第40話 正義の善悪でござる

 タケの言葉は俺の胸にグサッと刺さって抜けなかった。

「タケ、お前正気か?」

「ああ、もちろん」

 タケは平然と答える。人を殺すことに躊躇いがない姿を見ると、もうこの時代に染まってきた証拠でもある。

「人を殺さずに全国を統一する。それが本当の平和だ」

 秀吉さんもうなずいた。俺たちはこの考えに基づいて生きてきたのだ。間違っているとは思わないし、何を言われようが考えを改めるつもりもない。

 どんな人の命は簡単に殺してしまえるほど、軽いものではない。

「ヤス、お前はマジで平和ボケしてるぞ」

 タケの言葉は刺々しい。俺はまた言葉で殴られたような気分だ。

「平和ボケ?どこが?」

「ヤスの考えは間違ってない。それは否定するつもりはない。だが、お前のやり方は間違ってる」

「どういうこと?」

「お前のやり方は甘いんだ。だから今回もここまで追いやられたんだ」

 ぐうの音も出ない。確かにそれは否定できない。

「お前は正しいことをしてる。だがそれは決して正義じゃない」

 タケのその発言の真意は、俺にはすぐにはわからなかった。正しいことをするのと、正義を貫くのは違うことなのだろうか。

 俺はただ黙り込んでしまった。タケの真面目な顔を見ると、大事なことを言っているようにも思えた。

「正しいことをするということは、ただルールという道に沿って回り道をすることだ。しかし正義を貫くということは、時に倫理的には間違ったことをしながらも、目標を達成するために自ら道を切り開いて進むことを言うんだ」

「いや、でも……」

 俺は正直納得がいかない。彼の意見は、正義を貫くためには多少の犠牲は仕方がない、ということだ。そんなものは言い訳に過ぎない。いくら正義のためとは言え、間違った選択をすべきではない。

 彼の意見がまかり通ったら、戦争だって正当化できてしまう。正義のためだ、そう言ってしまえば全てが許されることになるのだから。そんな世の中は駄目だ。模範となるべきなのは、正義を突き通す人間ではなく、正しいことをする人間だ。例え遠回りでも、いずれその道はひらけるのだ。

「タケの考えは前時代的だ。人を殺すことを正義だなんて言わせない」

「物分かりの悪いやつだな、お前と言うやつは」

 俺とタケは真っ向から対立した考えを持っていた。秀吉さんは俺たちの言い合いを横で見ていた。

「じゃあヤス、思い出してみろ。小学生の頃なんのアニメを見てた?」

 彼は突然、そんなことを言い出した。突拍子もない発言だったので俺は少し驚いた。

「なんだよ急に」

「いいからさっさと言ってみろ」

「アンパンマンとか、ドラえもんとかかな?」

「じゃあウルトラマンとか、仮面ライダーはどうだ?」

「ああ、確かに見てたな。懐かしい」

 そう俺が答えると、タケは俺を指差した。

「それみろ」

「ん?何が言いたい?」

「今出てきたのは俗に言う正義のヒーローってやつだ」

「わかってるよ。それがどうしたって……」

 俺はそこまで言って、正義のヒーローの本性に気がついてしまった。少年の頃は楽しく見ていた彼らも、言い方は悪いが暴力を使う。

「な?俺の言いたいこと、わかったろ?」

 俺が今まで見てきた正義のヒーローは皆、悪人や怪獣を戦うことで解決してきた。戦うことで大事なものを守っていた。俺はその事実に改めて気づいて、初めて自分の考えの安直さを知った。

 正義は果たして良いことなのか、否か。アンパンマンは細菌男を空の彼方まで殴り飛ばす。ドラえもんはいじめっ子を未来の道具でいじめ返す。ウルトラマンはデカイ怪物を散々殴った挙句、変な光線で焼き尽くす。仮面ライダーは怪人を蹴り飛ばす。

 そんな彼らの姿を見て俺は育った。彼らのことを非難するつもりもないし、嫌いになることもない。

 だが俺は迷った。いざ自分が正義を貫く身になると、間違っているのではないかと立ち止まってしまう。

「今までのお前は正義から逃げてきただけだ。正しいことしていると言うことを盾にして逃げてきただけだ」

 タケは畳み掛けるように俺にそう言う。今となればその批判も理解ができた。まさに彼の言う通りだ。一語で表すならば、これまでの俺は偽善者なのだ。

 俺は人を傷つけたくなかった。それは今も変わらない。でもだからこそ、戦をせずに日本を統一しようと励んできた。民主主義の理念を用いて、話し合いという手段を使って平和をもたらす。これが俺の目指してきた答えだ。

 だがそれを夢見るあまり、いつしか俺は戦を避けることだけに夢中になっていた。争い事はすべきではない。戦をしなければ、いずれ神様が俺たちを救ってくれるかもしれないと願っていた。

 無論、そんなことはなかった。だからこうして今も織田信長に追い詰められ、生と死の瀬戸際に立たされているのだ。

 今までの自分を否定するつもりはさらさらない。ただ、今こそ正義を貫くべきだ。血を流さないのがベストだという理想論は捨て、人々を恐怖に陥れる織田信長を消さなければならない。織田信長を殺すことが俺の正義なのだ。

 それこそ、俺が今出せる最善の答えだ。それが日本の平和につながるなら、躊躇う必要はないだろう。まして罪悪感を感じることもない。

 倫理的には間違っている。しかしこれは正義だ。アイアンマンだってスパイダーマンだってそうしてきたんだ。俺の行動で日本が救われるなら、人を殺す罪など一身に背負って見せる。そう俺は決意した。心を決めた。

「わかったよタケ。お前の言う通りにする」

 俺はタケに胸の内を明かした。

「そうか」

 タケはうなずいた。

「ヤス殿、それでいいのでございましょうか」

 秀吉さんは俺に聞いた。

「はい。全ては堺、いや、日本のためです」

「かしこまりました。ヤス殿がどんな決断を致しても、某は最後までヤス殿のお力になるべく、お仕えさせて頂きまする」

「あ、ありがとうございます」

 正直、秀吉さんにそう言われて、申し訳ない気持ちが芽生えた。自分勝手な気がしたのだ。しかし彼もまた俺やタケと同じように、正義を貫く心があればきっと問題はないはずだ。

「ヤス、わかってると思うがチャンスは今しかない」

「ああ」

 わかってる。まさかタケはこちらに寝返ってるとは信長も思うまい。それを考慮すれば、今タケの軍が織田軍に奇襲を仕掛けるのが、最善策と見受けられる。

「俺の軍は1000人ちょっととそしてお前と秀吉さんだ。対する織田軍は1万強といったところだ」

 胸がゾクっとするのを感じた。息も乱れた。10倍以上の兵力だ。普通に考えれば死ににいくようなものだ。俺は一瞬それを恐れてしまった。

「もちろん覚悟はできてるよな?死ぬ覚悟」

 俺は大きく息を吸った。全ては堺のため、日本のため。今後何十年、何百年、何千年と続く争いの時代を1秒でも早く終わらせるのには、ここで俺が頑張るしかない。例え死んでも、きっと無駄じゃない。絶対無駄じゃない。

「大丈夫だ。やってやろうぜ」

 腹の奥底から声が出た。これほど素早く死への覚悟ができるのは、きっと大切な仲間がいるからだ。きっと1人では何も行動できていなかっただろう。

 あれ、こんなにも俺って決断力あったっけ。そう思うとなぜか笑えてくる。

「秀吉さんは?」

「某も問題ございませぬ。武士とはそう言うものでございまする」

「じゃあ全員大丈夫だな」

 なぜか死が恐ろしいという気持ちはなくなっていた。むしろ時代を切り開くワクワク感が強く存在している。もはや俺でいて俺ではない心地がする。

「決行は……、そうだな、2時間後にしよう。それまでに用意や最後の挨拶を済ましておいてくれ」

 最後の挨拶、彼は確かにそう言った。俺は一息ついてから、パン屋に向けて足を進めた。大事な人に最後の挨拶をしなくてはならない。

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