第5話 微熱インプレッション

思えば南がここに来たときから、様子が変だった。


いつもの半分も話しかけてこないし。


いつものように絡んでもこない。


こっちが話を振ってもぼんやりした様子で”うん”か”ううん”しか言わない。


何があったんだろう?


暫く様子を伺うも焦点の合わない視線を彷徨わせるばかり。


話しかけるのは諦めて、とりあえず執行部で任された報告書を作成してしまう。


その間もちらちらと南の様子を伺うのは忘れない。


彼女はというと簡易ベッドに座り込んで、持ってきた雑誌をパラパラ捲っている。


あれはもう読むというより、ただ捲ってるだけだな・・・


出来上がった内容を確認して、保存をした後で、次の書類に手を付けるのは諦めた。


今日はここまでだな。


画面を全て閉じて、電源を落とす。


「南?ほんとどうしたの?」


話しかけながら、彼女の隣に腰を下ろす。


「んー?」


「何かあった?」


「別に・・・」


別にじゃないだろうこれは・・・・


今度は真正面から南の顔を覗きこむ。


「え・・・」


南が俺の肩に手を掛けて身を乗り出してきた。


なに・・・・?


呆然とする俺。


南はそのまま抱きついてきた。


・・・ありえない!


「南?」


とりあえず意図が分からず呼びかける。


しっかり首に抱きついた南は一向に離れる気配を見せない。


学校で、しかも、いつタイガが来るか分からないこの部屋で南が自分から抱きついてきたことは一度もなかった。


・・・無理やり俺が抱きしめることはあっても・・


耳に触れる柔らかい髪。


いつも南がつけている香水の甘い香り。


抱きしめた温度と、否応なしに感じる柔らかさ。


「・・・どーした?」


あやすように慎重に背中を撫でる。


いや、こういうのは一向に構わないけれど。


あまりにも彼女の様子がおかしい。


「・・・なんでもない」


「何もなくは無いだろ?何?」


「・・・巧弥」


「うん?」


思わずカーデガンのボタンに手を掛けそうになって手を止める。


理性が持つかどうか。


「あのねぇ」


「うん」


返事を返しながら、南の頬を撫でる。


閉じていた目がうっすらと開かれた。


綺麗な茶色の目。


元々色素が薄い彼女の目にカーテンの隙間から夕陽が差し込む。


吸い寄せられるようにキスをした。


南が何か言おうとしたが、そんなのはどうでもよかった。


甘えるように目を閉じる彼女の体を抱き寄せて瞼に、耳元にくちづける。


「好き」


何度目かのキスの後、南が言った。


少し赤くなった頬に零れた髪を撫でる。


綺麗なハニーブラウンの髪。


ふわふわと揺れる猫っ毛が、俺の頬をくすぐる。


「・・・うん、知ってるよ」


答えて、またキスをする。


そんなこと、ずっと前から知っている。


この部屋で一緒に居るようになってからずっと、見てきたんだから。


2日ぶりのキスに、満足して唇を離す。


「さむい・・・」


そう言って、南が俺に擦り寄ってきた。


いや・・・だから。


これ以上してると、本当に止まらなくなるし・・・結構今も、頑張ってセーブしたから・・・


「南・・・ガッコだから・・」


いつもは南が言うセリフを言っている自分に思わず笑ってしまう。


跳ねた前髪を直してやろうと、額に触れる。


「・・・は・・・」


俺は我に返った。


以上に熱い。


そのまま後ろに倒れこみそうになった南を慌てて抱き寄せて、もう一度額に触れる。


間違いなく熱い。


・・・・・これかよ・・・あっぶねー・・・・・・


思わず口元を押さえて蹲る。


通りで言動がおかしかったはずだ。


ようやく合点が行った。


着ていた学ランを脱いで、南の肩に掛ける。


「南、帰ろう。送ってやるから」


気を取り直して、携帯を開く。


さて。


運動部の合同会議中を承知でタイガにメールを送る。


”南、風邪っぽいから送る”


”了解。俺、鍵忘れたから取りに戻る”


ぼんやりしたままの南を立たせて、部屋を出る。


鍵を閉めていると、ジャージ姿のタイガが走ってきた。


「おー、大丈夫かぁ、南?」


「タイガ・・・さむいー」


言うなりタイガに抱きつく南。


おい、コラ。


抱きとめたタイガに鋭い視線を送って、南の腕を引き寄せる。


「俺に怒るなよ・・しっかしコレと二人きりってキツイなあ」


「だろ?さすがに単車じゃキツイから電車で帰るわ」


「わかった・・ま、送りオオカミになんねーよーに」


ニヤリと笑うタイガ。


コイツは・・・・


「吉田、結構人気らしーぞ、1年の間じゃ。さっさと捕まえた方がいいんじゃない?」


「なっ」


「じゃな」


あんぐりと口を開けたままの相棒を置いて俺は南の手を引いて歩き出した。

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