昔っから南ちゃん可愛かったし」


京が後を引き継いで、ルーレットを回す。


出た目は7。


「あ、やった!双子が生まれてお祝いを貰う!!さー寄越したよこした」


「えー。あたし貧乏なのに・・・」


ひなたが渋々紙幣を渡す。


「大丈夫、まだまだ挽回できるから。でも、今年入ってからでしょ、あの二人」


多恵がひなたの髪を撫でて言った。


「うん、なんか気が合うんだって。ちゃんとした人みたいだからお母さんたちは安心してる」


「けど、ちょっと複雑だなー」


実が難しい顔で言った。


「優しいほうのお姉ちゃん取られた気分?」


京がニヤニヤして言った。


実の初恋が南であることをみんなが知っているので隠しようが無い。


実姉が強烈なエリカなので、南の良さは他の誰よりも理解している実である。


「俺ら10年以上一緒にいるんだから寂しくもなるよな」


柊介が口を挟む。


みんなが頷いたとき、玄関で鍵を開ける音がした。


「ただいまー!おー全員集合?」


上り口の靴を見て察しがついたらしい。


「おかえりー」


「おじゃましてまーす」


口々に言って、南を迎える。


その手にはコンビニの袋があった。


「良かったー。来てると思ってほら、ドーナツ買ってきたの、ハイお土産」


「やったー!」


喜ぶ女子の前で甘いものが得意じゃない男子二人は微妙な表情。


それを見て南が笑う。


「だいじょーぶよ。ちゃんとカレーパン買ってきたから」


「さすが南ちゃん!!」


ドーナツを頬張る妹を見て、南がニコニコと尋ねる。


「ひなー、遅くなってごめんね、ドーナツ美味しい?」


「みんな居たから平気だよーすごい美味しい。ありがと!」


ひなたがより一層妹っぽい幼い表情で満面の笑みで答える。


ああ、なんて可愛いんだろう!!!


言葉で上手く言え無いから、南は愛しさをこめてその頬にキスをする。


「相変わらずキス魔だね、南ちゃん」


「だって言葉にするより、抱きしめたり、キスしたほうが早くない?」


無敵の笑顔でミス友英の美少女は勝気に言ってみせた。

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