第34話 作戦会議でござる

「これより、会合衆の緊急会合を始めまする。礼」

 俺たちは朝イチから集まって、作戦会議を開いた。塩屋さんの代理で、会合衆のトップになった山下宗二さんが号令をかけ、その会合は始まった。そして、その場で俺と秀吉さんは特例で会合衆に途中加入することが決定した。

「では早速、織田方の状況はどうなっておる」

「はっ。今のところ大きな動きはありませぬ。ただこちらの状況はおそらく織田の耳にも入っている頃かと」

 担当のものがそう話した。徐々に織田の影が近づいているようだ。

「分かり申した。では続いて、ヤス殿。織田対策は思いつき申したか?」

 俺は山下さんに話を振られた。

「はい。なんとか」

「どんな策でございますか?やはり戦は避けられないのでございますか?」

「わかりません。ですがこれが最善の策だと自負しています」

 俺は昨夜、綾さんに描いてもらった一枚の紙を広げて見せた。

「これは、上杉家の家紋でございますな」

 それを見た秀吉さんがそう呟いた。

「はい。まだあります」

 俺は持ってきた全ての絵を床に並べた。どれも全国の様々な武将の家紋が描かれている。兼続くんの絵を元に、綾さんに大きく書き写してもらったのだ。

「武田家、北条家、伊達家、それにこれは三好家、浅井家....」

 当の俺はどれがどれだか全くわからないが、それは今となってはどうでもいい。この家紋が鍵なのだ。いや、正確には武士が戦をする時に持っている、家紋が書かれたあの軍旗がポイントなのだ。

「これが一体、何なのでございますか?」

 秀吉さんは俺にそう聞いた。

「もし我々の陣にこの旗が立っているのを見たら、織田はどう思いますかね?」

 俺は手元にあった一枚を手に取って、それを軍旗のようにヒラヒラと振ってみせた。会議の場が一瞬、静まりかえった。変な注目を浴びている気がした俺はその紙を元に戻した。

「それは、堺が他国に援軍を要請する、ということでございますか?堺の兵は使わず、他国から借りた兵で戦うということでございますか?」

 山下さんは疑い深くそう聞いた。

「いいえ、援軍は借りません。旗印だけを借りるんです。旗を陣の中に立てて、狼煙のろしを焚いていれば、まるで援軍がいるかのように見えると思うんです」

 またもや会場がシーンとなった。秀吉さんも首をひねっている。あまり伝わっていないらしい。

「旗だけでいいんです。織田側に援軍を呼んでいる、と見せつけるのが目的なんです」

 俺は追加の説明を余儀なくされた。だが、そこまで言うと、何人かは理解してくれたようだった。

「なるほど。確かに織田も大量の援軍が、しかも色々な勢力からの軍が堺にいるとなれば、撤退してもおかしくはないはずでござる」

 秀吉さんは納得してくれたようだった。だが、山下さんの印象はあまり良くはない。

「しかし、そう上手くいくとは思えませんな。織田軍は連戦連勝。いくら援軍がいるように見えたとて、織田の戦う姿勢は変わらないと思われますが」

「もともと堺には軍も存在しませんし、周りには織田に圧力をかける大国もありません。織田軍は我々を舐めきって、いつもよりかなり少なめのはずです。信長も馬鹿ではありませんし、実力差が有ると感じれば攻めてはこないと思います」

 俺は彼に反論した。すると彼は腕を組んで考え始めた。

「あとは援軍を呼んだ、という偽情報を流せば完璧かと」

 先程とは打って変わって、会議室はとても騒がしくなった。様々な意見が飛び交い、激しい論争が巻き起こった。意見を擦り合わせることは、この場においては何よりも大事だ。

「そもそも、こんな作戦のために軍旗を貸してくれる大名はおらぬぞ」

 端の席に座っている人は鋭い口調で俺にそう言った。

「借りるのは旗印の図面だけです。あとは堺で作れば良いんです」

「堺にとっては良い話かもしれんが、旗印を貸す大名にとっては、何の得もないのじゃ。利益なしに大名が協力してくれるとは思えん」

 その隣の人も、俺に冷たい視線を送ってくる一人だった。そして痛いところを突く質問だった。正直、そこまでは考えてはいなかった。俺はしばらく考えて、自分なりの答えを導き出す。

「織田は今や一番勢いのある勢力です。それをよく思わない大名も多いはずです。敵の敵は味方。そう言って説得するしかありません」

 説得力に欠ける説明だったのかもしれない。あまり雰囲気は良くなかった。

 俺はずっと黙っている山下さんを見た。彼はずっと一人で考えていた。険しい顔は終盤になるまでずっと変わらなかった。彼は突然立ち上がった。

「皆の意見はよくわかり申した。一旦、某の意見も聞いてはくれぬか?」

 彼がそう言うと、飛び交っていた意見はピタッと止み、全員が彼の方を向いた。

「正直に言おう。某はヤス殿のやり方には反対でござる。手口は強引でござるし、負けを先延ばしにするだけじゃ」

 そう言われるのもわかる。そんな不十分な作戦だ。机上の空論に過ぎない可能性もある。批判をくらうことも頭の中ではわかっていた。でも俺は少し肩を落とした。やはり人から言われると落ち込んでしまう。

 だが、彼の話はまだ終わっていなかった。

「しかし、冷静に考えなければならぬ。ヤス殿のやり方意外、いい方法があるのでございましょうか。いいえ、ござらぬ」

 俺の意見に反対していた人も、山下さんの言葉を聞いて少し前向きな顔つきになった。

「今は最高の案を出すよりも、最善の案を出す必要があるのだ。つまりは、ヤス殿の考えを最善と言わずとして、何を最善と言うのか」

 熱意のこもったスピーチのおかげで、満場一致で俺の作戦が実行される運びとなった。そうと決まれば、早速行動に移す。それが会合衆だ。細かい所を修正し、入念に計画を立てる。

「とりあえず、模倣でも良いのでそれっぽいものを出来る限り作りましょう。各大名の許可を得るのは後でも構いません。最悪許可が下りなくても、バレなければ大丈夫ですから」

 旗印のデザインは秀吉さんや、その他の元武士の方に聞けばわかる。模倣品などいくらでも作れる。

 だが、問題となったのは製作期間だ。織田がいつ来るかも分からない状況だ。一刻も早く作らなくてはまずい。

 それに、かなりの数がないと援軍を呼んでいないことがバレる。中途半端な数の軍旗がちょろちょろあったとしても、それはただの茶番にしか見えない。

「西の職人は上杉家、東の職人は武田家、北の職人は浅井家、南の職人は三好家」

 堺を大きく4つに分け、どこにいる職人が何の旗を作るのかも明確にした。出来るだけ織田と敵対する勢力を選び、織田に圧力を加えたい。


 数時間にも及ぶ会議は無事に終了した。早速俺たちは街中を回り、直接職人にお願いをしてきた。優しい彼らは、堺のため、と素直に引き受けてくれた。


 俺がパン屋に帰り着いたのは、日が暮れて夜を越し、朝日が見えてきた頃だった。2日続けてほとんど寝ていない俺にとっては、その太陽は明るすぎた。もうまともに目が開けられない。そして一晩中歩き続けたせいで、足はこれまでになくパンパンだった。

「ただいまー」

「お帰りなさいませ、ヤス殿」

 店頭にいた祐太郎さんは、俺のおぼつかない足元を見て、肩を担いでくれた。そのままリビングに連れて行ってくれた。

 畳に寝転がった俺は、ふーっと大きく息を吐いた。とんでもなく疲れてしまった。体が動かない。しばらくはこうしておこう。

「向こうの部屋に朝ごはんをご用意しております。もし良ければ、お食べください」

「ありがとうございます。少し休んでから食べます」

 俺は祐太郎さんの気遣いに感謝しつつ、寝返りを打った。その瞬間、俺はとんでもない睡魔に襲われた。そのまま目を閉じてしまった俺は、なす術なく畳の上で眠りについた。

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