第46話 堺市博物館でござる
「三国ヶ丘〜、三国ヶ丘〜」
車内のアナウンスを聞いて、俺たちは電車を降りた。降り立ったその三国ヶ丘駅は静かな場所にあった。東京の都会とは違った心落ち着くような雰囲気を持っていた。
「堺に着いたぞ!」
タケは両手を上げて喜んだ。
「ここが堺か……」
とうとう俺は大阪府、堺に来てしまった。初めて見る景色だったが、どこか懐かしかった。
正直、俺は今ホッとしている。今までは無理やりに堺を遠ざけていた。だから堺に来ると拒絶反応が出てしまうのではないかと、ちょっと怖がっていた。
だがそんな心配はなかった。実際に来てみると、堺の包容力に俺の闇の部分は屈した。純粋に俺の残した爪痕を受け止めることが出来そうな気がする。
「大仙古墳の近くらしいぞ。この辺りは」
タケは携帯を見ながらそう言う。そういえば俺はそこに一回も行ったことがなかった。戦国時代の大仙古墳を見ておけば良かったと、今更ながら後悔した。
そういえば、綾さんと行こうか、なんて話をしていた。結局その願いは叶わなかったが。そんなことを思い出していると一瞬、俺はあの日のことをまた思い出してしまいそうだった。俺は咄嗟に彼女のことを頭から消した。
「いい場所だな〜」
マサは歩きながらそう呟いた。駅も近いし緑も多い。それに世界遺産が目と鼻の先だ。かといってコンビニもあるしレストランも多いし、背の高いビルも少なくない。都会のいいところと田舎の緑を組み合わせたような、これほど住みやすい街は他にないだろう。立派に発展してくれた街並みを見て、俺は泣きそうになった。
住宅街を抜けると、大きな公園が見えた。子供たちが無邪気に遊んでいるのが見える。観光客よりは地元の方が多い印象を受けた。
俺はその微笑ましい景色に笑顔をこぼした。
「堺市博物館は公園の中にあるらしい。行くか」
堺市博物館は大仙公園の中にある。そのため普段は古墳時代に関する展示が多いが、今回の特別展は期間限定で戦国時代を取り上げたものを展示しているらしい。今日来たのはそれを見るためだ。
俺たちはのんびりと緑の中を歩いていく。長閑な景色に胸を打たれていた。
「古墳も火事で燃えていなくて良かったな」
タケは何気なく呟いた。
「うん。危うく世界遺産がなくなるところだった」
そうか。あの火事を生き残ったから、この古墳も残っているのか。そう思うと、なんだか少し安心した。
「あ?あれだ」
公園の中に大きな建物が見えてきた。博物館はどうやらその建物のようだ。表には今回の特別展ののぼり旗が多数置いてある。
「雰囲気いいね」
マサは呟いた。確かに、公園の森に囲まれた巨大な建造物は少しミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
俺は緊張した。自分があの時代に残した痕跡がもしかしたら見つかるかもしれない。俺はそれを見たら、後悔することになるかもしれない。また自分を責める日々を繰り返すことになるかもしれない。
そう考えた瞬間、博物館に向かう一歩一歩がすごく重く感じた。
「ヤス、大丈夫か」
タケとマサは俺を待ってくれた。俺の気持ちに整理がつくまで。きっと彼らは俺の葛藤を理解してくれたのだろう。
何の根拠もなく自分を肯定することはできない。それほど今の俺に余裕はない。その余裕を取り戻すために、俺が変えてしまった歴史を確認しにここに来たんだ。俺が変えてしまった人々の運命の結末を知りに来たんだ。
もう後戻りはできない。俺は覚悟を決める必要があった。いつかは通らねばならない道だ。
「うっし、中入りますか」
俺は小さな一歩を踏み出した。しかしそれはある意味大きな一歩だった。
俺たちは堺市博物館に入館した。整った印象を持った内装が俺たちを出迎えた。受付で入館料を支払った。館内にはそれほど多くの人はいなかった。
「緊張すんなぁ」
俺は思わず呟いた。重厚感のある雰囲気にのまれ、一瞬気持ちが折れかけた。
「おい、行くぞ」
タケは俺の手を無理やり引っ張った。俺たちは奥の特別展の展示スペースに向かった。
「うっわぁ、すげぇ」
展示スペースに入った瞬間、俺は度肝を抜いた。当時の資料などが展示されているだけでなく、刀や鎧なども飾られていた。さらに、巨大なスクリーンには当時の堺の街並みが再現された映像が流れていた。俺の記憶の中のそれとほとんど一致した。
当時のことを知ることに少し臆病になっていた俺だったが、そんな感情はもう微塵も存在しなかった。俺は懐かしい故郷に帰ってきたような気分だった。
「懐かしいなぁ」
タケは展示されている刀に釘付けだった。説明欄には(織田信長が堺に侵攻してきた時に使用された刀)と書いてある。刀は傷だらけで、激しく戦った跡が残っていた。あの場で織田を倒すことは出来なかった様子だが、この刀は俺たちの反撃が信長本人にまで及んでいた最たる証拠だった。
「これは?」
マサが俺を呼んだ。マサが見入っていたのは当時の手紙だった。一部が破れたり焦げたりしているが、解読はできる程度に残っていた。
「会合衆が織田信長に宛てた手紙、だってさ」
説明欄に目を通したマサがそう言う。俺はその手紙をじっくりと見た。どこか見覚えがあった。
「あっ」
俺は文字の癖から、これが塩屋さんが書いたものだということがわかった。古文の字体は全く読めないが、塩屋さんの文字の書き方ならはっきりと覚えていた。非常に懐かしかった。
「お楽しみ頂いておりますか?」
後ろから職員の方が声をかけてくれた。
「ええ。とても」
タケが答えた。
「もし良ければ解説致しましょうか?」
「是非お願いします」
俺たちはその方に一通り解説をしてもらうことにした。
「今皆様がご覧になっていたこちらの文でございますが、会合衆が織田信長に宛てたものと推測されています。当時の資料は火事などでほとんど消失してしまったので、こうやって残っているのは大変珍しいです」
「塩屋さんが織田信長にか。選挙についてのことかな?」
俺は当時のことを思い出しながら口にした。塩屋さんは織田信長との間で選挙の不正について話していたはずだった。
「え?」
施設の職員の方は、俺の呟きを聞いて驚きの言葉を発した。俺がよほど詳しくてびっくりしたのかもしれない。
「お客様、よくご存知ですね。どこでそれをお知りになったんですか?」
「うーん、まあ、少し勉強しまして……」
俺は咄嗟に変な嘘をついた。誤魔化せたのかはわからないが、こう言うしかないだろう。
「こいつ、当時の堺のことはなんでも分かるんすよ」
タケが横槍を入れる。余計なことを言うのはいつも彼な気がする。気のせいだろうか。
「そうなんですか。専門的に研究をなさっているんですか?」
タケのせいで職員の方が俺に興味を持ってしまったのか、どんどん質問をしてくる。共通の話題を持つ人を見つけてハイになっているのかもしれない。
「いえいえ、こいつはそんなもんじゃありませんよ。世界中の誰よりも堺に詳しい男ですから」
よりによってマサも俺のことを小馬鹿にしてきた。そんなことを言ったら職員の人も困ってしまうだろうに。そして何より、俺はそれほど詳しくはない。
「そうなんですか。ではこの文については、どれほどご存知なんです?」
職員さんは俺に聞いた。正直、俺は何もわからないし、読めもしない。少しでも昔のことを思い出すため、俺はそれにもう一度軽く目を通した。
塩屋さんの文字を見て、彼の顔が頭に浮かんだ。
彼は織田信長に脅迫され、選挙で不正を働いた。しかし彼は、織田信長に気づかれぬよう、堺を守るために尽力していた。最終的にはそれがバレてしまい、織田の刺客に暗殺されてしまった。
きっとこの手紙には塩屋さんと織田信長の間のやりとりが記録されているのだろう。俺にはそんな想像がついた。
「この手紙は、会合衆の選挙についての……」
「選挙?」
俺の言葉を遮って、職員さんは俺にそう聞いた。突然のことだったので、俺は驚いた。
「なぜ会合衆に選挙があることをご存知なんですか?このことは一部の研究者しか知らないほど専門的なことのはずです」
この職員さんはもう博物館の職員の形相ではなかった。俺に向ける視線は鋭い疑いの目だった。俺は思わずたじろいでしまった。
「こいつはなんでも知ってるんです。さっきも言いましたよね?」
タケは俺の肩を叩いた。俺たちの方が詳しいという自信に揺らぎはないようだった。決してそんなはずはないと思うのは俺だけなのか。
職員さんはタケの言葉を聞いて、わかりやすく取り乱した。専門家でも知らないようなことを知っている俺たちがまだこの世のものだと信じれないようだ。
「も、もう少しお話を聞いてもいいですか?是非こちらへどうぞ」
職員さんは俺たちを裏の部屋へと入れてくれた。あまりの特別な待遇に俺は緊張を隠せなかった。だが、研究熱心な彼は俺たちの知識を必要としている様子だった。
案内された部屋には多くの職員の方がいた。全員が手袋にマスクをつけている。部屋の中央には多くの書類が散乱していた。奥に見える書斎には無数の本が並んでいるのも確認できた。
「え、なんだこれ……」
俺が来るべき場所でないのはすぐにわかった。きっとここで研究を行なっているのだろう。
だがこの職員さんは俺たちを大いに信用していた。俺が選挙の存在を知っていたのが決め手になったらしく、疑いの目を向けてくる研究者の方はいなかった。それほどあの情報は貴重でレアなものだったらしい。
「あなた方はにお話を伺う前にまず、我々の研究内容をお話ししますね」
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