第21話 約束でござる
「強引な手を使わざるを得ませんな」
秀吉さんは覚悟を決めたようにそう言った。そして白米を大きな口で頬張った。
今日の夕食はサバの煮付け。それに味噌汁、漬物。そして焦げてしまったパン。と言っても毎日そんな感じだ。料理が得意な綾さんでも、現代のフレンチや中華は作れない。
だがこうやって食卓をみんなで囲んで食事をするのは、俺にとってはとても大事な時間だった。
「選挙かー。これは大変なことになりそうね」
綾さんはそう言ってくれた。令和の時代において当たり前のことを、この時代で再現するのは非常に難しい。それはパンも選挙も同じだ。
「会合衆は全員で10名。某とヤス殿で2票は入る。ただ過半数にはあと4票足りんなぁ」
「そうですね...」
選挙を実施するのにも、会合衆の承認が必要だ。過半数の賛成があれば可決される決まりなのだ。俺と秀吉さんの2票では駄目なのだ。とにかく、今のところ状況は良くない。
「そういえば……」
裕太郎さんは箸を置いて口を開いた。
「お客様の中に会合衆の1人であると仰っていた方がおられました」
「お名前は?お聞きになられました?」
「はい。確か、千利休と名乗っておられました」
俺は自分の耳を疑った。あの有名な千利休!?信じられない。
「千利休って、あの茶人の千利休ですか?」
咄嗟に俺は秀吉さんに聞いた。
「そうじゃ。会合衆の会合には殆ど参加してはおらぬが、一番力を持っておられる方でござる」
そうだったのか。確かにいつも会議は9人だった。その残りの1人が千利休だとは……。
隣に座る綾さんの顔を見た。彼女はあまりにも驚き過ぎて、口を大きく開けたまま硬直している。歴史に名を残す人の名前が出てきたとはいえ、それほど驚くことなのか。俺は彼女の顔を見て吹き出してしまった。
そんな俺に気がついた彼女は、恥ずかしくなったのか俺の右腕を軽くつねった。
「驚いたっていいじゃないの。凄い人なんだから」
それはその通りだ。失礼。
「千利休殿を味方にできれば、ほぼ間違いはないだろうな」
秀吉さんはそう結論付けた。確かに残り4人の票を集めるよりは、力を持った千利休の賛成を得た方が大きな意味を成すかもしれない。
「秀吉殿、では具体的には、どうやってやるのでございますか?」
権兵衛さんは鋭い質問を秀吉さんにぶつけた。秀吉さんは悩んだ挙句、
「今はまだ何も言えん。しばらく考えなければならぬな」
と言った。確かにここは慎重にいかなくてはいけない。焦って失敗するのが一番駄目だ。とにかく今は作戦を練る段階だ。
だがしかし、この日の夕食の時間には良い案は出なかった。明確なタイムリミットがないとは言え、改革を必要とする人も大勢いる。焦りの感情は徐々に高ぶっていく。
ご飯を食べ終わると、俺らは店を閉めて宿に戻った。どうやら俺の体にはかなり疲れが溜まっていたようだ。10分ぐらい湯船に浸かって、体を休めた。その後、2階の自室に戻った。
俺は日が完全に沈んだ頃、布団に入った。だがどうも今夜は寝付けそうになかった。色々なことが頭をよぎる。2時間ほど、寝ようと布団の中で目をつぶっていたが、結局寝られなかった。俺は布団から起き上がって、部屋の隅に置かれた机の前に座った。
机の上には、書きかけの筆があった。俺はそれを手に取った。だが何を書けば良いのかもわからず、結局また布団の中に潜り込んだ。
「ヤスくん、まだ起きてる?」
隣の部屋から綾さんの声がした。
「ごめん。うるさくしちゃった」
俺は素直に謝って、寝返りを打った。
「ちょっといい?今」
「うん」
彼女は襖をゆっくり開けて、俺の部屋に入ってきた。俺は起き上がって彼女の方を見た。彼女は俺の布団の横に腰を下ろした。そして大きくあくびをした。続けてグーっと伸びをした。
「眠い?」
「うん、かなり」
「俺も。でも全然寝れない」
「私もそう」
俺らはそう言って少し笑った。
「私ね、今回のことなんだけど」
綾さんは少し真面目な顔をして、また喋り出した。
「私にも何か手伝えることない?」
綾さんの口から出た言葉は俺にとって少し意外だった。彼女の優しさを目の当たりにして泣きそうになった。
「ありがとう。でも大丈夫。綾さんもパン屋で忙しいだろうし」
「で、でも……」
俺にそう言われた綾さんは、言葉を詰まらせた。なんだか他にも言いたげな様子だった。
「私はヤスくんが心配なの」
彼女は時間を置いてからそう言った。
「選挙をするってことはつまり、巨大な権力に抗うってことでしょ?絶対危ないよ……」
彼女の言葉は俺の心にグサッと刺さった。言われてみればそうだ。今この国は武士が中心の社会で、下手なことをしたらすぐに殺されるかもしれない。そう思うと、少しの戸惑いが頭をよぎる。どちらかと言うと上手くいかない可能性のほうが高い。もし殺されたら、俺はどうなってしまうのだろう。
「そうだよね……」
俺は彼女に返す言葉を失った。なんとかなるという楽観的な考えは捨てるべきだ。現実はそう簡単にはいかない。
でも、ここで俺が動かなかったら、民主政治が始まるまで日本は暗黒の時代を進むことになる。この国が完全に民主化されたのは戦後になってからだ。それで果たして良いのだろうか。強烈な使命感が、俺の恐怖心をあっけなく飲み込んだ。
「綾さん、でも俺はやらなきゃいけないんだ。俺がこの時代に来たからには、平和を実現させたいんだ。それが俺の使命のような気がする」
「うん」
綾さんは俺の話に理解を示してくれたようだった。
「むしろ、そう言ってくれて良かった」
彼女はそう付け足した。
「怖いからって理由で逃げるヤスくんは見たくなかった」
彼女はそう言って俺に微笑みかけた。
「前にした約束、覚えてる?」
綾さんはそう俺に聞いた。
「え?」
「『絶対に死なない』ってこと。忘れてないよね?」
「わかってる」
俺は彼女の手を強く握った。確かにあの日、俺らはそう約束した。
「そしてもう1つ、追加ね」
綾さんは俺の目をじっと見つめた。
「ヤスくんが死ぬなら、私も一緒に死ぬ」
「え?」
俺は綾さんのその言葉を疑った。信じたくない内容だった。
「それは駄目、綾さん。俺がもし……」
「お願い。お願いだから」
綾さんは焦る俺の言葉を遮って、そう言った。
「私、もう1人じゃ生きていけないの....」
俺は彼女の手を先程よりも強く握りしめた。この手は絶対に離したくない。今の俺には、それぐらいしか彼女にしてあげられることはなかった。
「俺、絶対成功させる」
俺は彼女にそう言い張った。彼女は無言でうなずいた。
自分の命だけではなく、彼女の命も俺が背負う。俺には彼女を守る義務がある。彼女を幸せにする義務がある。そのためにも、俺に失敗は許されない。
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