第4話 きみとふたりきり
さっきまで煩かったのに、急に静かになった。
キーを叩く音だけが聞こえる室内。
俺は手を止めて、我が家のお姫様のご様子を伺う事にする。
戻ってきた時に両手に持っていた、卒業生兼幼馴染からの差し入れだという駅前のタイヤキはいつの間にか無くなっていた。
綺麗に胃袋に収めて、ご満悦の南は窓枠に両腕を組んで枕代わりにして熟睡中だ。
この部屋では自由にしてくれて構わないと伝えてあるけれど、それにしたって自由過ぎだろうと思わず苦笑が零れた。
恐らくこの学園に通う生徒の大半が知らないはずの、友英のマドンナの素顔。
「・・・・南?」
読んでみるが返事は無い。
寝ていると少し幼く見える横顔。
俺は冷蔵庫から缶コーヒーを取り出してなんとなく南の隣に腰掛ける。
もちろん起こさないように。
たとえば、二人でいるとき目の前で面白い事件が起こったら、迷わず駆け出すのが南だ。
そのとき、隣に誰が居て、どうゆう状況だったとしても、脱兎のごとく走り行く。
もちろん、俺は置き去りで。
南が起こしたトラブルを綺麗に収めるのが仕事。
そうして彼女は最終的に、やっと俺がいたことに気付いて、苦笑しながらこう言うのだ。
「巧弥、ごめんね?ありがとう」
その笑顔で俺は、言いたい言葉の半分以上を飲み込んで、彼女をただ抱きしめる。
言葉で説き伏せようとしても無理なことはもう分かっているから。
南の好奇心は、いたるところに飛んでいく。
そして、いつも俺を知らないところへ連れて行く。
俺が彼女を捕まえていられるのは、この部屋にいる間だけだ。
こうして二人でいる時間だけ。
南の1日の何分の1。
それが俺が南に触れられる、南を独占できる時間。
団地組の前で見せるお姉さんぶった彼女でもなく、学園の生徒たちから羨望の眼差しを向けられる彼女でもなく、ただの望月南を閉じ込めて置ける唯一の場所がここだった。
夕陽がきつくなってきた。
俺は陽に灼けたカーテンを音を立てずに引っ張っる。
白く光っていた部屋は、一気に淡いオレンジ色に濁る。
少し屈んで南の頬にキスをする。
起きるのを待つまでに、これくらいなら許されるだろう?
空になったペットボトルをゴミ箱へ放り込んで携帯を取り出した。
タイガへメールを送る。
”今日中止な。依頼もないし”
すぐに返事は返ってきた。
”へーへー。お邪魔はしませんよ、ごゆっくり”
恐らくその足で彼はサッカー部の部室に向かうのだろう。
単車で事故って入院した病室でたまたま一緒になった卒業生だという男から、何代か前の在校生が作ったというお悩み相談のアドレスを引き継いで、不定期で届くメールを気まぐれに捌くようになったのは、単純に暇だったから。
運動部いち有名なタイガが興味本位で首を突っ込んできて、そこから二人になったけれど、基本的なスタイルは変わっていない。
必要以上に干渉せず、けれど、協力だけは惜しまない。
タイガの拘らない性格は付き合いやすくて助かるし、彼の持つ運動部独自のネットワークは色々と役に立つ。
公私ともに頼れる相方なのだ。
彼自身がちょっと鈍感というところを除けば。
きっと今日もカメラ片手に放課後の校内を走り回る吉田佳苗を見つけては、シュートミスを連発するんだろう。
そんな風に思いながら俺はまた椅子に座りなおした。
眠り姫の顔を眺めながら、色んなことを考える。
起きたら言ってみようかな。
何に興味を持って、何に惹かれても構わない。
だけど、ときには。
「たまには、ここに、いてよ」
そしたら、南は笑うかな。
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