第45話 仲良しな俺たちでござる

 俺とタケはタクシーに乗って、行きつけのバーへと向かった。

「別に話なら向こうでもできたろ?なんでわざわざ抜け出してまでここに来るんだ?」

「結婚式場で重い話はできないだろ」

 俺たちは慣れた様子でいつものカウンター席に腰掛けた。彼は携帯を取り出して、マサに連絡を入れた。適当にアルコールを頼んで、少しずつ口に運ぶ。

「で、その重い話ってなんだよ」

 俺はそう聞いた。こうした改まった雰囲気は好きじゃない。

 彼は珍しく真面目な目を俺に向けた。俺は思わず目を背けた。

「これ、見てみろ」

 タケは自分のカバンから紙切れを取り出した。そしてそれを俺の前に置いた。そこには刀を持った武士が胸を張って立っている絵が描かれていた。そして右上には大きく文字が書かれている。

 

( 堺市博物館 特別展 堺の戦国時代を紐解く 〜堺に刀は要らぬ〜  

8月1日〜12月20日)

 

 それは堺にある博物館のポスターだった。俺はそれから目を逸らした。興味もなければ関心もない。

「ヤス、一緒に行かないか?もう終わっちゃうんだ」

「行くわけないだろ。歴史も堺のことも知りたくない」

 俺はこっちに戻ってきてから堺を遠ざけていた。戦国時代についても同じだ。間違いなく、俺は歴史を変えた。だがそれは改悪に違いなく、それを自分の目で確かめることなどできるはずもないのだ。

「そろそろお前も許したらどうだ?自分のこと」

「またその話か……」

 これだから真面目な話は嫌いなんだ。俺の事情を知る奴らはみんな口を揃えてそう言う。先日は親にまで言われる始末だった。

 他人に心配される筋合いなど一切ない。本当は消えてしまいたいと思っているぐらいだ。まだ踏みとどまっているだけ褒めて欲しい。

「前も言ったろ?俺は許されざることをした。人々を不幸に陥れたんだ」

「だから、それを確認しに行くんだ」

「は?」

 俺は驚いた。

「ヤスが一体何をして、歴史にどんな影響を与えたのか。誰の命を奪って、誰の命を救ったのか。それはお前はまだ確認していないんだろ?」

 俺は返す言葉を見つけられなかった。これまで頑なに拒んできた壁を、今まさにタケに崩されそうになっていた。

「お前が罪悪感を抱えるのはそれを確認してからにしろ。何も知らないのに勝手に自分のせいにするな」

 そう言われると無性に腹が立つ。だが彼の方が正しいというのも理解していた。俺は冷静になって少し考えてみることにした。俺はグラスを傾け、酒を一気に飲み干した。

「ヤス、お前酒弱いんだから無理すんな」

「ああ、わかってる」

 俺はテーブルに頬杖をついて、自分に正直になってみようとした。そうするには酒の力が必要な気がした。酔わないと真面目に考える気にもなれない。

 段々と体が熱くなってきた。頭が軽くなってきて、色々なストレスから解放された気分になった。俺は早くも酔いが回ったことを自覚した。

 

 正直、俺はもう腐っている。日々の生活の中でふとそう思うことがある。あの日が俺の全てを変えてしまった。それ以来、俺は自分のことが嫌いだった。罪の意識に絡まった俺は、自分を許すことが到底出来なかった。それは今も同じだ。

 もううんざりだ。こんな感情に悩まされるのはもう懲り懲りだった。でも自分をどれだけ正当化しようと、結局あの日の燃え盛る堺が頭から離れることはなかった。その度俺は自分を殺したくなった。

 そんな自分を変えようとは思っている。できれば思いっきり人生を楽しみたいとも思っている。その機会が今回の博物館の特別展なら、行かずしてどうしろと言うのか。しっかりと事実と向き合うことが俺には必要なんだと思う。


 もう大丈夫だ。普段なら堺に行くなど断固として拒否するだろう。だが今なら行くという判断も下せる。酔っぱらった俺なら、勇気ある決断が下せる。

「決めた。俺行ってやるよ」

 きっと明日酔いが覚めたら後悔しているだろう。だがこれがベストなことはいつ考えても変わらないことのように思う。

「よし。よく言ったぞヤス」

 タケは珍しく俺を褒めてくれた。そういったことが最近なかったからか、俺は最高に嬉しかった。こんな気分は久々だった。

「お待たせ〜」

 その時、マサが店内に入ってきた。着替えてから来たのか、格好はラフになっていた。彼は俺の隣に座った。

「もう来たのか?披露宴終わったのか?」

「いや、途中で抜けてきた」

「は?お前が披露宴の主役だろ。いいのか?」

 心配する俺たちをよそに、マサは気にせず笑い飛ばした。だが俺とタケも抜けてきた訳で、俺たちも偉そうなことは言えなかった。ただ一つ分かったことは、マサの奥さんがものすごく優しいということだ。

「で、ヤスも来るらしいぞ。堺市博物館の特別展」

「おお!これで3人揃ったな」

「マサも来るのか?」

「もちろん」

 仕事も人一倍忙しいマサをわざわざ大阪まで連れて行くことに抵抗はあったが、本人がいいと言うなら心配はないか。

「じゃあ来週の日曜。朝6時に東京駅集合で。新幹線は俺が取っておく」

 堺に行くのは1週間後となった。現実味を帯びると、なんだか怖い。特に俺とタケはそう思っているはずだ。俺たちに関する記述があってもおかしくはないのだから。

「俺ももう少し生きたかったなぁ。戦国時代で」

 思い返せばマサは戦国時代にタイムスリップしたその日に死んでしまった。だから俺たちがあの後どうなったかは詳しくは知らないはずだ。

 そういう意味で、3人の中ではマサが一番楽しそうにしていた。

「あれ、マサってなんで死んだんだっけ」

 タケは頭をひねる。

「うーん。なんでだっけなぁ。死ぬほど痛かったのは覚えてるんだけどな」

「死んだんだけどな」

 当の本人も思い出せない様子だった。

「まあいっか。今はこうして結婚もできて、友達もいて、幸せだし」

 マサは屈託のない笑顔を俺たちに見せた。その笑顔を見ると俺も幸せになれそうな気がした。

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