第26話 堺の未来でござる

 1つ目の驚きは、選挙が乗っ取られてしまったこと。

 2つ目の驚きは、利休さんが俺たちと繋がっていたことがバレたこと。バレていなければ今頃利休さんは会合衆の一員になれていた筈だ。

「嘘でしょ?」

 綾さんは俺らの結果報告を聞くなり、そう言った。俺も同じ気持ちだ。

 改めてこの時代の恐ろしさを知った。令和の時代にこんな大胆な不正はできないだろう。だがこの時代では簡単にまかり通ってしまう。

「すいません。今日はもう寝ます」

 俺はそう言った。

「ですが、まだ晩ご飯が……」

「ごめんなさい。もう食べる気にもなれなくて」

 俺は助丸さんの心配を振り切って、先に宿へと帰った。足取りはひどく重かった。雨で濡れた着物のせいか、怒りのせいかはわからなかった。

 俺は自分の部屋に帰ると、すぐ布団に入った。1人になると、ますます頭に血が上ってくる。

「クソが……」

 俺は歯を食いしばった。指の爪が皮膚に刺さるまで、拳に力を入れた。それでも俺はあいつらが許せなかった。まんまと騙された自分が許せなかった。

 俺の政治家人生はもうこれまでだ。あっという間だった。少しは堺のため、日本のため、未来の世界のために役立つことをしたかった。だがその夢は呆気なく弾けた。はじめの一歩すら、踏ませてもらえなかった。

「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 一瞬、俺はそれが自分から出た声だとわからなかった。気付いたら俺は勝手に叫んでいた。握りしめていた拳を開いたら、掌から血が出ていた。俺はその血を布団に擦りつけた。一部が真っ赤に染まった。

「はぁはぁ」

 横になっているだけなのに、息が上がってきた。俺の意思に反して、呼吸の回数が段々と増えていく。ついには、それが止まらなくなってしまった。胸が痛くなってきて、呼吸をしている筈なのに息苦しくなってきた。

 俺はあまりの辛さに、布団の上でうずくまってしまった。

「だ、大丈夫!?」

 綾さんは俺の部屋の戸を勢いよく開けた。彼女は俺を見ると、すぐに俺のそばへ駆け寄ってきた。

「もしかして、過呼吸!?」

 俺は返事ができない。うなずくのが精一杯だった。

「誰か!誰か来てー!!」

 彼女は必死に助けを求めた。でも誰も来ない。まだ他の人はパン屋にいるのだろう。

「1回落ち着いて、落ち着いて」

 彼女は何度も俺の背中をさすった。俺の呼吸が落ち着くまで、何分も。正しい治し方がわからないので、俺たちはそうするしかなかった。過呼吸になったのは生まれて初めてだった。

 でも、しばらくすると俺の呼吸は落ち着いてきた。彼女の顔を見ていると、自然とゆっくりと落ち着ける気がした。次第に俺は体が楽になってきた。

「ありがとう、もう大丈夫」

 俺は彼女に礼を言った。彼女はまだ心配そうに俺を見つめた。

「心配だからしばらくここにいる」

 綾さんはそう言って、俺が何を言おうがパン屋に帰ろうとはしなかった。

「ごめん綾さん、1人にしてほしいんだ」

「……わかった」

 綾さんは少しの間悩んで、そう答えた。しかしあまり納得のいかない表情をしていた。

「ありがとう」

 俺が礼を言うと、彼女は立ち上がってゆっくりとその場を離れた。しかし、ここでまた一人になってしまうと、果たして俺は自分を許すだろうか。自分を責めて、自分を傷つけることしか、今の俺の頭にはない。

 このままでは駄目だ。俺は1人になってはいけない。できれば綾さんと一緒にいたい。

「待って」

 綾さんが戸を閉めようとしていた瞬間、俺は耐えきれず彼女に声をかけた。

「何?」

「ごめん。やっぱり、ここに居てほしい……」

 俺は自分がおかしなことを言っていることはわかっていた。我がままなのも知っていた。

 彼女は振り返って俺を見た。その目は俺に何か言っている。怒っているようにも、ホッとしているようにも見えた。彼女は無言でまた部屋に入ってきて、先ほどまで座っていた場所にまた腰を下ろした。

 俺は彼女が戻ってきてくれて嬉しかった。近くにいるだけで安心感が違う。

 

 そのまま、何時間ずっと一緒にいただろうか。俺は知らぬ間に眠りに落ちていた。相当、精神的にも疲れていたのだろう。夜中に目覚めると、周りには誰もいなかった。俺は布団から起き上がった。

 寝る前にあったあのイライラした感情はもうなかった。随分と気が楽になって、落ち着けているみたいだ。だが状況は何も変わっていない。俺は堺の政治から追い出されたままだ。これからまたどうにかしなければ。これだけで泣き寝入りするほど俺は弱くない。もっと強くありたい。

 俺は大きくあくびをした。まだ眠いし、もう少しは寝れそうだ。動き出すのは明日、目覚めてからとしよう。


 それにしても、驚いた。塩屋さんが向こう側の人間だなんて。前までは一緒に堺をより良くしようと話し合うような人だったのに。かなりガッカリだ。しかも彼は最初に名前を呼ばれた。主犯格であることは、ほぼ間違い無いだろう。

 ここからの逆転勝ちは可能なのか。このままでは堺はさらに悪い方向に進んでしまう。俺がその流れを断ち切らなければならないという使命感も、まだ息はある。

 俺はここで1つ疑問に思った。本来なら、堺はどうなってしまうのだろう。史実通りになるのなら、堺はどんな運命が待っていたのだろう。

 高校では理系。社会科では唯一、地理を選択していた。だから俺の歴史の知識は中学校で習ったものだけだ。決して詳しいわけでは無い。分かる範囲で考えてみよう。それが俺のすべき事のヒントになるかもしれない。

 教科書で言うと、堺という都市は安土桃山時代、つまり戦国時代のところに出てきた。商売が繁盛した街と書いてあった気がする。それは俺が今肌で感じているのと同じだ。

 次に堺が出てくるのは、江戸時代になってからだ。確か「天下の台所」かなんかと言われていた筈だ。いや、それは確か堺ではなく、大阪だった気がする。まあ、とりあえずは一緒と考えていいだろう。堺は大阪の一部だ。

 しかし江戸時代の大阪は自治都市であった、という記述はなかった気がする。ということは、堺が自治都市であったのは、安土桃山時代だけだったということになる。

 つまり、堺はどこかの大名に吸収されてしまったのであろう。妙な気持ちだが、そう考えるしかないだろう。

 いや、待てよ。果たして今は西暦何年なんだ?関ヶ原の戦いがちょうど1600年だったのは記憶にある。逆にそれ以外は全く覚えていない。俺がこの時代に来たばかりの時、桶狭間の戦いがあった。あれが何年なのかが分かれば、今俺たちがどこにいるのかもハッキリするだろう。

 でも肝心なことが分からない。誰が、いつ、どうやって、堺の自治を終わらせてしまうのだろう。今攻めに来られたら、堺は一溜りもない。軍はもちろんないし、政治もこの感じでは全く駄目だ。


 ここまで考えてようやく暗闇の中から何かが見えてきた。堺が生き残る希望の光が見えてきた。やや強引かもしれない。あまりにも浅はかで無鉄砲な考えかもしれない。だがやるしかない。

 俺は全国を統一する。それは以前から何も変わらない。刀は使わず、この民主政治の力で俺はそれを成し遂げて見せる。民主政治。それは以前にはなかった新しい発想だ。堺はその出発点となるだろう。この不安定な戦国の世に平和をもたらす。それが、俺がここに来た使命だ。

「ヤス殿。お目覚めですか?」

 俺が気持ちを切り替えて、自分のすべきことを再確認していると、秀吉さんが戸を開けて俺の見ていた。

「はい。今、今後どうしようかと考えていて」

「そうですか。では、また明日、お聞かせください」

「わかりました」

「落ち込んでいたのかと思いました。元気そうで何よりでございます」

「いえいえ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 俺はまた布団に寝っ転がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る