残した功績
第44話 光と影でござる
「マサ、結婚おめでとう!」
「ああ、ありがとよ」
「お前が結婚できるなんて思いもしなかったぞ」
「ハハハ。お前らも早くいい人見つけろよな!」
マサは俺とタケの肩をポンポンと叩いた。幸せそうな表情からは、彼の日常が充実していることも容易に想像がついた。
マサは俺たちのテーブルを離れると、花嫁さんの家族に挨拶をしに行った。その足取りは軽い。
「タケはいい人いないの?」
俺は身の丈に合わない豪華な食事を口に入れながら、何気なくタケにそう聞いた。
「5年付き合ってる彼女がいるんだが、まあもうちょっと待ってもいいかな」
「もう俺らも26とかだぞ。5年も付き合ってるなら結婚考えてもいいだろ」
戦国時代にタイムスリップしていた俺たちは、2年以上の月日を向こうの世界で過ごしていた。呆気なく死んだ俺たちは元々いた現実世界に戻され、新たな日常を営んでいた。
2年以上行方不明だった俺たちが急に戻ってきたことで、一時期マスコミは大騒ぎだった。俺やタケのもとには取材が殺到し、奇跡の男だなんて言われ方もした。もちろん、俺たちが経験したことを他の人に話すことはなかった。
あれから5年以上の月日が流れた今、たちの悪いマスコミにも解放され、俺たちはようやく平凡な生活を取り戻した。今日もこうやってマサの結婚披露宴に参加している。
「ヤス、お前はどうなんだ?まだ好きな人できないのか?」
タケがそういう言い方をするのには、俺たち3人にしか分からない特別な訳があった。
「……」
タケは短く溜息をついた。
「もうあのことは気にするな。お前のせいじゃないんだからな」
「……」
俺はあの事件以来、俗世からは目を背けて生きてきた。
その理由は簡単だ。俺が罪深き人間だからだ。綾さんだけではない。俺の間違った判断で日本中の人を不幸にした。尊い人の命をたくさん奪った。
燃え上がる堺の街を逃げまとう人たちの姿が、未だに忘れられない。時折夢に出てきては、俺を唸らせた。
罪悪感ほど重い荷物はない。俺は償えもしない罪を抱えながら日々を歩んできた。前を向くのが辛い。事情をわかってくれるタケやマサの支えがあってやっとここまで生きてこれたが、もう限界は近いように感じていた。
「ったく、おめえってやつは……」
タケはメインディッシュの羊肉を口にねじ込んだ。マサの結婚祝いに、ネガティブな話題は避けたかったのだろう。タケは俺にそれ以上そのことは聞かなかった。
「仕事は、順調か?」
「順調も何も、ただの公務員。毎日が作業の連続」
俺は都内の区役所で働いていた。給料は決してよくはないが、罪深き俺にはそのぐらいで十分だった。
「そっか、そうだよな」
「タケは?」
「まあまあってとこかな」
タケは無難に答えた。ほぼ毎日のように会っているから、話題はそれほど豊富ではない。2人ともこんな時間が続いても別に構わない。たまたま今日がマサの晴れ舞台ということで、楽しそうに喋っておかないとムードを壊してしまいそうな気がするだけだった。
「昨日のテレビ見た?」
「いや、見てないな」
「あ、そう。俺も見てない」
「見てねーのかよ」
「……」
2人とも努力はしたが、それ以上会話が弾むことはなかった。話すことも多少はあるかもしれないが、どれもセンシティブで今話すことではない。
「終わったら飲みいくか。マサと3人で」
「そうすっか」
結婚式の二次会に新郎だけを呼ぶのはおかしい気もするが、まあいい。どうせマサも誘ったら喜んで来るんだろう。あいつはそういう奴だ。
「お待たせー」
ちょうどそのタイミングで、マサが親戚への挨拶を終えて俺らのテーブルに戻ってきた。やけにニヤニヤしている。
「お前も来る?これから飲みいくんだけど」
タケは早速マサのことを誘った。
「あ、まじ?行くわ」
思った以上に即答だった。ま、当然といえば当然だ。
「おーい、ユミ!」
マサはお嫁さんを大きな声で呼んだ。ユミさんは忙しいところをわざわざ俺たちのテーブルまで来てくれた。改めて近くで見ると、とても綺麗な方だった。
「こちら、妻のユミです」
マサは少し照れた様子だった。
「主人がいつもお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。はじめまして、ヤスです」
結婚するという話はずっと前から聞いていたことだった。だがマサのお嫁さんに会ったのはこれが初めてだった。この一瞬でマサの存在が遠くなった気がして、少し切ない気がした。
「じゃ、また後で。店と時間だけ教えてくれたら行くわ」
マサと彼のお嫁さんは自分たちのテーブルに戻っていった。そして仲睦まじく食事を始めた。残された俺たち男2人は顔を見合わせ、苦笑いをした。
「マサの嫁さん、いい人だな。しっかりしてるし可愛いし」
「同感。マサにはもったいねーよ」
と言葉上では恨み節を吐きながらも、俺たちは彼らの結婚を祝福している。心の底から嬉しいことには変わりがない。
「羨ましいな、やっぱり」
タケは何気なく呟いた。
「うーん」
「なんだよその微妙な反応。羨ましいならそう言えばいいだろ」
「羨ましいも何も、俺はもう人を好きになる権利もないから」
俺はセンスの悪い自虐的な発言をした。だがタケはこういった類の発言が気に入らないタイプの人間だった。笑いにもならない、ただ場の空気が悪くなるだけの自分を蔑む発言を。
「馬鹿馬鹿しい。くだらねえ見栄張りやがって」
タケはそう言いながら、ケーキを口に入れた。とても高そうなデザートを彼は一瞬で平らげてしまった。
「ヤス、お前と真剣に話したいことがあるんだ。ちょっと早いけどもう飲み行くか」
「まだ披露宴終わってねーぞ」
「知らない奴の披露宴は途中で抜けにくいけど、マサのなら気を使うこともない。大丈夫さ」
タケは無理やり俺の手を引っ張ると、咳を立ち上がって出口に向かおうとした。
「流石にまずいだろ。いけるか?」
「余裕だっつーの」
タケは堂々と歩いて出口に向かう。あまりに堂々としすぎて周りの人もあまり気にしていない。
「マサ!先に行っとくぞ。場所決まったらlineする」
タケは出口付近のマサとお嫁さんのテーブルに少し顔を出して、披露宴を出て今から飲みに行くことを伝える。仲がいいとは言え、披露宴を抜けてまで飲みに行くのはマサも許さないと思う。飲みに行くなら終わってからが常識的だ。
俺は少し距離をとって様子を見守る。タケの強引さにはいつも驚かされる。
「了解。こっち終わったらすぐ行くわ」
俺の心配をよそに、難なく許可を貰ってしまった。親友の結婚式は最後までいたい気持ちもあったが、本人が良いと言うならまあいいか。
俺は渋々タケについて行った。
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