第22話 転機でござる

 あれから1週間がたった。だが千利休さんが姿を見せることはなかった。元々、会合衆の一員なのにも関わらず、北庄経堂に来ることも少なかったらしい。このままでは彼の賛同を得られない。

 俺らはとにかく待つこと以外にすることがなかった。塩屋さんに相談する案も出たが、彼のお金持ちの商人だ。選挙を実施すれば自分も失脚するのではないかと思い、きっと反対するであろう。

 正直、もどかしい気持ちはある。出来るだけ早く堺に完璧な民主政治を導入したい。だがその改革は必ず人の反感を呼ぶ。それ故に慎重にならざるを得なかったのだ。


 その日の仕事は遅くまでかかった。くだらない事務作業を永遠と繰り返す。夜が更けた頃に終了した。俺と秀吉さんは北庄経堂に泊まっていくことも考えたが、綾さんたちを不安にさせてもいけないので、松明を片手に宿に帰ることにした。

「もう暫くの辛抱ですぞ、ヤス殿」

 秀吉さんは毎回、俺にそう言う。わかってはいる。今は待つことが最善だと。しかし、頭ではわかっていても、俺自身は段々と苛立ってきていた。

「もし選挙が行われたとして、本当に民主化は成立するのでしょうか」

「それは今考えるべき話ではないぞ、ヤス殿。今は目の前のことに集中致せ」

 不安材料は一向に減らなかった。むしろ増える一方だった。ため息をつきたくなる日々だった。

 しばらく人の姿がない大通りを歩くと、パン屋だけ灯りが消えていないことに気付いた。宿はもう少し先なのだが、気になってパン屋に近づいてみると、中から人の声が聞こえた。

「ヤス殿、秀吉殿!随分と遅くなりましたな。お待ちしておりましたぞ」

 店の中に入ると、裕太郎さんが俺らに気がついてそう言った。もう普段は寝ている時間なのに、彼らはまだ店に残っていたのだ。俺と秀吉さんは顔を見合わせて驚いた。

 俺が奥の部屋に行くと、綾さんや権兵衛さん、助丸さんもいた。彼らはテーブル越しに会話を弾ませていた。

「あ!やって帰ってきたんだ!」

 綾さんは俺に気づくとニコッと満面の笑みを見せた。何かいいことでもあったのだろうか。そうでもなければ、この時間まで俺らが帰ってくるのを待っている理由がない。

「ささ、お座りください」

 俺と秀吉さんは言われるがままに座った。裕太郎さんはお茶を入れて持ってきてくれた。

「何事じゃ?」

 秀吉さんは不思議そうに彼らを見ている。俺も同じ気持ちだ。一体何があったのだろう。

「では、綾殿、ご説明をお願い致します」

 助丸さんは綾さんに軽く一礼した。

「はい。ヤスくん、秀吉さん。いい知らせがあります」

「おお」

 突然のかしこまった発表の仕方に、俺は余計にドキドキした。

「先日も話題になっていた千利休さん、今日、お店にいらっしゃいました!」

「え!?」「え!?」

 俺と秀吉さんは全く同じタイミングで全く同じリアクションをとった。そのぐらい驚きに溢れた出来事だったのだ。あれだけ探しても見つからなかった千利休が現れたのだ。しかもこのパン屋に。これは俺らにとって大きな一歩なのだ。

 だが驚きの事実はこれで終わりではなかった。

「実はまだ先があるの」

 綾さんは続ける。

「彼は明日もここに来ます」

「ん?どういうこと?」

「実は今日、千利休さんのお茶をうちで販売して欲しいと相談に来たの。それで明日も相談にいらっしゃることになったの」

 千利休のお茶を、このパン屋で販売?どういうことだ。彼のお茶は一級品だ。綾さんのパン屋の協力を得ずとも十分儲かっているはずなのだが……。

「もちろん詳細は明日決める。でも千利休さん的には茶葉や茶道の道具とかを並べて欲しいらしい」

 ますます千利休さんが何を考えているか分からなくなってくる。だがこれが同時に俺らのチャンスかもしれない。

「秀吉さん、これを良い機会にできませんかね?」

「そう。私たちもそう思ってこの話をしたの」

 綾さんも俺と同じように考えていた。秀吉さんはうーんと頭を悩ませた。

「つまり某たちは、千利休が金に困っているという弱みを握ったわけじゃな」

 秀吉さんはゆっくりと喋りだす。

「お茶の出品を認める代わりに、選挙に賛同させる。これはどうじゃ?」

 駆け引きをするというわけか。面白い話だ。だが、あの千利休がこの話に乗るだろうか。あまりに単純すぎる気がするのは俺だけなのか。

「千利休さんが選挙をやって得することはございますか?いくらお茶の出品が認められても、選挙で会合衆から引きずり下ろされたら彼はもう終わりでございます。彼が選挙をやって得することを他にも探さねばならぬ」

 助丸さんは冷静な意見をぶつけた。彼の意見も一理ある。

 ここで俺はある意見を思いついた。

「選挙区を作ってみたら良いかもしれません」

「それをなんぞや?」

「選挙を一括でするわけでなく、区域を何箇所か指定し、そのなかの住民だけで選挙を行うということです。つまりその地区の代表を選出するというやり方です」

 果たしてこの説明があっているのかは全くわからないが、こんな感じだった気がする。

「それを少し工夫します。選挙を区域で区切るのではなく、職種ごとに区切りましょう」

 俺以外の人は皆、まだ俺の言いたいことが完璧に伝わっていないようだった。首を傾げている。

「職種の人数比で会合衆の人数を割り当てるんです。商人から3人、武士から2人、百姓から4人、その他1人のような感じで。そうすればお金持ちの商人も何人かは当選できますし、なんなら会合衆が10人である必要性もそれほど感じません。もっと増やしても良いかもしれません」

「なるほど。民衆の力も反映しつつ、有力商人も外さない。良い案でございますな」

「そっか。それなら千利休さんも納得してくれるかも……」

 徐々に方針は固まってきた。ここに来てやっと未来が見えてきた。こんな夜遅くなのに随分と部屋が明るい気がした。

「とにかく、どうなるかは明日、千利休さんに会ってからね」

 綾さんはそう言った。まさにその通りだ。明日は俺と秀吉さんもここに来て、話し合いに参加する運びになった。

「さ、では今日はもうお休みになりますか」

 裕太郎さんは人一倍眠そうだった。目がほとんど開いていない。俺らはそんな彼を見て笑った。だがそうやって笑っている自分もかなり眠かった。

 それ以降の記憶はなかった。きっとすぐに寝てしまったのだろう。

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