第4話 俺の親友、さらば!でござる
翌朝、俺らは店に集合した。男一同は、昨夜のお喋りの甲斐もあって、非常に仲が良くなった。店に寝泊りしている綾さんは俺らを見て少し羨ましそうにした。
俺らは店を出て散策に出かけた。無論、散策というよりかは、俺とタケにこの町を紹介してくれると言うものだ。パン屋の前の道は、昨日より行き交う人の数がずいぶん増えた。急ぎ足で歩く人が多くいた。
「賑やかな町だなぁ」
タケはボソッと呟いた。
「左様でござる。いい町なのじゃ!」
裕太郎さんが言う。この地に強い誇りを持っているようだ。そのまま、俺らは春日部の中心部へ向かった。春日部の中心部には、昨日も1人で訪れた。いろんな物が売られる活気のある市場だ。東京の豊洲市場に似た雰囲気が感じられる。今日も人通りが多いのは変わりがない。
「ところでさー」
急に綾さんは口を開いた。
「これからどうやって生きていくの?収入がなきゃ、どうしようもないわよ」
「え?綾さんとこで雇ってもらえないの?」
「無理よ。人件費高いんだから」
うーん。楽しく散策をしていたのに、急に生々しい話になってしまった。いつまでもパン屋に被害者気分で居座り続けるのも限界だ。それなら俺も何か始めてみようか。いきなり田を耕すわけにはいかないし、ここからできることは限られている。
「どうすんだ、タケ」
タケは首を捻った。その時、俺らの前を1人の武士が前を通った。刀を腰に刺し、頭には立派なチョンマゲをつけている。通りがかりの町人や農民は武士に気づくと、道を譲った。武士は威厳のある姿のまま、俺らの視界から消えた。
不思議な時代だ。刀を振り回す人間が上の立場にいるのは、俺には微塵も理解ができなかった。そのてっぺんにいるのがあの織田信長が何だろうが、どれだけ有名な人物だろうが、俺は決していい気持ちはしない。が、タケは違った。
「俺、歴史を作りてーな」
「歴史を作る?」
「俺、武士になって織田信長に仕えるわ」
突然、タケは真面目な顔をしてそう言った。皆、驚きの表情を隠せなかった。
「もし信長が本能寺の変で死ななかったらどうなる?もし俺が本能寺の変を起こさないようにできたら、俺が歴史を変えたことになる」
「お前、馬鹿なこと言うな。お前みたいなやつが武士になっても、すぐ殺されるだけだぞ」
「それはそれでいいんじゃねーか?」
タケは、血迷ったことを言い出した。俺は呆れた。
「そう言う生き方が、この時代の生き方だろ?」
タケは本気で言っているようだった。人を殺す人間になりたいなんて、俺は信じれなかった。
「俺は許さねえからな」
「あたしもよ。あなたは命をもっと大切にすべきよ」
綾さんもそう言った。
「どうせ死んだら、未来の世界に戻れるんだ。マサに会えるかもしれないしな」
タケの意思は、すでに固かった。ここでマサの名前を出すのはタケの悪いところだ。
「なんか言ってやってくださいよ、助丸さん」
助丸さんならタケを止めてくれるだろうと、俺が話を彼に振った。
「某は、タケ殿がそうしたいと仰るなら、それでいいと思います」
「え?」
「タケ殿は見るからに、本気なのだと思います。意思が硬いのであれば、いずれは武士として活躍なされるかもしれません」
助丸さんは、意外にもタケに賛成した。
「お、わかってんな、助丸」
タケはホッとした表情をした。そして俺を勝ち誇ったような目つきで見た。
「ほら、早く続きを案内してよ」
かなり重たい空気になった。しかし、無理やりタケが話題を戻すので、俺らは仕方なくゆっくりと歩き出した。
「なら、ヤス殿はどうなさるのですか?」
裕太郎さんが、空気を読めず今度は俺に聞いた。
「俺は……」
正直なところ、あれだけタケに反対しておきながら、俺はまだ何も決め切れていない。だが、戦うのは性に合わないということはわかる。
「ちょっと考えさせて下さい」
なんて、その場しのぎの言葉で俺はすました。
一行は、地図を見ながらさらに進む。お餅屋さんの角を左に曲がる。奥に清洲城が現れる。いつ見ても立派な城だ。晴れ渡る空にそびえ立つその巨大な城は、カッコいいと言わざるを得ない。この土地のシンボルだ。
「おい、ヤス殿!」
すると突然後ろから、俺を呼ぶ声がした。あの声はおそらく、木下藤吉郎さんの声だ。藤吉郎さんは、すごい勢いでこっちに走ってくる。ものすごく焦った顔をしている。
「誰?」
綾さんが少し怯えながら聞く。俺の腕を軽く掴んだ。
「木下藤吉郎さん。俺らを助けてくれた人」
「あー、あの人か」
タケは思い出したように呟く。
「ヤス殿、そして皆さま、お帰りくだされ」
藤吉郎さんは、俺らに近づいてそう言った。
「何かあったのですか?」
「東の方で、信長様と今川の戦が起きるそうじゃ。信長様は進軍のため、今夜清洲城に来られると。また、今川の部隊もいつこちらに向かってくるかわかならい状況なのです。今すぐ、ご帰宅してくだされ」
「藤吉郎さんは?」
「わしは信長様の農兵じゃ。信長様と合流し、東に向かいまする」
「藤吉郎さん、俺も連れて行ってください!」
タケは急に藤吉郎さんにお願いした。俺は驚愕した。このタイミングでそれはまずいだろう。
「某は農兵の下っ端じゃ。某に言われても、困りまするぞ」
「タケ、とにかく今は諦めろ。今日のところは帰ろう」
俺は藤吉郎さんの対応に少し安堵し、無理やりタケを引っ張った。俺らは来た道を戻って、パン屋まで戻ることにした。タケは少し悔しそうであった。
俺らはパン屋に着くと、すでに空は鮮やかなオレンジ色になっていた。提灯が町の至る所で、明かりを放っている。
夕食の時間がやってきた。助丸さんと権兵衛さんが何か作ってくれるらしい。残った4人は、居間に残った。
「織田信長対今川って、あれだよね、桶狭間の戦い」
と、綾さん。多少は歴史を知っているようだ。頼もしい。
「て言うことは、今川義元は首を取られるわけか」
タケもそう言った。その発言に、裕太郎さんはとても驚いた。
「今川義元が首を取られる!? それは誠にございますか?」
「はい。歴史が変わらなければ、そうなりますね」
「……」
驚きのあまり、裕太郎さんは言葉を失った。そのぐらい、当時の今川家には勢いがあり、織田信長に負けるなどということは、全く想像のつかないことだったのだろう。
「夜ご飯が出来ましたぞー。皆さん、ダイニングルームにお集まりくだされ」
「ダイニングルーム?そんな部屋あるの?」
「そう。ずっと正座してたら足痛くなるでしょ?だから椅子も用意したの」
綾さんのおかげで、この店は現代風の生活が少しながらできる構造になっている。ダイニングルームには椅子はもちろん、テーブルもあった。全部権兵衛さんの手作りらしい。その上に、助丸さんと権兵衛さんの作った料理が配膳されている。
「綾殿の椅子のおかげで、足の疲れが取れまするなー」
権兵衛さんはハハハと笑った。この時代の人にも、椅子は好評のようだ。権兵衛さん曰く、これほど座りやすい椅子やテーブルは今まで見たことがなかったらしい。
それなら、大衆のひとが椅子に腰掛けながら、お茶でも飲む場所があればいいのに。今で言う、カフェのような場所だ。そんなものを経営して生計を立てるのも、決して悪い案ではないだろう。
だけど、事業を始めるためのお金がない。綾さんに借りるのもなんか違う。まあいいか。他にやりたいことを探そう。そんなことを考えながら、俺らは夕食を楽しんでいた。とても充実した時間だった。
そんな時、こんな遅い時間なのに、外から大勢の人の話し声が聞こえた。店の前からだ。
「何?すごいうるさいんだけど」
綾さんは怯えた様子で、俺を見た。
「織田信長軍じゃないのか?今夜清洲城に来るって藤吉郎さんも言ってたし」
一同は納得したようにうなずいた。でも綾さんはまだ少し、顔に元気がなかった。
「俺、行ってくるわ」
タケは急に椅子から立ち上がって、言った。
「どこに?」
「信長に、家来にしてもらう」
そう言って、急いだ様子で部屋を出ていった。
「おい!タケ!待て!」
「止めても無駄だ!」
タケはガラッと店の戸を開けた。そこには、鉄砲を持った武士や、馬に乗った偉そうな武士がたくさんいた。俺は店の中からそれを見ていた。綾さんも駆けつけた。
「おぬし、誰じゃ!信長様がお通りになっているのだぞ!」
武士の1人がタケに刀を向けた。
「俺も仲間にしてください!」
タケはその場で土下座をした。
「お願いします!信長様の元で働きたいです!」
すると、馬に乗った偉そうな武士がタケを見た。
「いいだろう。ならばついてこい」
「信長様、いいのですか?」
信長?あれが、信長....。日本で一番名を馳せた人物。何百年もの時を超えて、現代でもその名を知らない者は数少ない。そんな人物が、今俺の目の前に....。隣の綾さんは、俺の背中に隠れた。小さな声で怖い、怖いと呟いた。
「いいんですか?信長様、付いて行っても」
タケは顔を上げた。
「ああ。きたまえ」
「ありがとうございます」
タケはゆっくり立ち上がって、深呼吸した。そして俺らの方を振り返った。
「行ってくる。またな、ヤス」
タケは店の戸を閉めた。立ち去っていく足音を残して、タケは闇の中に消えた。俺らはその場に立ち尽くす他なかった。
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