第2話 好きになってもいいですか?

「タイガ先輩!」


屋上で携帯片手に機材室に引きこもっている巧弥と電話をしていたら思い切り背中を叩かれた。


遠慮なしの力加減にぎょっとした直後に向こうからの通話は途切れていた。


そのことに安堵しつつ俺は顔なじみの後輩を向き直る。


中等部からの後輩である吉田佳苗は中学時代から新聞部で、運動部の試合の度にカメラ片手に現れる事で有名な女子だった。


当然、サッカー部の試合も欠かさず見に来ていて、何度も俺のシュートシーンをカメラに収めている。


彼女が入学して間もなくの頃、サッカー部の招待試合を見にやって来た時に、初めて俺のプレーを見た佳苗が、大河の苗字をタイガ、と読み間違えたことから、すっかりタイガ先輩と呼ばれる事になり、それ以来の仲である。


俺にとっては多少面倒臭くはあるものの、可愛い後輩の一人だった。


「吉田ー、今日は何の取材だー?」


「取材じゃないですよ!今日は」


そう言って、目の前に紙袋を差し出す。


受け取れ。


ということらしい。


「いつもお世話になってる先輩にお礼です」


「へー、珍しい、いつも無理ばっかり言ってくる吉田からモノ貰うなんてな・・」


意地悪く言ってやると、眉間に皺をよせてこちらを見上げてきた。


「これでもいっつも感謝してるんですよ?サッカー部の取材記事の号は毎回好評だし、あたしの撮った写真は女の子からこぞって焼き増し頼まれるんで、部費も潤ってるし。なんであたしの気持ち先輩に伝わらないかなー」


「感謝よりも要求のが多いからだろうなー」


そう言って、紙袋を開ける。


中から出てきたのはクッキーだった。


「吉田が作ったのか?」


「そうですよー!レシピはちょっととある筋から仕入れたモノなんで、味は保証済みです」


「へえー・・・調理実習?」


学校一番の菓子職人は今のところ、家庭科部の安藤だが、彼女直伝のレシピなのか、はたまた別のルートからのレシピなのか。


「違います!先輩の為に、あたしが作ったんですよ!」


そう言って詰め寄られて思わず両手を挙げてしまう。


「わかった、わかったから!心していただきますよ・・・」


「絶対ですよ!?・・・望月先輩とか・・加賀谷先輩にもあげちゃ駄目ですよ!」


「・・・?ああ・・・」


えらく真剣な眼差しに困惑しつつもそう答えると吉田は満足げに頷いた。


「じゃあ、あたしは教室戻りますね!」


笑顔で手を振る彼女に答えつつ、貰ったクッキーを取り出していると、屋上の入り口で吉田が俺を呼んだ。


「あ、そだ、せんぱーい!」


「なんだー?まだ何かあんのか?」


視線はクッキーに注いだまま聞き返す。


「すっごい大事な事!!タイガ先輩!好きになってもいいですか?」


「・・・・・・は・・・?」


思わず吉田の方を見たが、彼女の姿は非常階段に消えた後だった。




★★★★★★




「・・・タイガどうしたの?」


機材室に戻るなり、いつもは南が占領している席に腰掛けて、ぼんやりと空を見上げる大河。


そんな彼の様子を南が気味悪がって、巧弥の腕を引っ張った。


いい感じに執筆中だった巧弥は、一瞬だけ手を止めて相方の方を見て。


「腑抜け面」


一言言ってまた愛用のノートパソコンに向かう。


「何とかしなさいよ、あんたの相方でしょうが」


「来てた依頼は片付いたし、放っておいてもいいだろ?それより、こっちが重要」


「・・・・・」


完全作家モードに切り替わった巧弥には何を言ってもムダだ。


南は溜息ひとつ吐いて、大河の隣に椅子を持って行って腰掛ける。


さっき入れたばかりのアップルティーを飲みながら、中庭を見下ろした。


「あ、佳苗ちゃん!」


中庭を小走りで駆けていく佳苗の姿を指差して南が言った。


途端、大河が勢い良く立ち上がった。


そのせいで座っていたパイプ椅子が音を立ててひっくり返る。


「ちょっとどーし・・・タイガ?」


怪訝な顔で椅子を起こして、南はタイガの顔を見上げた。


明らかに赤い。


耳まで真っ赤。



「なに?急に赤くなって」


「なっ・・・ちがっ!!」


南の指摘に慌てて口元を押さえる大河。


いつのまにか、こちらを面白そうに見ていた巧弥が口を開く。


「吉田がどーかしたのか?」


「別に!!」


勢い良く全否定した大河の顔には明らかに動揺の色があった。


それを見て巧弥が訳知り顔で頷く。


「へー・・・・なるほどね」


「なに?佳苗ちゃん?・・・・・あ・・・」


ようやく思い当たったのか南が笑いながら大河の腕を叩く。


「タイガってば佳苗ちゃんのこと好きなのねー」


「・・・好きになってもいいですかって・・言われた・・・・」


「・・・・っていうか佳苗ちゃんかなり前からタイガのこと好きじゃん?今更いいですかもなにも無くない?」


同意を求めるように巧弥を見れば、何度も頷いて見せる。


当人の大河だけが目を白黒させて言った。


「・・・・そうなのか?」


呆然とした表情でこちらを見つめ返す友人に、巧弥と南は顔を見合わせて、これだからサッカー馬鹿は、と肩を竦めた。

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