第2話 出会いでござる
タケの声がして、目が覚めた。障子の向こうから、どんよりとした明るさが部屋を照らしている。
「ヤス、いいか?」
「なんだ?」
マサは昨晩と変わらない体制で横たわっていた。また酷く心が痛んだ。
「マサを埋めに行こう」
「は?!」
突然の発言に俺はかなり驚いた。しかし、タケの目を見れば、本気なのはすぐにわかった。
「埋めに行くって、お前そんなことしてどうすんだよ」
「じゃあこのまま放って置く気か?」
タケは食い気味に言った。気持ちは固まっているみたいであった。俺はマサに目を移した。確かに放って置くのはまずい。でもだからって埋めに行くのはどこか違う気がする。いや、絶対違う。そんな選択肢しかないのか?
「犯罪だろ。死体遺棄だぞ」
「俺らタイムスリップしてんだぞ。そんな法律ねえしそもそもバレねえ」
「タイムスリップしたなんてただの憶測だろ?まだなんの証拠もない」
「いい加減にしろよ。この建物も人の喋り方も町並みも、全部が証拠だ」
そこまで言われると、タケがあっているように思えてしまう。
「少し考えさせてくれ」
タケは了承した。ただ時間がないから早くしろと言われた。誰にも見つからないようにしたいらしかった。腕時計を見た。時計があっていれば、今は午前6時。もう人の動きはあってもいいはずだ。そういう相談ならもう少し早く言って欲しかった。だが、俺も心を決めた。決めるしかない。
「早く行こう。もう6時だ」
タケはうなずいた。そして深呼吸した。まだ僕と似たような複雑な感情があるのかもしれない。その時だった。コンコンと奥の部屋から、
「お二人にお客様が来ております」
と恭之助の声がした。俺はタケを見た。タケも俺を見た。俺は正直ホッとした。それはタケも同じだったようだ。
「はい、どうぞ」
俺は恭之助に言った。すると障子が開いた。障子の奥にいたのは、昨日の女性だった。マサを助けるときに手伝ってくれていたあの子だ。
「恭之助さん、4人にさせてください」
「某を入れて4人じゃ、いや失礼」
ストンっと戸がしまった。俺とタケ、その同い年ぐらいの女性、そしてマサ。部屋は一瞬、静寂に包まれた。
「昨日の方ですよね?」
先に口を開いたのは俺だった。その女性はうなずいた。タケは少し驚いた。
「どこからこられましたか?」
その女性は唐突に聞いた。
「どこって....」
俺たちは何度もこの質問をされた。ここで馬鹿正直に答えると、不審に思われることを俺たちは学習していた。
「カスカベ?」
「正直に言ってください」
女性は前のめりになりながら、俺に詰め寄った。よくわからないが俺の嘘はバレたようだった。
「新宿です」
「新宿かー....」
女性は少し思い出す様に、腕を組んだ。この時代の人に、新宿がわかるのか。もしかしたらこの時代にもあったのかもしれない。
「あたしは堺市」
堺。この時代には商業が発展した場所と習った。
「名前は何ていうの?」
この人は、珍しく今風な喋り方をする人だなと思った。それは昨日会った時もそう思った。親近感が湧く。
「俺はタケ。でこいつがヤス。向こうで寝てんのがマサだ」
「よろしく。私は佐藤綾」
「よろしくお願いします」
俺は彼女と握手をした。そしてタケもそうした。すると彼女は小包を開け、着物を3着取り出した。
「はいこれ。そんなユニクロの服着てたら、町歩いても不審がられるだけよ」
「はい。ありがとうございます」
彼女は1人ずつ着物を渡した。マサの分はそっと横に置いた。そして手を合わせた。俺も一緒に手を合わせた。
「ん?ユニクロ?」
突然、タケが言い出す。何かに気がついた様子。
「ユニクロでしょ?その服。」
ん?なんでユニクロ知ってんだ?と、タケに続いて俺もようやく気づいた。まさか綾さんって……。
綾さんは少し笑って、
「どうも。2020年の大阪から来ました、佐藤綾です」
「えええええぇええええええええええええええ」
俺とタケは思わず声を揃えてしまった。
「どうやら、あなたたちも私と同じ目にあってるようね」
「タイムスリップ...?」
「そうよ。あたしは3ヶ月ぐらい前にこの世界に来たの」
「俺らは昨日です。カラオケで歌おうとしたら、突然....」
暫く、俺らは情報を交換しあった。この時代は、安土桃山時代らしい。そして、尾張というのは、今で言う愛知県付近らしい。そこを治める大名は、あの織田信長だと言う。また、彼女は俺らの宿を紹介してくれた。昨日のうちに手配してくれていたのだ。それだけではない。春日部の町の地図もくれた。
「清洲城?」
その地図の真ん中にある城の名前だ。昨日見たあの大きな城だ。
「じゃ、あたしはこれで。また会おうね。不安なことがあったら、なんでも聞いて」
「もうこっちの生活に慣れてるんすか?」
「うん。一応パン屋を開いて生計を立てているの。ほら、この時代にはパンなんてないから、大儲けよ」
彼女は地図に印をつけた。
「ここだから。いつでも来てね。それじゃ、またね」
彼女はそう言い残して部屋を出ていった。俺とタケは、なんだか少しホッとした。頼り甲斐のある人がいてくれて本当によかった。
「おい、待てよ、ヤス」
「なんだ?」
タケは急に不安な顔をして、俺の手を掴んだ。
「もう帰れないってことか?」
「……」
俺も薄々そう感じていた。だが、そんなこと言えるはずがない。
「おい、ヤス!なんか言えよ!」
「俺に言われたって....」
「マサ!お前も黙ってないでなんか言えよ!」
目をつぶったままのマサは、なにも言わない。
「マサァアアアアア」
「やめろ、タケ。マサはもうダメだ」
そう俺が言った瞬間、タケはすかさず俺の頬を引っ叩いた。タケの顔は真っ赤だった。
「お前なんでそんな冷静でいれんだ?マサはまだ生きてるかもしれねーんだぞ!」
「お前だってさっきはマサを埋めに行くとか言ってたろうが」
タケは黙った。俺は少し言いすぎたと反省した。揚げ足をとるような言い方をしてしまった。悪気はなかった。そう説明しても無駄だった。タケはスッと立ち上がった。
「もういいよ、ヤス。お前はこっから出てけ」
タケは完全に俺に呆れていた。
「出てけつってんだろうが!」
俺は部屋を出ていくしかなかった。俺もタケのそう言う態度が気にいらず、無性に腹が立った。仕方なく廊下で綾さんにもらった着物に着替え、町に出た。
昨晩は暗くてわからなかった。俺らが入った建物には「春日部医学館」と表札が出ていた。病院みたいなところであろう。
町は活気に溢れていた。チョンマゲの人が行き交い、女性もなんかゴツい髪型をしている。
米がそこら中で売られているのに気がついた。野菜や魚も多い。だが肉は見かけない。この時代の食生活が少しわかった気になった。
突然、行くあてもなく歩いているのはまずいと気がつき、地図を見た。何をするか立ち止まって考える。医学館に帰ってタケと仲直りをする。それはあいつが無理だろう。いや、俺が無理だ。あんな奴とは生きていける気がしない。パン屋に行く。いやでもなんとなくだが今は行く気になれない。そうだ。清洲城を見に行こう。特に理由はないが、綺麗なんだし、行ってみると気分が晴れるかもしれない。
俺は改めて地図を見た。今いるのがこの市場であろう。ならばこっちか。俺はゆっくりと歩き出した。
しばらく歩くと、住宅街のような場所に出た。そもそも建物の形は家であっても店であっても皆同じなので、人通りとか雰囲気で判断した。あってるかどうかはわからない。
「おい、そこの若者」
急に、図太い声が聞こえた。俺のことか?俺は振り返った。
「おぬし、マゲは結っておらぬのはなぜだ」
マゲ?あ。チョンマゲのことか。
「すいません。あとで結います」
俺はあまり喋りたくなかった。喋って不審がられるのはまずい。この時代の喋り方には慣れていない。
「どこの出身だ」
ここの人は毎回それを聞く。綾さんによると、とにかく旅人と答えるのが良いらしい。
「旅人です」
「そうか」
その役人のような男は納得したようにうなずいた。
「だがおぬし。そっちに行くでない」
「なぜ?」
「城があるからに決まっておろうが」
「城を見に行きたいのですが」
その言葉を発すると、役人はまた怪しむような目つきに戻った。やばい。何がいけなかったんだ?
「おぬしは今川家の忍者であろう。尾張の織田家の情報を盗みに参ったな?」
役人は腰の刀に手をかけた。俺は悟った。やばい。死ぬ。俺は黙って両手をあげた。こんなところで死んだら、もう元の世界に戻れないかもしれない。
「ははは。腰抜け野郎め。殺しはせん。殺すのは、お屋敷に連れて行ってからじゃ」
「待ってください。忍者ではありません。誤解です」
「おぬし、抵抗するならこの場で斬るぞ」
役人は再び刀を取り出そうとした。脅しのようにはとても見えない。俺は恐怖で体が固まってしまった。その時だった。
「おい、其奴は決して怪しいものではござらんぞ!」
と、誰かが叫ぶ声が後ろから聞こえた。
「おぬしは誰じゃ」
役人も叫び返した。刀を鞘から抜いて、ガシッと構えた。
「ただの百姓にござる」
「ただの百姓が某に口を出すでない」
心の中で、何度もありがとうと礼を言った。誰だがわからないが俺を助けようとしてくれいるらしい。だんだん、その百姓が後ろから近づいているのがわかった。足音が大きくなってくる。
「その若造は、忍者ではござらん。忍者であれば、こんな時間に城を訪れるわけがない」
百姓の声が真後ろで聞こえる。俺は手をあげたまま、じっと事が収まるのを待った。
「そんな証拠はあるのか」
「ならば忍者であるという証拠はあるのか?」
役人は黙ってしまった。
「この前、忍者と疑われた百姓が斬られたと言う噂を耳にしたぞ。御役人はまたその失態を繰り返すおつもりなのか?」
役人は刀を腰の鞘に戻した。
「次同じ事が有れば、おぬしの命は無いと思え」
そう言って役人は城の方向に戻っていった。俺は胸をホッと撫で下ろした。心臓はまだバクバクと音をたてている。
「あの、本当にありがとうございます」
俺は振り返って俺を救ってくれた百姓に頭を下げた。
「礼なんぞいらぬ」
俺は頭を上げた。その時、俺は気がついた。百姓は、昨日マサを助けるときにお世話になったあの農民だった。
「あ、あの、昨日の...」
「ははは、覚えておったのか。そうじゃ、昨日は何度か会ったのう」
そういえば、この時代に来て初めて会った人もこの人だった。
「すいません。毎度毎度お世話になって」
「お主は何と申す?」
「安田健太です。ヤスって呼んでください」
「ヤス殿かー。覚えておこう」
「あなたは?」
「わしか?わしの名は木下藤吉郎じゃ」
「木下さん?覚えておきます」
「ははは。では、また」
木下さんは優しい笑顔を残して、どこかに行ってしまった。笑顔の中に男らしさがあり、勇ましさがあり、頭の良さがあった。
1つ分かったことがあった。マゲを結わないと、まずい。俺は急ぎ足にパン屋に向かうことにした。綾さんに床屋を聞こうと思った。
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