第19話 再会でござる
「ま、誠でござるか!?」
「はい」
「それはそれは、本当にありがとうございます」
俺は一人で北庄経堂を訪ねて、決意の旨を塩屋宗悦さんに伝えた。彼は喜んでくれたようだった。その間にあの二人はパン屋の建設地を本格的に探し出していた。
「俺は必ず堺の力になります。よろしくお願いします」
「頼もしい限りじゃ。共に堺をより良くしようぞ」
彼はその大きな手を俺に差し出した。俺らは強く握手を交わした。塩屋さんは穏やかな笑顔を見せた。
「明後日またここに来てくれ。そこで定例議会がありますから、そこで会合衆に入ることが議決されれば、正真正銘の会合衆の一員じゃ」
「わかりました。ありがとうございました」
俺は立ち上がって、大きくお辞儀をした。俺はそのまま北宋経堂を去り、賑やかな大通りに出た。
これから始まる新生活に俺は胸を躍らせた。不安はもちろんあったのだが、それ以上に楽しみで仕方がない。
俺は思うままに足を進めた。行き交う商人の声に埋もれた、微かな鳥の鳴き声に耳をすませた。心が和む音色を奏でている
何も考えず歩いていたら、道端で売られている美味しそうな団子に惹かれた。とにかくうまそうな匂いもしてくる。俺はその店に近づいた。皆その団子を目当てに、大きな行列をなしていた。俺は持ち合わせたお金の残高を確認した上で、その最後尾に並んだ。
5分後、俺の手にその団子が渡された。色味も美しい。俺は満を辞してそれを口に運んだ。なるほど。人気の理由がわかる。モチモチの食感。その中から粒餡がジュワッと溢れ出てくる。甘すぎない控えめな味が、やがて口の中に広がった。
「美味いなあ」
俺は思わず声に出してしまった。だがその独り言も堺の街の騒がしさに揉み消された。
その騒がしい物音の中に、一瞬違和感を感じた。聞き覚えのある何かが聞こえたような気がした。俺は団子を手に持ったまま、耳を澄ます。
「ヤス殿!ヤス殿〜」
俺は声のする方を向いた。その目線の先には、見覚えのある人たちがいた。助丸さん、権兵衛さん、裕太郎さんだ。彼らは俺のところまで小走りで駆け寄った。
「ヤス殿、お変わりなくお元気なようで」
助丸さんはやや早口でそう言った。
「はい。皆さんも元気そうで良かったです」
俺は彼らと再会の抱擁を交わした。彼らにみなぎる熱い闘志は健全のようだった。何日か顔を見ないだけでこれほど寂しいとは、俺は思いもしなかった。
「秀吉殿と、綾殿は何処へ?」
「今、店の場所を探しています」
俺がそう言うと、彼らはすぐに合流したいと俺に迫ってきた。俺は団子を急いで平らげて、秀吉さんのいる方角へ足を進めた。
道中、俺はここ数日のことを話した。俺が会合衆の一員になると言ったら、彼らは驚きながらも応援してくれた。
「それは荷が重い仕事でございますな」
「そうですね。責任重大です」
「しかしやっとヤス殿もやりたいことが見つかったのだし、良かったではないか」
そうこうしているうちに、俺らは空き家に目を光らせている秀吉さんと綾さんを見つけた。
「綾殿!秀吉殿!」
裕太郎さんが彼らに声をかけると、2人ともかなり驚いた。それも無理はない。感動の再会というやつだ。
「みんな....」
綾さんは目に涙を浮かべた。こうやって全員が集まるのはいつぶりだろう。少し不思議な感覚だった。だが同時にホッとした。彼らに頼ることで何度も救われてきたのだ。また無事に出会えたことに俺は胸を撫で下ろした。
「店の場所、良き場所は見つかったのでございますか?」
「はい。ここがいいかなーと」
彼女は目の前の空き家を指さした。そんなに古い建物でもなさそうだし、店をやるのにも十分な広さがありそうだ。
「ヤスくん、どう思う?」
「いいと思う。街の中心からもあんまり離れてないし」
ということで、店の場所はようやく決まった。大家さんと掛け合って、相場より安い値段で借りることもできた。スタートダッシュとしては悪くないだろう。
また、宿もすぐに秀吉さんが手配をしてくれた。これでようやく生活拠点も定まった。助丸さん達ともちょうどいいタイミングで合流できた。彼らは俺らと別れた後、かなりの資金を稼いでくれていたのだ。
俺らは急いで開店準備に取り掛かった。
2週間後。
「いらっしゃいませ!」
威勢の良い裕太郎さんの声が街に響く。開店初日にしてはかなり大勢のお客さんが行列をなしている。堺の人たちにもパンはウケがいいようだ。
俺は裏口から店内に入って、厨房に挨拶に行った。
「助丸さん、権兵衛さん、おはようございます」
「ヤス殿!おはようございます」
「俺も今から仕事です。頑張ってきます」
「左様ですか。ではまた夕食の時にお会いしましょう」
「はい。では」
俺は厨房の扉を音を立てぬようゆっくり閉めた。忙しいところ声をかけてしまったことに少し反省しながら、俺は2階に上がった。その一室で、ガリガリと墨をする音がする。俺はその部屋にノックしてから入った。
「綾さん、おはよう」
「おはよう」
彼女の机の周りには半紙に墨で書かれた絵が散乱している。俺はそのうちの一枚を手に取った。
「これは?」
「新しい商品作ろっかなーと思ってて。何にするか悩んでるの」
改めてその絵をよく見ると、クロワッサンが描かれていた。他にも色々な種類のものが描かれている。
「材料的にも作れるのも限られてるし、結構迷うのよねー。戦国時代の人は何が好きか」
俺は何度かうなずいた。そして散らばった半紙を拾い集め、まとめて彼女の机の隅に置いた。
「あ、ありがとう」
「じゃ、俺も今から行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
「いってきます」
俺はパン屋を出て、仕事場である北宋経堂に足を向けた。
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