第7話 肝試し

 真夏の夜。すっかり日の沈んだ暗い公道を、ワゴン車がひた走る。

 俺と大学の友人、計四人で肝試しに向かう、その道中である。

 俺たちは毎年のように各地にある心霊スポットを巡っていた。


「なあなあ、前回はほんとすごかったよな。ばっちり写真にも写ってたし」


 助手席で、デジタルカメラをいじくる後輩が興奮したように言う。

 後部座席でスマホを操作する俺は、適当に返事をした。


「つっても、写っていたのはぼんやりしたオーブだけだよな。心霊写真ってほどでもない」

「じゃあ、今回こそはばっちり写してやろうぜ。んで、テレビ局に高値で売りつけるんだ」

「お前、それ毎年言ってるよな」


 俺が笑い、友人たちも笑い声を上げる。

 いつもこんな感じだ。軽いノリで駄弁りながら、心霊スポットを車で巡っていく。そんなスタイルでずっと続けているこの心霊ツアーだが、今のところ特に大きな事件も事故も起きてはいない。


 前回も何も起きなかったし、今回もきっと大丈夫だ。俺はそう心の中で呟いて、いつものようにSNSに写真を投稿する。


 何も起きない――問題ない。てっきり、そう思っていた。

 ……しかし、今日だけはいつもと異なっていた。



 公道を外れ、明かりの乏しい山道を上っていった先に、それはあった。

 廃墟、と呼ぶには異様なほどに綺麗な建物。人が住まなくなってそう時間は経っていないと思われる、かなり新しめの廃墟である。


 西洋風の外観は、どこか人を拒絶しているかのような雰囲気を纏っているようだった。家というよりも館という言葉が似合う、廃墟。


 事前に調査した内容では、人の出入りは禁止されてはいない――現時点では、の話だが。


「ここ、本当に無人なのか?」

 外観を写真に収めながら、後輩が訊く。

 俺はネットの記事で見た内容を、そのまま伝えた。


「なんでも、昔は美術品を展示する場所だったらしい。国が管理していたとか」

「それがなんでまた、廃墟に?」


 そう質問を投げかけたのは、寒そうに腕をさする一学年上の先輩。

「立て続けに不幸が起きたんだって。……けど、詳細な記事は見つからなかった。あえて消されたような感じだったかな」


 俺が答える。なかなか謎がある建築物だ。俺を先頭に、先輩、後輩、そしてさっきから恐怖で引きつった顔の幼馴染みが、列を作って建物に入る。


 開放されている玄関口を通り、懐中電灯で照らしながら、内部の探索に向かう。あまりに廃墟らしくない、埃すら積もっていない廊下が続く。


「誰か住んでいるんじゃないか?」

 冗談交じりに誰かが言う。まさか、と俺は笑った。笑い声が、静かな廊下に反響する。


 懐中電灯を頼りに、俺たちは広々とした廊下をぞろぞろと進んでいく。すると、不意にがたり、と何かが動くような音が後方から響いた。幼馴染みが短い悲鳴を上げる。


「風の音じゃないか?」

 俺が幼馴染みの背中を叩いて言う。彼は泣きそうな顔だ。


「も、もう帰ろうぜ」

「なんだよビビりやがって。まだ来たばかりじゃないか」

「な、なにか……け、気配が、ずっとついてきているんだ。俺たちのすぐ背後から」

「気配?」


 何が言いたいのか、俺たちは怪訝な顔で振り返る。 

 懐中電灯の光に照らされるのは、特に変化もない廊下。

 俺たちの足下から、長細い影が伸びている。


「怖がってるからそう思い込んでるんだよ。気にせず行こうぜ」

 明るく言って、俺が歩き出そうとした――その直後である。


 幼馴染みの足下にあった影が、主の意思に反してゆらりと蠢く。

 一瞬、見間違いかと思った。しかし違った。

 

 それは、地面から浮かび上がるように立ち上がり、黒ずんだ首をもたげる。

 先輩が情けない悲鳴を上げ、後輩が腰を抜かす。俺は硬直した。


「こういうところに、安易に来てはいけないよ」

 俺たちの目の前に現れた影が、凜とした声を発する。

 

 言葉を失う俺たちの目の前で、影は警告の言葉を紡ぎながら瞬く間に一人の人間の姿へと形を変えた。

 

 黒い鎧に身を包んだ、異様に背の高い男だった。


「……ああ、なんだ……誰かと思えば英雄様か」

 鎧の人物を目にするや、後輩がほっと胸をなで下ろす。俺は、状況を理解するのにだいぶ時間を要した。


 気持ちを落ち着かせて、ようやっと思い出す。そうだ、彼は確か、夜騎士と呼ばれるヒーローだ。夜の間だけ現れるという変わった特性を持つ、宵の守人。


 重たそうな鎧をガチャガチャと言わせながら、夜騎士は告げる。


「ここは肝試しで来るような場所じゃない。怪物のねぐらなんだ」

「え、怪物の?」

「そうだ。この廊下の突き当たり、開けたホールで眠っている。……起きたらどうなるか分かったもんじゃない。分かったら早く帰りなさい」


 夜騎士が厳しい声で言う。俺たちは慌てて口を閉じた。どこからか、ごうう、ごううという寝息のような声が響いている。騒いでいたためか、全く気付かなかった。


 後輩がおずおずと尋ねる。

「……ここって、廃墟ですよね」

「いや、三か月ほど前から怪物の卵が居着いたため、避難させていただけだ。その証拠に、床も壁も綺麗だろう」 

 夜騎士がきっぱりと答える。どうやらネットで見た記事はデマだったようだ。

「理解できたなら早々に来た道を戻れ。……それとも、怪物の餌になりたいのか?」

 彼の一言に、俺たちは全力で首を横に振った。


 ――かくして俺たちは、夜騎士に追い立てられるようにして館を出た。

「まさか、幽霊を見に来てヒーローと出くわすなんてな」


 俺がぼやけば、友人たちはぼうっとした顔で頷く。

 まるで夢でも見ている気分だった。


「ある意味幽霊よりも怖い存在かもしれないぜ。……危うく怪物の餌食だ」

 俺は青い顔で館を仰ぎ見た。 

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