第5話幻覚_キャミソールの下の腹筋

○幻覚_キャミソールの下の腹筋


脱出。


そう思うと慌てそうになるが、一つずつ確認しなくては。


今のワタシは、恐らくコンクリート床?に転がされている。

そのままの体勢で、下肢を少しだけ持ち上げる。


キャミソールの下の腹筋に力を込める。


次の瞬間。

パンプスの踵を、床に打ちつける。


耳をすます。


残響音があるだけ。

その他には、物音ひとつしない。


今しかない。

そう判断すると、後ろ手のまま体幹の筋肉を軋ませる。

横倒しの体勢から上体を起こす。


横座りになっている。

後ろ手に縛られた両手を、お尻の下まで持ってくる。

両手で床を押し、上半身を支える。


護身術で鍛えた身体には、普段なら簡単な動作。

何かを打たれて、両手を縛られた今は違う。


両腕の筋肉が、プルプルと震え始める。

両膝を曲げ、パンプスの踵で支えて、お尻を浮かす。


その下に両手を潜らせる。

両手を擦るスリムパンツの感触。


お尻が両手を超える。

途端に、スリムパンツのお尻を床に落とす。


今度は胎児のように、身体を思い切り丸くする。


曲げた膝の下にある縛られた両手。

その間に、パンプスの踵を押し込む。

そのまま両腕を伸ばしながら、パンプスのソールをなぞる。


一瞬、お尻だけでバランスをとる。


ヨガのポーズみたい。

思いながらも、大臀筋を中心に腹筋と背筋に力を込める。

ロープを擦りながら、パンプスの爪先が通る。


日頃の鍛錬の賜物?

漸く両手が身体の前にくる。


縛られたままの両手を顔に上げる。

目隠しの端を探す。

心許ない指先が、それらしいものに触れる。


まだ見ぬ目隠しを、静かに引き剥がす。

目元の肌と瞼が、引っ張られる。


肌に悪い。

こんなことに巻き込まれていることより、そちらの方が頭にくる。

そんな自分が可笑しくなる。


「フフッ」


光を感じて、静かに瞼を持ち上げる。

赤い色が飛び込んでくる。

眩しさに目を細めながら、薄目で周囲を見回す。


赤い色の正体は、ワタシがいる一角とは反対側の壁面にある大きな窓。

そこから入る夕日。


やはり部屋などではなく、どこか解体途中のビルのワンフロアのよう。

夕日の目線から、かなりの高層階にいるらしい。


何もない広いフロアには、あちこちでケーブルや電源らしいものが剥き出し。

床面は、コンクリートに土埃が薄く積もっている。


夕日がビルの陰に隠れはじめる。


彼とランチに向かう前に襲われているワタシ。

ということは、少なくとも数時間が経過していることになる。


口元のテープらしいものの端を指先で摘む。

それを静かに引き剥がす。


口元の肌、そして唇が引っ張られる。

子供が、チュウを真似するような格好になる。


またしても肌に悪い。

ホントにもう、まったく。

思わず悪態をつきそうになる。


思い直して、足首のロープに取り掛かる。

両手首を縛られた状態では、素早く解くことはできない。


が、縛り方は雑然としている。

日のある時間に気付くとは考えていないのかしら。


ワタシには幸い。

なんとか足首のロープが緩む。


あとはこれを解くだけ。

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