第12話コスプレ_バスローブ
客室係になりすますワタシ。
ホテルの中なら溶け込める筈。
見る人が見ると、丈の合わない制服に違和感を抱くかしら?
ただ、今は、そこまで構っていられない。
とっとと、このホテルから脱出することが先決。
作り付けの引き出しを開けると、バスタオルくらいしか入っていない。
両手で、まとめて取り出す。
バスタオルを広げて、何枚か重ねる。
フワリと広げたそれを、ベッドに横たわる客室係の彼女にかける。
ワタシのカーディガンとスリムパンツでは、覆いきれない体に。
彼女の客室係の制服は、脱がせてしまっている。
お陰で、今はワタシが客室係。
心の中で、彼女に礼を言う。
風邪をひかないでと思いながら。
ルームサービス用のワゴンを押して、静かに部屋を出る。
幸い、廊下に人影はない。
ランチタイムで出払っているのかしら。
客室係然として、ワゴンに半ば俯きながら、廊下の端の扉を目指す。
辿り着いた扉には、スタッフ以外立入禁止の文字。
迷わず扉を開ける。
そこは、簡易倉庫になっているらしい。
ワゴンを、そこに押し込む。
中に入って、倉庫内を一瞥する。
棚に積まれた備品の数々。
手を伸ばして、その中から、バスローブを一つ取り出す。
洗濯物でも運ぶように、胸に抱える。
その格好で、倉庫を出る。
相変わらず人気はない。
すぐ横にある、非常階段の扉。
一瞬、聴き耳を立てる。
静まり返っていることを確認して、扉を、素早く押し開ける。
扉の隙間に、身体を滑り込ませる。
後ろ手に、扉を、そっと閉める。
ヒンヤリする空間に、一歩踏み出す。
手摺から下方を覗き込む。
同時に、聴き耳を立てる。
人の動く気配は、ない。
駆け下りたい衝動に駆られる。
が、深呼吸する。
何とか衝動を堪えて、壁沿いに一段下りる。
そのまま五感を鋭くして、順に階段を踏み下りる。
静かに下りていく。
客室係として、違和感のない程度の速さで。
フロアの扉に近づく度に、一層、感覚を鋭くする。
突然、非常扉が開かないとも限らない。
漸く地上階まで辿り着く。
非常用通路は、ロビーに続く筈。
非常扉とは逆の、スタッフ用の扉に向う。
扉を開けて、スタッフ用通路に沿って進む。
そのまま通路を抜けて、扉を開ける。
ホテル正面の入り口から、少し離れた車回しの脇に出る。
胸に抱えたバスローブを、煽るように広げる。
客室係の制服の上から、バスローブを羽織る。
目の端で、人影が動く気がする。
が、振り返らずに歩く。
バスローブのポケットに両手を入れて、前を合わせる。
足早に、大通りに面する通りに向う。
少しずつ速足になる。
バスローブの裾を、左右の膝が蹴り上げる。
いつの間にか、小走りになっている。
あの角の向こうに行けば。
そう思って、念のため振り返る。
と、男が二人、猛然と駆け出してくる。
もう何も構っていられない。
バスローブのポケットから両手を出す。
腕を振って、パンプスで駆け出す。
開けるバスローブもそのまま。
客室係の制服姿も露になる。
歩道の並木を縫うようにして、建物の角を曲がる。
一瞬、ガックリと肩を落とす。
そこは、見通しのよい、長い一直線の通り。
左右に膝丈ほどの植込みが並ぶだけ。
そのまま走っても、身を隠す場所はない。
咄嗟に決断する。
一番近い植え込みの陰に、腹這いになる。
開けたままのバスローブ。
客室係の制服が、ペタリと地面に着く。
ヒンヤリとした地面。
制服が辛うじて冷たさを緩和する。
が、ミニスカートの太腿は、直接冷たい地面に触れている。
冷気が太腿からワタシの中に入ってくる。
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