第25話 不正行為でござる

 青い空に、白い雲。太陽が燦々と照りつける。残暑が厳しい日だった。

 投票は無事、終了した。予算や安全面の影響で会場は1つだけだったが、堺の人口規模や大きさなども考慮すれば問題はなかった。結果、大勢の人が来てくれた。

 人の意見を聞くことが選挙の役目だ。投票する人々の姿を見ていると、俺は自分の成し遂げたことに胸を張れる気がした。まだ選挙だけなのだが、これからもきっと俺は人々の役に立てるだろう。

 人事を尽くして天命を待つ。やるべきことは全てやった。あとは運に身を委ねるだけだ。

「では、これから開票致す」

 その掛け声と共に、5つある投票箱が開けられて、中から大量の紙が出てきた。それを無造作に机の上に並べ、一枚一枚カウントしていく。俺ら立候補者はそれを横から見守った。不正を働く可能性があるので、俺たちは票には触れられないが、その緊張感は俺にも十分伝わった。


 3時間、その作業は続いた。やがてその時は訪れた。俺の中ではその3時間はあっという間だった。

「結果を発表致す。立候補者は、前へ」

 俺たちは投票箱の前に一列で立たされた。先程とはまあ違った緊張感が、俺の胸に立ち込めてきた。だがそれを吹き飛ばすように、大きな雷の音が堺の街に轟いた。音は随分と大きい。近くに落ちたのだろう。

 そして数秒後、大粒の雨が屋根を叩く音が建物内に響き渡った。午前中に晴れていたのが嘘のように、ジメジメした蒸し暑さが俺の体力を奪う。

「では、投票数が多い順から発表致す。25名中、10名が見事当選じゃ。晴れて明日から会合衆じゃ」

 天候にケチは付けられない。俺は深呼吸をした。自分の気持ちを抑えるためだった。それせ少しは落ち着くと思ったが、なかなか心拍数が下がらなかった。

「1人目……」

 いきなり俺の名前が呼ばれるかもしれない。胸に期待が膨らむ。

「塩屋宗悦殿」

 俺は少し動揺した。正直、自身はかなりあったのだが。だがまだ1人目だ。俺の2、3人隣にいた塩屋さんは、深々とお辞儀をした。笑みを浮かべるわけでもなく、ただ真顔であった。

「次、紅屋宗陽殿」

「次、今井宗久殿」

 次々と名前が呼ばれていく。だがその名前は、有力商人のばかりだった。俺は急に焦り始めた。俺は秀吉さんの方を見た。彼は深刻な面持ちで床を見つめていた。

「次、茜屋宗左殿」

「次、山上宗二殿」

「次、松江隆仙殿」

 俺の名前は呼ばれない。

「次、高三隆世殿」

「次、油屋常琢殿」

「次、津田宗及殿」

 そして最後、残り1人だ。

 正直、ここで俺が両手を合わせてどれだけ神様にお願いしようと、結果は変わりそうになかった。ここまでで、堺をより良くしたいという民主派の人は、誰も当選していなかった。皆、お金にものを言わせるような権力者ばかりだった。

「これで最後でござる。天橋日母殿。以上でござる」

 最後の人が呼ばれた。だがそれは俺ではなかった。俺はその場で膝から崩れ落ちた。信じられなかった。

「お、お待ち下され!」

 俺の隣にいた秀吉さんが、大きな声で叫んだ。俺は彼を見上げた。彼もまた、落選した。

「何を待たなければならんのだ。お主は落選したのじゃ。負け犬が騒ぐでない!」

 そう反論したのは塩屋さんだった。俺は彼に随分とお世話になった。だから俺は知っている。彼はそう言うことを言う人間ではない。彼は人を下に見るような悪い人間ではない、そう思っていた。

 だが今の彼は違う。秀吉さんを怖い顔で睨み付けていた。彼はまるっきり人間が変わってしまったようだ。

「この選挙は不平等でござる!」

「うるさい!民衆の本当の意見がこの結果なのだ。どこが不平等なのじゃ!黙りなされ!」

 彼らは激しく言い合った。

「民衆がお主のような奴等に票を入れる訳がなかろう。少し考えたらわかるじゃろう」

 秀吉さんは強気に言い返した。

「ならばお主に何票入ったのか、教えて差し上げようではないか」

 塩屋さんは係りの者に目をやった。係りの人は書類を見て、半笑いで答えた。

「1票も入っておりませんが、秀吉殿。面白いですな」

 俺は衝撃を受けた。まさかそんな筈がない。話術に長けた彼が0票?あり得ない。彼の演説には大勢の人が集まっていて、候補者の中でも随一の人気だったのだ。

 

 この状況で1つ大きな収穫があるとするならば、それは俺が確信できたことだろう。俺たちがハメられたということに。こんなものは選挙でもなんでもない。民衆の投票は全て無意味。ただ金と権力を持った人間が政治を乗っ取ったのだ。選挙という公平な手段を悪用したのだ。

「ちなみに、安田健太殿も0票でござるよ。さらにはあの有名な茶人の、千利休殿も0票でございますよ」

 その発言に対し、当選者たちは大きな声で笑った。中には指を刺してくる奴もいた。怒りを通り越して、俺も思わず笑ってしまいそうになった。こんなにも腐った人間がいるものなのかと、改めて俺は驚いた。

「では某は帰る。行くぞ、ヤス殿、利休殿」

 俺たち三人は、早々とその会場を後にした。今何を言っても彼らには通じる気がしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る