第6話 告白

「ずっと前から好きでした。付き合ってください!」

 

 目の前の女の子が、真っ赤な顔で頭を下げる。

 僕は、どう断ろうかと頬をかいた。


 昼休みに屋上に呼び出されて、薄々嫌な予感は感じていた。相手は、隣のクラスの名前も知らない女子生徒。

 短く折ったスカートに派手なピンクのネイルをした、いかにもチャラチャラしたギャルである。

 正直言って、僕は物静かな子のほうが好きだ。キラキラした派手な子が嫌いというわではないのだが、とにかくタイプじゃない。恋愛対象として見れないのだ。


「ええと……」

 相手を傷つけずにどう断ればいいのか。僕は中間テストの時よりも必死に考えた。彼女は見るからにスクールカーストの上位だ。下手にはねのければどんな反動が待っているかも分からない。


 思考が巡る。頭が痛む。

 いつもはあっという間の昼休みなのに、今日だけは時間の経過がやけに遅かった。


 照りつける太陽の光が雲に遮られる。屋上にほんのりとした影を落とす。

 気まずい沈黙が流れる。


「あの、答えを聞かせてくれない?」

 待ちかねたようにギャルが聞く。僕はだいぶ追いつめられていた。


「ええと、その」

 僕が言いよどむ。ギャルの子が期待半分、不安半分の顔で僕を見つめている。 


 ああ、すぐにでもこの場から逃げ出したい――そう、僕が天を仰いだ時だった。


 何かが、屋上に衝突した。

 それは怪物の襲来のように思えたが、どうやら違うようだ。


「ああっ、なんでこんな時に邪魔が入るのよ!」

 一瞬遅れて激しい強風が吹き付けてくる。ギャルが金色の髪とスカートを抑えながら、悲鳴のような声を上げた。

 

 告白に割って入ってきたのは、ギャルよりもうんと派手な衣装に身を包んだ、小柄な少女だった。

 目がチカチカするほどの、ビビットカラーのコートとワンピース。肩にかけているのは、小柄な体格に合わないごてごてしたエレキギター。


 見た感じ、彼女は怪物ではない。ということはヒーローの類か。ただ気になっていたのは、彼女は腕や膝にいくつもすり傷を負っているということ。


「くそったれ、暴れるだけ暴れて逃げやがって」

 舌打ちまじりに少女が罵る。彼女は、屋上で固まっている僕を見つめ、ギャルに目を向ける。


「なんだあんた、学生か」

「いや、学生の前に、ここ高校なんだけど、私立の」

「ああそう、邪魔したね」


 素っ気なく言って、少女が背を向ける。ごうう、という雷のような嘶きが上空から響いている。黒い雨雲が、ゆったりと空に広がっていくのが見えた。


 立ちすくむ僕をよそに、少女がエレキギターの弦を指で弾きながら飛び上がろうとしたときだった。不意にギャルが鋭い声を発した。


「ちょっと待って。あなた、怪我してるでしょ」

「なにさ、何か問題でも」

 怪訝な顔で、少女が振り向く。ギャルは屋上の隅に置いていた鞄を持って駆け寄ると、その中から消毒液と包帯を取り出した。

 彼女は慣れたように少女の手当をする。


「ねえあなた、ヒーローなんでしょ? 怪我には慣れているだろうけど、あまり無茶なことはしないでね」

「……そんなの、重々分かっているつもりなんだけど」


 少女がぱちぱちと瞬きをして、ギャルを見る。

 その傍らで、僕は言葉もなく立ち尽くしていた。何も言えずに、傍観者みたく目の前の光景を眺める。

「ねえ――あんた」 


 手当があらかた終わり、少女の姿をしたヒーローが僕に向く。僕はそこでようやく我に返った。

「あんた、この子の連れ?」

「え、いや、ただ呼び出されて、その」

 僕がしどろもどろに弁解する。


 少女は目つきの悪い眼を細めて、僕を見据えると、

「ふうん、まあいい。……あんた、この子を泣かすような真似だけはするなよ」


 およそ少女のものとは思えない、ドスの効いた声だった。

 僕が呆気にとられている横で、少女はギャルに軽く礼を言う。と、ギターの音を轟かせながら屋上から飛び上がり、たちまち姿をくらました。


 その場に取り残されたのは、ギャルと僕。

「それであの、答えは?」


 ギャルが上目がちに僕を見つめる。

 先ほどの光景を思い出して、僕は頭を抱えた。拒否なんて、できるわけがなかった。

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