第6話幻覚_パンプスの爪先


土埃を踏む音。


我に返るワタシ。

夢中になり過ぎ。

悪い癖。


またしても、気付くのが遅れる。


顔を上げると、男が二人、こちらに向ってくる。

あの巨漢の男と少し小柄で細身の男。


足首のロープを急いで解く。

残るロープもそこそこに立ち上がる。

足に絡まってバランスを崩す。


ワタシの様子を見て、走り出していた巨漢。

前のめりになるワタシを、正面から羽交い絞めにする。


ワタシより、頭二つはでかい男。

羽交い絞めのまま、ワタシを抱きかかえるようにする。


また臭い息。

毎食、餃子かキムチなのかしらと思う。


ロープが絡んで足技が使えない。

咄嗟に、両脚一緒に膝を思い切り曲げる。


次の瞬間、前に振り出す。

パンプスの爪先が、振り子のように男を目掛ける。

宙吊りのワタシの爪先が、男の膝下あたりを蹴飛ばす。


「ゔっ」


巨漢が呻く。

羽交い締めのまま、ワタシを睨みつける。

臭い息とともに悪態をつく。


巨漢が振り返って、小柄で細身の男を見る。

二人で何か言い合う。


が、日本語や欧米の言語ではない。

ネットやニュースで聞いたことのある発音。


近隣の国か?

臭い息の正体に一人合点する。


小柄な男が、薄く笑って近づいてくる。

胸のポケットに、右手を入れている。


まさかと思いながら、近づく男を注視する。


小柄と言っても、巨漢のせいでそう見えるだけ。

ワタシが、踵の高い靴を履いたくらいの身長はある。


巨漢に抱え上げられているせいで、男の顔を見下ろす形になる。

ポケットの手の動きが気になる。


不安を打ち消すように、男に向って言う。


「何のつもりっ、ワタシは、ただの学生よっ」

「…」


「何か言いなさいよ、日本語話せないのっ」

「恨むなら、彼氏だ」


「何を…」


また、右腕がチクッとする。

言葉を失うワタシ。


いつの間にか、ポケットから出した男の手には、注射器のようなものが握られている。


「また…bishop…」


最後は声にならないまま。

二人の男の声が小さくなる。


また意識が遠くなる。

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