第5話 下水道
地下に広がる無数の長細い道。それは町のインフラを支える下水道と呼ばれる一方、有象無象の化け物共が巣窟にしている危ないエリアでもあった。
だから、俺たちのような作業員が定期的に巡回しなければならない。
それも、ヒーローという特殊な能力者を同伴する形で。
「今、地上からどれくらい離れてます?」
そう質問を投げたのは、俺よりも一回り以上小柄な少年だった。中学生でもまかり通るような童顔の、いかにも子供といった風貌。人形を抱いているためか、さらに幼く見える。
だが、彼はれっきとしたヒーローの一人だ。人からは無重力少年、と呼ばれているらしい。
「ざっと、十メートルくらいかな。まだ浅い方だと思う」
「そうですか。最下層まではもっと深く潜らなければならないのですね」
やけに丁寧な口調で、無重力少年が言う。落ち着きはらった態度で、彼は先導する俺の後に続く。
下水が流れる横、大人一人が歩けるほどの狭い通路を、俺たちは進んでいく。
下水道に巣くうとされる、怪物の駆除。それが俺たち……いや、この少年ヒーローに任された仕事だった。
「……はあ、さっさと仕事を終わらせて飲みに行きたい」
「そのためにも、早く怪物の駆除を済ませましょう、もう一踏ん張りですよ」
愚痴をこぼす三十路の俺を、はげます少年。なかなかちぐはぐな光景だ。
どちらが大人かわかったもんじゃないな、俺は片手にある懐中電灯をくるりと回し、そっと息を吐いた。
――それからどれくらい歩いたか。さらに下層に降りていった先、水路が交差した地点で、俺たちは立ち止まった。
目の前でとぐろを巻く、光を帯びる白い大蛇。
久しぶりの大物だった。
「うわ、アナコンダみたいだ。人間なんか一飲みだろ」
「悠長なこと言ってないで、早く下がってください。戦闘の邪魔です」
冷静に少年が言う。俺はもうちょっと大蛇の怪物を観察したかったが、仕方なしに少年の背後に回った。
無重力という力を持った少年は、大蛇を相手にどう戦うのだろう。俺は少年の背中に隠れながら、大蛇を見定めた。
少年が腕を上げる。
大蛇が浮き上がる。
少年が手の平をグーにする。
大蛇が潰れる。
戦いと呼ぶにはあまりに呆気ない顛末だった。
大蛇の死体が下水に浮いている。俺は拍子抜けした顔で、下水に倒れ伏す大蛇を眺めた。
「……思ったよりも決着、早かったな」
「早く仕事を終わらせたいって言いましたよね」
「そりゃあ、まあ、言った、けど」
「ですよね、さ、早く帰って報告しましょう」
少年はそう言うや否や、おもむろに右腕をすっと上げる。
途端に、大蛇の死体が重力を失いふわりと浮き上がった。
「……なにしてんの」
「死体処理です。このままこの死体を置いておくわけにはいきません。持って帰ります」
「……そうか」
来た時よりも綺麗に、と少年は言う。
年下ながら、なかなかしっかりした少年だ。
俺は感心しながら、大蛇の死体を引き連れた少年と共に地上に上がった。
そうして滞りなく仕事を終わらせた俺は、大蛇の話を酒の肴にして夜を明かした。
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