アステリアメモリ ~アンダンテスピンオフ~
宇月朋花
友英のマドンナと彼らの記憶
第1話 誰も知らない秘密の花園
特別棟3階の東の端に位置する機材室。
文化祭の時などに使用する大型スピーカーや、舞台用ライトを保管してあるいわゆる倉庫。
この部屋は特別な作りになっており、教室一つ分のスペースを二つに区切ってある。
廊下から入ってすぐのスペースは、文字通り機材室。
間仕切りしてあるドアは開かずの扉となっており、ここ何年も開いているのを見たことが無い。
その開かないはずのドアの向こうで声がする。
窓際に置かれた職員室と同じ机には、ラジカセが置かれラジオの洋楽ナンバーが流れている。
壁に沿って置かれた簡易式のベッドは、背もたれの半分が起き上がった状態で、ソファになっていた。
そこに腰掛けて、膝の上でノートパソコンを広げていた加賀谷巧弥は廊下側のドアの開く音に顔を上げた。
この場所を知っていて入ってくるのは、自分と相方と、予定外にこの場所を知られてしまった人物のただ二人のみ。
まもなく、内側のドアが手前に開けられた。
「オーッス」
入ってきたのは相方の大河直幸だった。
会議の後らしく、着ていた学ランを脱ぎながらこちらに目を向けてくる。
「どうだった?」
「んー、男子バレー部の喫煙の件は出なかった。代わりに遠征予算の再編成案が出たから、たぶんそっちで帳尻合わせんじゃねぇの。綾小路らしいよな」
「そうか。OB会前に動いて正解だったな。柔道部に追加予算回せばあっちの主将も納得するだろうしね」
「だな。んで煩い新聞部は?」
「ネタ売りは、南に行かせたから、まあ、大丈夫だろ」
「うーわー吹っ掛けてそう」
「播磨女史、最近剣道部の和田熱強いから張るんじゃないか」
「成果が楽しみだ」
大河はこっそり持ち込んだ小型冷蔵庫から炭酸を取り出すと一気に飲み干した。
それを見て、巧弥が声を上げる。
「あ、今日調理実習で作ったクッキー貰ったんだ」
「いーねー。ちょうど腹減ったとこだし。南早く来ないかな。紅茶飲みたい」
「そろそろ来るだろ。新聞部の後図書室寄ってから行くって言ってたから」
話しながらも止まる事の無い指の動きに関心しながら、大河は巧弥のパソコンを覗き込む。
「そっか。どうだ、小説は進んだか?」
「昨日も2時まで書いていた。続きせっつく人間がいるから」
「しっかし、よく働くなぁ・・・お前その若さで過労死するんじゃないだろうな」
「もしそうなったら、俺を引っ張り込んだ先代に慰謝料請求してくれよ」
「お前の事だから小説書く参考になると思って安請け合いしたんだろ」
「頭使うのは嫌いじゃないんだ。確かにいいアイデアも浮かぶし、儲かるから文句言えないんだけどな」
「ま、ほどほどにするこった・・・美味いなこれ」
テーブル代わりの丸椅子に広げたクッキーを摘まんで大河が言った。
「安藤が作ったやつだからじゃない?」
「おお、家庭科部部長」
「アイツ、卒業したら料理家のアシスタントになるらしいよ」
「へー。そのうちテレビ出たりしてな」
「料理家の探偵とか面白いかもしれないなぁ」
ぼんやり言う相方のセリフに、大河はつくづくこの男は小説家向きな性格だなと肩を竦める。
考え事しながらバイクに乗っていて、車と事故ったときも入院生活をネタに廃病院を舞台にした小説を書き上げたくらいだ。
こういう、興味のあることに一直線で全く自分を省みない巧弥の性格に腹を立てて、お見舞いにくるたび南はお説教をしていた。
普段は、見た目と反して意外とそそっかしい南の方が小言を食らう事が多いのだが、さすがにこのときばかりは、大河も南の方が正しいと思ったので助け舟を出さなかった。
冷たい炎のように静かに怒る南に、巧弥もうんざりしていて、そのあまりに嫌そうな表情に笑ってしまったものだ。
大河は、それでも、巧弥の小説の一番のファンは南だと思っている。
最近では、南をモデルにした女子高生の推理モノも書き始めていて、これが意外と人気があるらしい。
巧弥いわく
「とっつきやすい、ドジな探偵を主人公にしたからじゃない?」
だそうだ。
南は
「私はもっとカッコイイわよ!」
と非難の声を上げたが、いまだに主人公のドジなところは変更されていない。
大河が、ソファに凭れてうたた寝し始めたころ、廊下側のドアが開く音がした。
南が嬉しそうな顔で入ってくる。
「あれ、タイガ寝てるの?」
「いやー起きてる」
とは言うものの身体を起こす気配は無い。
南が丸椅子の上のクッキーを見つけた。
「あー。貰っちゃったの?私も持ってきたんだけど・・」
「まだ入るよ。それより、紅茶入れて」
巧弥が相変わらず手を止めずに言う。
「うん。今日はどれにする?甘めのクッキーだからペパーミントとかにしようか、二人とも眠いでしょ?」
二人とも。の発言にタイガが目を開ける。
「俺はともかく、何で巧弥も眠いってわかるの?」
「今朝来たメールがいつも以上に短かったから」
「いつも通りの文章だろ?」
怪訝な顔で巧弥が言った。
「どこがよ。”今日の分アップした”なんてメール、あたしとタイガ以外に通用しませんからね」
それを聞いて、大河が大爆笑する。
「そりゃそうだ。ホントにそっけないメールだよな。物書きのクセに」
「余計なことに神経使わない主義なんだよ。意味が通じるんだからいいだろ?大体、続きが気になって眠れないから早くしろって催促の電話してきたのそっちだろ」
0時すぎにいきなり電話が鳴って、開口一番
「ちょっと!中途半端な上げ方するんじゃないわよ!続きが気になって眠れないでしょ!」
と叫ばれて、巧弥はやっぱりと溜息をついた。
彼女のこの我儘は今に始まった事ではない。
「お前ね、WEB上の人間はまだそこまで読めないんだよ。現状をありがたく思え」
出来立てほやほやの第一稿をメールで送ってやっているというのに、注文の多い客だ。
「そんなの無理よ、ここまで読ませといてお預けなんて許されないわよ!」
憤然と言い放つ南に適当に返事をしつつ、巧弥は今度の新作では超難解なトリックで仕返ししてやろうと心に誓った。
「わかったよ。書くよ。書きますよ」
そう返事をしてから2時間。
恐ろしいほどのスピードで、巧弥は最後の殺人を書き上げた。
そしてそれを転送して寝たのが2時過ぎ。
朝の8時に、電車の中で南にさっきメールを送ったのだ。
何だかんだ文句を言っても、目の前の読者は出来た原稿をとても嬉しそうに読んで素直な感想を述べてくれるので、そういう所は小説を書く人間として嬉しいものなのだ。
リアルな声がすぐに聞けるのは励みにもなる。
そうは思っていても、絶対に口に出さない巧弥だった。
湯気の立つカップをお盆に載せて南が二人の向かいに椅子を持ってきて座る。
「これ、誰に貰ったの?」
「安藤」
視線を液晶画面から逸らさずに、右手だけを前に出してきた巧弥の手にマグカップを渡しながら南はプロ級のクッキーを空いている手で口に運ぶ。
「うーん・・・美味しい。やっぱりプロよね!でも、こっちも美味しいでしょ?」
ニコニコと笑顔を向けてくる南に、同じく笑顔を返しながら大河が言う。
「んー。素朴な味でいーんじゃない?」
「それって、田舎風ってこと?」
「いかにも素人ってことだろ?良く言えば家庭的」
南のクッキーの感想を述べた二人に冷たい視線が刺さった。
「どーせ、私は庶民派よ!」
「いや、じゃなくて、ほら、毎日フランス料理じゃ飽きるだろ、和食もいいなーって日があるだろ。そーいう、良さだよ。こう、疲れたサラリーマンが食べたくなるような・・・」
「タイガ、フォローになってないから」
冷たい巧弥の一言に、大河の背中を冷たい汗が流れた。
「あたしのクッキーはそこらへんの里芋の煮っ転がしって事!?」
「そこまで言ってないし・・・・」
「じゃあどーゆう・・」
ますます大河に詰め寄る南に、巧弥が一言言った。
「紅茶が美味いんだから、それでチャラじゃないの?」
「・・・・・あら、そう?」
膨れ面のままで言った南に大河がうんうん頷く。
「って事で紅茶入れてほしいんだけど」
巧弥が空になったカップを差し出した。
上機嫌の南は、特製ブレンドの紅茶を溢れんばかりカップに注ぐ。
その様子を見て、大河が溜息を吐く。
「南って怒るとおっかないよな・・・ある意味俺らの中で一番強いと思う・・」
「乗せやすくて、使いやすいんだからいいんじゃないの?」
不敵な笑みを浮かべながら巧弥が言った。
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