第24話 選挙でござる

 選挙制度の導入が、当日中に発表された。街のあらゆる掲示板に、その詳細などが公開された。堺は一時騒然とした。喜び舞い上がる人もいれば、よく思わない人もいた。だがその混乱も数日でなくなった。

 立候補者の募集にも25人が名を連ねた。元会合衆の俺、秀吉さん、塩屋さん、利休さんなど、知り合いも多く立候補した。

「安田健太と申します!よろしくお願いします!」

 街頭演説とでも言うのだろうか。俺は堺の中心部で、連日選挙活動を行なっていた。手応えは良い。俺や秀吉さん、利休さんは選挙制度を導入した張本人な訳で、市民の心証も悪くはなかった。だが問題は、一部の武士や商人たちだった。

「おい!てめえ調子に乗りやがって!」

 しかしそう言う人の殆どは、俺の話をしっかり聞いてくれる。そして最終的には俺の考えが悪くないことに気づいてくれる。何も民主化というものは武士や商人を排除するものではない。むしろ経済が回る事で更なる利益を生むかもしれない。そう伝えると、彼らは納得するのであった

「何もかもお前の好きなようにはさせんからな!」

 投票日まであと数日という時に、そんな言葉が俺の耳に飛び込んできた。その日もいつもと同じように演説をしていた。だがいつもの罵声とは声色が少し違って聞こえた。脅しではない、本気だ。声だけでそんな印象を受けとると、恐ろしく鳥肌がたった。

 俺はそいつの方を見た。武士ではなさそうだ。刀も持っていない。有力商人か、もしくはなんらかの権力者か。服装だけでは分からない。

 そいつは俺の演説中、後ろの方からずっと見ていた。いつもなら俺の考えを理解してくれる場合はほとんどなのだが、この人は違った。肉食動物が獲物を狩る時のような目つきで俺を終始見つめるのだった。俺はその男に恐怖心を植え付けられた。

 その日のうちにこの件のことを秀吉さんに報告した。

「あー、あの輩でございますか」

 秀吉さんもそいつを知っていた。聞くところによると、彼の演説にも姿を見せていたそうだ。その事実もまた恐ろしい。

「確かに、かなり変な奴でございましたな」

 彼も同じ印象を抱いているようだった。

「いつもの罵声とは何か違った気がするんです」

「と言うと、どういうことじゃ?」

「本気だったんです。ただの罵声ではありません」

 秀吉さんは深く、何度もうなずいた。

「言われてみれば、そんな気もしますな」

 順調に行けば、当選できる。そう思っていたのは昨日までで、なぜか今日はそんな気にはなれなかった。何か恐ろしいことが起こってしまうかもしれない。そう思うと不安で仕方がなかった。

 

 翌日、奇妙なことが起こった。掲示板に貼ってあった俺と秀吉さんのポスターの数枚が破られていた。悪質や嫌がらせだった。例の男がやったかどうかは分からないが、その可能性は大いにあるだろう。

 俺は複雑な心境を抱いた。何が問題で俺の邪魔をするのか。基本的には俺の政策を行ったところで大きな損害を出す人はいないはずだ。誰が俺を恨んでいるのだろう。しかも殺してしまいそうな眼差しを俺に向けるほどだ。

 これは何か複雑な事情が噛み合っているのかもしれない。だが現時点で俺にそれを知る術はない。


 それから数日がたった。

「ヤス殿、いよいよ明日でございますな」

「はい」

「もしや、緊張なさってるのですか」

「まあ、多少は」

 正直、1ヶ月前と比べてかなり緊張している。これから俺が進める民主化は、誰にとってもプラスなものだと思っていた。実際、そうやって日本は成長してきた。一部を除いて、他の国もそうだ。

 でも、この戦国時代と現代では訳が違う。この一見完璧と思われる制度にも反対勢力がある。それがどういう人達なのかは分からない。できれば彼らの意見もじっくりと聞いてあげたかった。

 そういう意味では、この選挙はどちらに転ぶかわからない。その反対勢力が大きければ、俺や秀吉さんの負けだ。俺らは敵のサイズを知らないまま勝負をする事になる。そういうことだ。一種の賭けとも言えるだろう。

 だが今更どうこう言っても仕方がない。運命の日は明日だ。明日、この堺の会合衆が決まる。当選していれば、俺はこの堺をより良くする。それだけの話だ。

 俺はその夜、じっくり寝た。思った以上にすっきりと寝れた。

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